妹の部屋に初めて入ってから、数日が経っていた。
お互いに『相手の正体』を知って、何かが変わるかと思いきや、そんなこともなく。
俺たちは再び、いつもどおりの日常へと戻っていた。
紗霧は部屋から出てこないし、俺は学校と家事と仕事の繰り返しの日々を送っている。
──一緒に暮らしていることを、家族とは言わないもの。
「まったくだ。言われずともわかっているさ」
それでも俺は、あいつの家族になると、兄貴になると決めた。
こんな程度でへこたれるわけもない。
と──
どんどんどんどん!
天井から、ごはんの催促が聞こえて来た。
「はいはいはいはいはい、いま持っていくよ!」
俺はいつもどおり、妹の部屋に朝食を運ぶのだった。
「ん……んん……」
大きく伸びをして、肩の凝りをほぐす。
今日は土曜日。学校は休みである。
俺はたいてい金曜日から日曜の夜まで、延々と起きて活動しているので、まだまだ元気は有り余っている。
平日は学校があるから、なるべく週末にまとめて仕事を進めてしまおう──というのが、俺に限らず兼業作家の考え方じゃないだろうか。
「とりあえず風呂に入って、それから買い物に行くか」
ずっと俺が家にいたら、紗霧が困るだろうしな。
なんて、そんなことを考えていたとき。
ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。
「おおっと、紗霧~、出てくれ~」
妹の部屋に向かって声を掛けてみるも、もちろん反応は──
どん!
あったけどさ……。
「そんなキレることないだろ……」
いまのシチュエーションで、俺に頼まれた妹が「は~いっ♪」とかわいく来客を出迎えるってのが理想なのに……。俺の夢が叶う日は遠そうだぜ、ったく。
ぴんぽーん、ぴんぽんぴんぽーん!
「は~いっ♪」
哀しいかな現実では、かわいい返事をして来客を迎えるのは、兄貴の方なのであった。
しかしせっかちな客だな。インターホン連打しやがって……。
「ごめんくださーい! ごめんくださーい!」
と、元気のいい女の子の声が聞こえたところで、玄関に到着。
俺はドアノブをひねって開ける。
「どちらさまですか──っと」
一瞬硬直してしまった。そこにいたのが、びっくりするぐらいの美少女だったからだ。
白と紺のセーラー服。ロングの茶髪に、夕方の日差しがきらきらと反射して輝いている。
なにより印象深かったのが、その強烈な笑顔だった。
生命力に溢れているというか、見ているだけで元気が出るというか。
こいつがゲームキャラだったなら、絶対に光属性だ。
びりびりと正のオーラを放っているもの。
「………………」
俺は階上を見上げ……
……うちの妹とは正反対だな。
なんて思った。
俺の妹は、とびきり可憐ではあるものの、病的に白い肌、背丈は低く、胸はぺったんこ、声は小さく、ときおり魂を吸い取るような笑顔を見せる。
完全に闇属性。
びりびりと負のオーラを放っているものな。
もっとも、そんなろくでもない面ばかりだけじゃないのだが──
なんて物思いにふけりそうになったところで、目の前の彼女がきょとんとしていることに気付いた。
「あ、ああごめん。で──えっと、どちらさまでしょう?」
というかこんな美少女が、我が家に何の用があるというのだ。
彼女は『よくぞ聞いてくれた』とばかりの得意げな仕草で、堂々と名乗りを上げた。
「あたしは神野めぐみっ、和泉紗霧さんのクラスメイトですっ!」
「紗霧の……クラスメイト?」
「はい!」
紗霧のクラスメイトってことは、あいつと同じ歳ってことで……つまり……中一ってこと? ずいぶん大人っぽいな。ちょっと前まで小学生だったやつとは思えない。俺と同じ歳くらいに見える。
「ときにおにーさんは、和泉さんのおにーさんですかっ?」
