Q.まだ学生ですが自立したいです。どうしたらいいですか。
A.小説を書け。
Q.過去のトラウマをいまだに引き摺っています。どうしたらいいですか。
A.小説を書け。
Q.仕事がうまくいきません。どうしたらいいですか。
A.小説を書け。
Q.貯金がなくて、将来が不安です。どうしたらいいですか。
A.小説を書け。
Q.妹と仲良くなりたいです。どうしたらいいですか。
A.小説を書け!
「よしッ!」
もとより自立するため、金を稼ぐために、なんとしても売れる小説を書かねばならんのだ。この流れは、一石二鳥ってもんだろう。
自然、俺の思考は具体的な仕事内容へと移っていく。
「さあて……神楽坂さんはどの話を選ぶかなっと」
ぱしゃり。湯船に浸かり、熱いお湯を顔にかけながら、呟く。
前回の打ち合わせでは、まだ企画書(という名の完成原稿)を、編集に読んでもらっていなかったので、軽いネタ出しめいたことしかしなかった。
前回提出したブツを読み終わり次第、神楽坂さんから連絡があるはずだ。
どの作品を次回作にするのか。それとも提出した作品はすべてボツにするのか。
三年作家をやっているが、この『返事待ち』の時間は、いまだにハラハラする。
新人賞に小説を送って、返事を待つのと、何も変わらない。
もっとも俺の担当編集は、提出物へのリアクションがかなり早いので、恵まれている方なのだと思う。原稿を受け取ってから、三ヶ月も四ヶ月も返事をかえさない編集さんも、いるとかいないとか。想像するだにおっかないので、誇張された噂にすぎないものと思いたい。
で。
返事待ち中の作家が何をするのかというと、ケースバイケースで、たとえば別の作品のプロットを練ったり、営業活動をしたり、ライターの仕事をしたり、別シリーズの執筆を進めたりする。
俺は、新人賞を獲得して、一シリーズを完結させたという実績があるものの、いまの取引先以外にコネがないし、コネを作るための知り合いもいないし、飛び込み営業ができるほどの社会性の持ち合わせもないという『干されたら即死』な作家であるから、こういうときは、ひたすらネタ出しをするしかない。
全部ボツだったとき、すぐさま『次』を提出できるように。
提出した作品に『GO』が出たとき、すぐさま『次』を出せるように。
山ほどのアイデアを脳内に積み上げていく。
前回の打ち合わせで、神楽坂さんが『毎週新作を持ってくるつもりか』なんて怒っていたが、冗談抜きに、そうするつもり満々だった。
しかし──
「……うーん、今日は調子悪いな」
のぼせるまで脳味噌を絞っても、アイデアが閃かないときもある。
どうにも『別のこと』を考えてしまって、気が散る。
──兄さんの新作、と~っても面白いわ! マジ泣きよ!
──記録的な重版だって! 私のイラスト、たくさんの人に見てもらえるのね。
──きゃあ! アニメ化よ、兄さん!
──素敵! 私の描いたキャラたちが、テレビ画面で動くなんて……!
──にゃ~ん! お兄ちゃぁ~ん、好き好き大好きっ♡ ちゅっちゅっ♡
「フハハハハハハハ!」
ざば、と、湯船から飛び出す。
「うおおおおおおおおし! ネタ出しするぞおおおおおお!」
バシャンバシャンバシャン! ぶるんぶるんブルルン!
テンション上がって来たあ──! でもなんにも思いつかねええええええ!
仕事が進まないときは、全力で寝ておくのが定石なのだが、目が冴えまくって、とても眠れそうにない。予定どおり、本屋に行くぜ!
ネタ出し必勝法その一、風呂に入る。
そして、ネタ出し必勝法その二……
面白い本を読む、だ!
俺は風呂から出て、すぐに着替えて駅前へと向かった。
目的地は『たかさご書店』。
「到着、と」
ついこのあいだ新刊を買ったばかりだから、特別欲しい本があるわけではないのだが、俺はわりと毎日本屋に顔を出している。
なんとなく、本屋に足が向いてしまうのだ。この気持ち、わかるやつがいるだろうか?
「なーんか、面白そうな本ねーかな」
ぶらぶらと店内を冷やかしてまわる。たかさご書店は、マンガや小説については、アニメ専門店顔負けの品揃えで、店員のおすすめコーナーなんかもある。今日も手作りPOPで色どられた棚に、智恵が推す作品が紹介文とともに面陳されていた。
ちなみに『面陳』ってのは、棚に、表紙が見えるような形で陳列することで、スペースを取ってしまう代わりに目立つから、他の作品よりも手に取られやすい。
本屋さんの基本必殺技その一、らしい。
「へー、これが面白いのか」
俺は智恵のオススメ本に顔を近づけて、眺める。智恵のセレクトは『いまの人気作品』だけではなく、自分で発掘した『あまり知られていないけど面白い本』を必ず混ぜてくるから、読む本探しにはとても役立つ。
『いま人気のある本』って、いまさらオススメされても『知ってる』『もう読んだよ』ってなっちゃうんだよね。アニメ化で人気爆発した作品なんかだとさらにコレが顕著で、好きだった作品がもの凄く巷で騒がれていると、なんとなくモヤモヤした気分になったりする。
ふ、ふんっ……俺の方がもっと前から知っているんですケド? 調子に乗らないでよねっ! みたいな。
「さすが智恵……どれも未読作品ばっかりじゃないか」
俺は、面白いに違いない未読本の山を、宝物を見る目で眺めるのであった。
実店舗に足を運ぶ、大きなメリットの一つがこれだ。
相性のいい(趣味の合う)書店員がいるお店は、俺にとって、とても価値あるものだった。
本好きの中には、『行きつけの本屋さん』なんてものがある人だっているだろう。
もう一つ。これは、作家にとってのあるあるネタなのだが──
「……俺の本、売れてるかな」
ついつい、本屋に足を運んで、自著の売れ行きやお店での扱いについて、確認してしまう。
出版社ごと名前順で並んでいる棚から、和泉マサムネの著作を探すと『転生の銀狼』シリーズだけが全巻揃っていた。他のシリーズは古いこともあって、一冊もない。
「全巻揃っている……だと……」
青ざめる俺。前回来たときも、全巻揃っていたからだ。つまり……
…………売れたけど、補充されただけだよな? 一冊も売れてないわけじゃないよな?
判断がつくわけもない。考えるだけ無駄である。
ちなみに……『自分の本が、お店の棚に数巻だけ残っているけど、全体的にはゴソッとなくなっている』のが、一番わかりやすく嬉しい。
全巻棚からなくなってると、撤去されたのかと思ってハラハラしちゃうからな。
「……ふむ」
俺は真顔で、自著を棚から取り出し、平積みされているアニメ化作品の上に並べ始めた。
「おまえらはもう十分売れてるんだから、これ以上目立なくていいだろ。その席は俺の本に譲れよ」
『平積み』というのは、表紙を上にして並べる一番目立つ陳列方法のこと。
人気作や新作だけが存在することを許される特等席みたいなもんだ。
「……ふふ、これで俺の本が目立つぜ」
呟いた瞬間。
ぱかーんっ、と、後頭部に軽い衝撃。
「あいって」
「こーらっ! なーにやってんのさ!」
振り向くと、そこにはエプロン姿の智恵がハタキを構えていた。むーっと下唇を押し上げて、ハタキで肩をトントン叩いている。