「まあいいですけど、いるならなんで呼べないんですか?」
「部屋から出てこないからだ」
「………………」
あまりに身も蓋もない理由だったからか、めぐみから反応がかえってこない。
目をぱちくりとさせている彼女に、俺はふんぞり返って言ってやった。
「どうだ、どうしようもないだろう」
「偉そうに言わないでくださいっ」
めぐみは、ローテーブルを叩いてツッコミを入れてくる。
「う~~、まさか学校に来ないだけじゃなくて、部屋からも出てこないなんて……ここまでの引きこもりっぷりだったとはっ」
想定外ですっ! と、めぐみは頭をかかえてしまう。でもって顔を上げて、
「ちなみにおにーさんは、このままでいいと思ってるんですかっ?」
「もちろん、よくないと思ってるぞ。この一年間、あいつが部屋から出てきてくれるよう、俺なりに色々がんばってきたつもりだ。……うまくいっているとはいえねえけどな」
「だったら、あたしと目的は一緒ってわけですね」
「まぁ……そうかもな」
正確にはちと違うが、いまはいいか。実際、『紗霧に部屋から出てきてほしい』ってところまでは、目的が一緒だしな。
「でしたら、おにーさん、あたしと同盟を組みましょう!」
ぐっと拳を握りしめ、めぐみはそんなことを言い出した。
「同盟ねえ……」
いまいち気乗りしないんだよな。
……こいつが役に立つというイメージがまったくわかない。
「ほらぁ、そんなところに立ってないで、隣に座ってくださいよぉ」
ぱんぱん! と、めぐみは自分が座っている二人がけソファを叩く。
向かいのソファに座ろうと思っていた俺は、少々迷ったが、
「さ、さ、遠慮しないで! 座ってください!」
「……自分ちみたいな言い草だな」
結局めぐみの言うとおり、隣に座ることにした。
「えへへー、おにーさんの隣ぃ♪」
うざってぇやつだな。玄関前でのやり取りで、俺のおまえへの好感度はダダ下がりなんだぞ。
『……お兄さんとか……なにこいつ……むかつく』
紗霧もイラついているご様子。
『兄さんも兄さん。ば、ばかじゃないの? どーせ鼻の下のばしちゃってるんでしょ……さいてー』
ぐぬううううううううううう! 妹の好感度がどんどん下がっていっている……!
違う! 違うんだ紗霧……! 言い訳をしたいが状況がそれを許さん……!
「あれー、おにーさん、どーしちゃったんですかぁ? そんなに顔を真っ赤にして♪ あー、照れてるんでしょー。えへへへへ、カワイイなー」
ちっげーよ腐れビッチ! これは! 悔しさをこらえているんだ……!
「も、もういい。話を戻してくれ──俺とおまえで同盟を組む……だっけ?」
「はいっ。へへー、名付けて、和泉ちゃんを部屋から引き摺り出すぞ同盟です!」
「なんだそのぶっそうなネーミングは」
「フッ、あたしの気合の入りっぷりが伝わるというものでしょう」
確かに、から回るほどの熱意がひしひしと伝わってくるが……。
だからこそ、余計に不安である。
「そもそも、同盟云々の前に聞いておきたいんだが。なんでおまえは、紗霧を部屋から出したいわけ?」
「トーゼン、学校に来させるためですっ!」
「……じゃあ、どうして紗霧を学校に来させたいんだ? 委員長だからってのはわかるが、それだけでここまでお節介をしてくるってのが……どうもよくわからん」
「あたし、友達作るの好きなんですよ」
めぐみはそう答えた。
あっさりと。
「入学式が終わって、そっこー同じ歳の子全員と友達になったんですけどぉ、和泉ちゃんとはまだ友達になってないなーって」
……な、なんか、とんでもないことをしれっと言ってないか?
友達になった? 同じ歳のやつら全員と? えっと、クラス全員じゃなくて?
