に、日本はいったい、どうなってしまったというのだ。俺が小学生だった頃は、そんなことなかったはず……い、いや……アホな男子が気付かなかっただけで……実は……清純そうなあの娘も、真面目そうなあの娘も……? う、うわあああああああああああああああああ!
はげしく動揺する俺に、めぐみが言った。
「やだなぁ、そんなに驚かなくても。きっと妹さんだっておちんちん大好きですよ」
「そんなわけないだろうが!」
殺すぞ腐れビッチ! いいい、一瞬でも、ヘンな想像させやがって!
くそ! なんてことだ! 俺の女子へのイメージが、ほんの数分で致命的な崩壊を……!
がしがしと頭をかきむしる俺に、めぐみがあっさりと言った。
「冗談です」
「……………………」
「冗談ですって。もー、おにーさんてば驚きすぎー」
けらけらと笑うめぐみ。
どこまで冗談なんだ、小学生は無事なんだろうな、と、聞き返す力も残っていなかった。
「さぁて、話を戻しますよっと」
「……勝手にしてくれ」
俺は力なく肩を落とす。するとめぐみは「えーと」と、言葉をさまよわせてから、
「あたし、クラス委員をやっているんです」
「はぁ?」
クラス委員? この……不純異性交遊を具現化したような、腐れアマが?
「あ、信じてないでしょー。ほんとなのにぃ」
だとしたら、よくある面倒事を押しつけられたケースじゃなくて、目立ちたいがために自ら委員長に立候補するパターンだな、きっと。
委員長・めぐみは、こほんと咳払いをして、
「あたしは和泉さんを、学校に行かせるために来たんですよ」
にこやかに本題を切り出した。
「お邪魔しまーす」
「ま、適当に座っててくれ」
「はーい」
俺は、めぐみをリビングに通してやった。本当は、こんな破廉恥なやつを、俺と紗霧の家に入れたくはなかったのだが、あの用件を聞いてしまってはそうもいくまい。
隣接するキッチンに向かう。
俺の母親……お袋が大の料理好きだったせいもあり、我が家のシステムキッチンはやたらと本格的だ。俺にとってはオーバースペックな機材の数々は、見るたびに『使いこなせなくてすまん』と申し訳なく思う。
でかい冷蔵庫から適当にジュースを選び、コップに注いで戻ると、めぐみは二人がけのソファに座って、きょろきょろと興味深そうに部屋を見回していた。
こちらに気付くと「あ、どもです」と会釈をしてくる。
「なにを見てたんだ?」
「可愛いカレンダーが貼ってあるなーと」
「ああ、それな」
リビングには、俺の著作のカレンダーが貼ってある。グッズ化した、数少ないブツのひとつであった。『転生の銀狼』第一巻の表紙絵が、四月のカレンダーを彩っている。
「好きな小説のカレンダーなんだ」
わざわざ作者ですと明かすこともなかろうと、俺はめぐみにそう答えた。
「へーっ、和泉さんじゃなくて、お兄さんが好きなんですか、こういうの。もしかして、オタクってやつです?」
「おう、まーな」
否定することはできない。本当のことだし、それに、アレは紗霧の描いたイラストなのだから。大好きに決まっている。ただまぁ、リア充っぽいめぐみには、ウケは悪いだろうな。歯に衣着せぬやつだから、気持ち悪いくらいのことは言われるかもしれない。
俺は表情には出さないように、内心で覚悟を決めた。そしたら、
「いいですねっ」
なんて返事がかえってきた。
「実はあたしもかなりオタクでぇ、昔からすっ~ごい漫画とか読むんですよっ」
「へぇ、意外だな。どんなのを読むんだ?」
「ワ●ピースとか大好きですっ!」
「……そ、そうか」
へえ、ワンピ●ス! 面白いよな! 俺も大好きだよ!