「おう、そうだぞ」
「でも、血はつながってないんですよねっ?」
「…………まぁな」
言いにくいところをズバズバ来やがるな、この娘。
別に嫌な気分にはならなかった。むしろ、ハッキリしていて好感が持てる。
「聞いたところによると、いまは妹と二人で暮らしている……で、よかったですかねっ?」
「保護者はいるから、二人暮らしってわけでもないな」
よそ行き用の答えを返す。あの保護者はちっとも帰ってきやがらねえから、実質二人暮らしみたいなもんだけどな。……そこまで部外者に言う必要はない。面倒事になるだけだ。
めぐみは「ふーん」と、気のない返事をする。
何を考えているのか、わからない。
いまのやり取りを見ると、我が家のことについて調べてきたような感じだが……。
学校が休みなのに、制服で来たってことは、学校関係の用事だろうか。
「ええと……神野さん、だっけ?」
「めぐみんでいいですよー。学校ではみんなそう呼びますしっ」
俺はおまえの友達でもクラスメイトでもねえよ。
んな恥ずかしいニックネームなんぞ使ってられっか。
……なんて言えるはずもないので、
「じゃあ、めぐみちゃん……でいいかな」
「え~、だめですよぉ」
「だめなの!?」
まさか断られるとは……。
「あたし、おにーさんと仲良くなりたいなぁ。『めぐみん』がど~してもだめっていうなら、『めぐみ』って呼び捨てにしてください」
上目遣いで、手を組んだ『お願いポーズ』で言うめぐみ。
……なんだこいつ、馴れ馴れしいガキだな。
「わかった、よろしくな、めぐみ」
「はいっ!」
輝かんばかりの笑顔。
そのへんの男子なら、一発で虜にしてしまえるような可愛さだった。
「で、君はなんでうちに? 紗霧にプリントでも届けに来たの?」
「………………」
「ん? どした?」
聞くと、めぐみは急にむすぅっとして、
「あっれぇ~? おっかしーなぁ、あたしに一目惚れしない男の子なんて、いるわけないのに」
もの凄いことを言い始めやがったな。どんだけ自信家なんだ。
「おにーさんてぇ、男の子が好きな人?」
「違う! どうしてそういう結論になるんだ!」
「だってぇ、あたしが全力で笑ってあげたのに、ちっとも動揺しないんですモン」
……こいつ……見た目は天使かもしれんが、性格は小悪魔だな。
わざとやってたのかよ、アレ。末恐ろしいガキだ。小学校卒業したばっかのくせに。
「確かにおまえは、かなり可愛い方だと思うけど、だからって別に一目惚れなんかするか」
「むー」
めぐみは、唇をすぼめて納得いかないという顔をしている。
バカめ。貴様を超える美少女である妹のぱんつを日々洗っているこの俺が、いまさら女に一目惚れなどするものか。
めぐみは頰を膨らませて、
「あたしに反応しないなんて、おにーさんのおちんちんは、使い物にならないんですねっ」
「はいはい、もうそれで──────なに?」
長い沈黙。
え? なに? 聞き間違い?
「おま……君……小学校卒業したばかりだよね?」
「そうですよ?」
「俺の妹と同じ歳なんだよね?」
「そうですよ?」
「いま、おちんちんとか言わなかった?」
なに言ってんだ俺。これで聞き間違いだったら、社会的に終了ではないか。
まとめブログにも載ってしまう。
【悲報】ラノベ作家、和泉マサムネさん、十二歳美少女にセクハラする。
などと……し、しかし……
「言いました! なにかおかしいですかっ? おちんちん、大好きですけど!」
「だ、大好き!?」
「はいっ、あたしと同じくらいの歳の女の子は、みんなおちんちん大好きです!」
ありえない! こここ、こんなことはありえない! 同じ歳くらいの女の子!? しょ、小六とか、中一とかだぞ! イマドキの小学生女子が、そこまで性的にみだれているとでも!?
「ば、バカな……バカな……」