「入学したのに一回も学校来てない人がクラスにいる──ってみんなも心配してたし、せっかくなったんだから委員長っぽいことしたかったし、登校拒否の子を学校に連れてくるのって前もやったことあったから、いけるかなーって」
「ま、前にもやったことがある……だと……?」
「小学生のときですけどね」
実績ありってことか。
『親切押し売り偽善者帰れ』
そう言うなよ紗霧。……これはもしかして……期待してもいいのか?
めぐみは、にいっと真っ白な歯を見せて笑った。
「みんなにも、『あたしに任せといて』って大見得きっちゃいましたし、そんなわけであたしはいま、和泉ちゃんを引き摺り出すことにちょう熱意を燃やしちゃってるわけですよん♪」
いつの間にか、紗霧への呼び名が、和泉ちゃんに変わっていやがる。
『一度も会ったことないくせに、この遠慮のない距離の詰め方……』
拒絶されるなんてまったく考えてない、というか、怖がってないんだろうな。
『すっごく嫌いなタイプ』
俺は、妹の氷のような声を片耳で聞きつつ、
「なるほど……よくわかった。それで、具体的にどうするんだ?」
やや前のめりになって問うた。こいつに協力すれば、本当に妹が部屋から出てきてくれるかも、と、ささやかな期待を持ち始めていたからだ。
「おにーさん、ひとつお尋ねしますが、和泉ちゃんが部屋に引きこもって何をやっているか、ご存知ですか?」
「え……っと」
一瞬、紗霧の正体や動画配信のことが見透かされているのかと思って焦ってしまった。
「よくあるケースで、部屋に引きこもって、ずーっとパソコンをいじっているというのがありましてっ。もし和泉ちゃんがそうなら、家族に協力してもらうことによって、部屋から引き摺り出す秘策があります」
だから引き摺り出すという過激な表現をやめろよ。
「おおむね当てはまっているが……ど、どんな秘策なんだ?」
めぐみは、指を一本立てて、にこやかに言った。
「ネット解約してください」
「……………………」
『……………………………………』
マジか、この女。
うわぁ……うわぁ……言っちゃうの、それ、みたいな。
身も蓋もなさすぎて、秘策でもなんでもねえよ。
「……あれ? どうして黙っているんです、おにーさんっ。さあ、いますぐプロバイダーに電話して、諸悪の根源を絶ってしまいましょうよ!」
怖い……俺はいま、たまらなくこの女が怖い……。
正しい! 言っていることは確かに正しいんだけれども!
「お、おまえは人間じゃない! 神にでもなったつもりか!」
「いつの間にそんな大きな話にっ!?」
「ネ、ネット解約するとか、いくらなんでもひどすぎるだろ! 俺が引きこもってる当事者だったら、絶望して何するかわからんぞ!」
部屋からは出てくるかもしれないが、家族の絆に修復不可能な傷痕を残してしまう。
「え~っ? 大げさじゃありません?」
めぐみはいまいち理解していないような口ぶりで、
「友達がいれば、別にネットとかパソコンとか、いらなくないですか?」
「な、なに……?」
相手が完全に本気で言っているようだったので、俺は当惑してしまう。
「ていうか、友達がいないのに、ネット環境だけあっても意味ないっていうか。友達がいないのにぃ~……いったいパソコンでなにやってるんですか? ほんとにほんとに不思議なんですけども」
「い、いや……それは……」
きょとんと首をかしげるめぐみに、俺はどう答えたものやら困ってしまった。
「色々……あるだろ?」
「色々?」
そう。たとえば、小説書いたり、絵を描いたり、掲示板眺めたり、音楽聞いたり、ゲームやったり、仕事したりさ。
パソコンって、世界最高の万能ツールじゃないか。
友達を越えてるよ。むしろパソコンがあれば友達なんていらねぇよ。
違うの? 俺の考え、間違ってるの?
──と、声に出して言えないあたり、俺も非リア充サイドの人間なのだろう。
「い、色々は色々だよ。……パソコンがあると楽しいぞ? たとえ友達がいなくても」
俺の苦し紛れの答えに、めぐみは唇をすぼめる。
「えーっ? 学校で友達とお喋りしてた方がずーっとずーっと楽しくないですかぁ?」
『楽しくねえええええええええええええええええええええええええよ!』