口に出して言えたなら、俺もリア充になれる素質があるのかもしれない。
いや、俺も、毎週楽しみに読んじゃいるけど。それって本当に漫画が好きなの? 『みんなが好きな超人気作品』だから、好きなだけじゃないの? なんて勘ぐってしまう。
「ところで、和泉さんて」
めぐみがそう切り出した。
俺はローテーブルにジュースを置いてから、めぐみに「ちょっと待っててくれ」と言い残し、『開かずの間』へと向かった。階段を上り、固く閉ざされた扉の前に立つ。
……絶対に無理だとは思うが、もしかしたら……。
俺は万に一つの可能性にかけて、声を張り上げる。
「紗霧~、クラスメイトが来てくれたぞー」
一秒、二秒、三秒……
どんどんっ!
「……怒っていらっしゃる」
こうなるよなぁ……どーしたもんか。
『開かずの間』に背を向け、俺は、とぼとぼと階段を下りて行く。と──
ピピピピピピ! ポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。液晶を見てみると、知らない番号だ。通話ボタンを押して、耳に当てる。
「はい、和泉です。どちらさま──」
『……私』
「紗霧か!」
俺は食い付くように話しかける。ボソッと小さい声だったが、妹の声を間違えるわけがない!
『そ、そう』
「やっぱそうか! ……おまえなぁ、なんで家にいんのに、電話なんだよ」
どういう状況だ。てか、こいつ部屋ん中から電話かける手段を持ってるんだ。携帯を持っているのか、パソコンでなんかやってるのかは知らないが。
まあよし。妹の電話番号ゲット!
『……扉を開けずに兄さんと会話をするには、こうするしかなかったの』
「いいけどさ。よく俺の番号わかったな」
『……なんだって、いいでしょ』
気になるが、問い詰めると切られてしまいそうだ。
『そ、それより……兄さん、ど、どういうこと?』
「なにが──って、ああ……おまえのクラスの委員長が、いまうちに来てるんだよ」
『な、なんで家に入れちゃうの~~~~~~! に、兄さんは、私を殺したいのね!?』
「うおっ」
いきなり音量が! どうやらマイクを使ったらしい。
「いや、もしかしたら、これでおまえが部屋から出てきてくれ──」
『出るわけない! 出ない出ない出ないっ! 出ないったら出ないっ! 追い返して!』
「うーん」
わかっていたことだが、紗霧を部屋から出すのは無理か。
しかし、妹に嫌われることなく(重要)、なんとか譲歩を引き出したい。
せっかくの機会なんだし。
「すぐに追い出すのは無理だから……俺が話だけでも聞いてみることにするよ」
『聞くだけむだなのに』
「それでもだ。──なぁ、電話でもいいから、クラスメイトと話してみる気は──」
『ない!』
即答である。
「……わかった。じゃ、切るぞ」
『ま、待って』
「どうした?」
『……………………その、委員長って……女?』
「ああ、けっこう可愛い娘だったぞ」
腐れビッチだけどな。
『……………………………………………………』
「……紗霧?」
『……話はしない。けど』
「けど?」
しばらく沈黙が続く、が、俺は辛抱強く待った。
『切らないで。持ってて。……気付かれないように』
「……それって」
きぃ。俺の問いに答えるかのように『開かずの間』の扉がわずかに開く。
そして隙間から、ぽいっと何かが飛んできた。
俺はそれを拾い上げ、
「……これを着けろってことか」
『……そう』
紗霧が部屋の外に投げてきたのは……ワイヤレスイヤホンだった。
リビングの扉を開けると、めぐみがちょこんとソファに腰掛けて、露出の多い脚をぶらぶらさせていた。
「待たせたな」
俺は、めぐみへと近付いて行く。スマートフォンは胸ポケットの中だ。ワイヤレスイヤホンは、片耳だけ装着し、外部の音も、紗霧の声も、聞こえるようにしてある。一方で、紗霧の声は、めぐみには聞こえない。
「あれ、おにーさん。和泉さんは? 呼びに行ってくれたんじゃないんですか?」
俺は首を振った。
「? 家にいなかったんですか?」
「いや、めっちゃいるけども」
「めっちゃいるって、なんか変な日本語ですね」
そう表現したくなるくらい、ずっと部屋にいるんだよ。