第二章 ⑦

 いかりをたたえたしよてんいんに、おれはこう言った。


「いや……作者みずから、はんそくかつどうをだな」

「はいはい、えいぎようぼうがい営業妨害。自分でもとの場所に戻してねー」


 ぱふっ、ぱふっ、ぱふっ、ぱふっ。

 ハタキで俺の頭を叩きまくる智恵。


「わかった、わかったから、やめて。……でもさー、せめて友達のよしみでオススメだなに置いてくれてもいいじゃんか」


 俺の本、ひらみ期間(一ヶ月じやく)が終わって棚にどうしたあとは、ちっとも売れなくなっちゃうんですよ。このげんしよう、どーにかならんのかね。


「だめだめ。いまあそこは、やまエルフ先生のサイン本をめんちんしてるとこなんだから。キミの本を置くスペースはなーい」

「さ、サインくらい俺も書いてやるよ!」


 へたくそだけどね。

 俺のていあんに対し、書店員は目を細めて、


「やめてよね。へんぽんできなくなるから」


 おそろしく冷たい声だった。


「………………………………」


 ……こいつはキツいぜ。

 智恵は俺に、ハタキをきつける。


「へっへー、ボクのオススメ棚にならべてしかったら、どくしやきんせんれるよーなちょーおもしろしようせつを書くことだねっ!」

「ちくしょー! 覚えてろよ! そのうち、和泉いずみ先生のサインくださいって言わせてやるからな!」


 俺はせいよくたんをきって、


「それはそれとして、店員さん! 山田エルフ先生のサイン本ください!」

まいー」


 たくしてさっそく読んでみたところ……

 売れっ子作家・山田エルフ先生の書いたかいラブコメ小説は、めちゃくちゃ面白かった。

 ネットゲームそっくりのかいしようかんされた、最強プレイヤーのしゆじんこうが、おれTUEEEEEEE! しながら、たくさんのヒロインとなかくなっていくというすじで、いまげんざいもっともいきおいのあるライトノベルといってもごんではない。

 くやしいが、俺とこの人とでは、あまりにもレベルがちがいすぎて、ライバルとぶことさえおこがましい。このしようせつほうとして、ほんだなえいきゆうぞんするとしよう。

 ネタ出しもはかどったよ、くそ!


 同日、たかさご書店からたくした俺をっていたのは、


『ぜんぶボツね』


 という、たんとうへんしゆうからのじような電話だった。


「ちょッ、ぜんぶ!? ぜんぶすか!?」

『うん、ぜんぶ』

「……う……ぐ……」


 そのケースもそうていしちゃいたけど、さすがにショックがでかい。

 ボツのしようげきについてわかりやすくかいしやいんでたとえると──


『おまえ今月きゆうりようなしね』に近いだろうか。もうちょっと書くのがおそい人だと、『ボツ』という編集者の台詞せりふが意味するのは、『あと三ヶ月給料なしね』であったり、『あと半年給料なしね』であったり、ときには『ばいばい、もう来ないでね』だったりする。

 大人の世界ってこわい。

 さつというしよくぎようは、ようはじんぎようぬしなので、何度もボツになったりされるなどして本が出せない時期が続くと、しゆうきゆう0日、ざんぎよう時間インフイニテイ、月収0円、なんてじようきようにたやすくおちいる。

 マジで、たやすく陥る。

 ソースは一昨年おととしの俺。

 しゆうにゆうがなくなっても死にゃしねぇじつらしの学生のぶんざいで、びしすぎだと思われてしまうかもしれない。けど、なんとかしやからりつしたい俺にとって『お金』というファクターは、決してできないものだった。


『どれもうんこだったよ。いま土曜日だから、週明けまでに新しいの持って来てねー』


 ガチャ。


「…………」


 担当編集からのきびしいおことも、この三年で聞きれたもんなのだが、これがまあいたい。


「……ぐすっ……うぐぐ……」


 じようだんきに、お金うんぬん抜きでも、泣くほど痛い。

 しんぞうだいこんおろしでゴリゴリやられているかのようだ。

 おれには、ボツという台詞せりふが『おまえの子供はデキが悪いから殺すわ』と聞こえる。

 わかってくれないかもしれないが。

 ……よし、あと六回ボツにされたら、こいつを殺そう。かならずや殺そう。

 そのくらい黒く思いめることもある。

 聞いているか? もうまいなるへんしゆうしやどもよ。ボツとか軽く言ってんじゃねーぞ。


「あー、くそっ! ちくしょう! いいばしきよだいいんせきらいして、しゆつぱんしやのビルをこなごなにしてくんねえかな! そうしたらあのムカつくニヤけづらをおがむこともなくなって、さぞかしスッキリするだろうよ!」


 メテオ! バルス! とじゆことさけびながら、スマホをベッドに投げつける。


「やってやる! 次こそは、絶対おもしろいって言わせてやるからな!」


 俺は泣きながら、つくえへと向かう。A4大学ノートを広げ、HBのえんぴつで、新たな物語のネタをなぐり書く。いまの電話は、週明けまでにかくしよなりプロットなりを持ってこいという意味だったのだろうが、またかんせいげん稿こうを持って行ってやるつもりだった。


 そして二日後。


「お、わ、ったぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 ノーパソの前で、思いっきり伸びをする俺の姿すがたがあった。

 あれからほぼぶっ続けて書き続け、ようやくしんさくしよ稿こうを書き上げたところであった。

 たつせいかんは、実のところない。週末はいつもこんな感じだし、ひつこいて書き上げたばかりの『この子』が、ちゃんとかどうか、まだわからないからだ。それに、いまはひたすら頭がいたくて、達成感どころではない。こめかみを指でみながら、まどを見る。


「……もう、月曜の……朝か」


 カーテンのすきから、朝日が差し込んでいる。目が痛い。ちゅんちゅんというさわやかな鳥のさえずりが、いまだけはうっとおしかった。

 メールに原稿データをてんし、たんとう編集へと送る。

 すぐにへんしんがあった──『おつかさまです。十八時から、編集部で打ち合わせをしましょう』。


「……自動返信メールかよ」


 返事だけは本当に早い。メールを出してから一分もかかってねえ。


「えーっと、ってことは……あさめし作って……学校行って……そんで、編集部行って打ち合わせ……か」


 スマホのToDoアプリをどうして、今日の予定を打ち込んでいく。


「うしッ!」


 俺は、あいを入れてから立ち上がった。

 今日も、一日が始まる。

 いつもどおりにあさめしを作り、

 どんどん!


「はいはい」


 いつもどおりに朝飯を、妹のへと持って行く。

 いままでとちがうのはおれが『妹のしようたい』を知っている、ということ。ぎりはいま、かたざされた『かずの』の向こう側で、いつしようけんめいイラストをいているのかもしれない。

 それはもしかしたら、可愛かわいい女の子のイラストかもしれない。えろいやつかもしれない。

 たとえるならば、いとうのいぢ先生とどうせいしているようなものだ。

 どうだ、すっげーわくわくするだろう? ドキドキするだろう?

 オタクなら、きっと俺の気持ちをわかってくれるはず。

 と。


「おっ、これは……」


 妹の部屋の前に、メモが置かれていた。

 紗霧からのメッセージだ。

 引きこもりの妹が、俺に何かをつたえるときは、ゆかドンの他、メモという形を取ることが多かった。たいていの場合このメモには『買って来てしいもの』が書かれていて。

 今日のメモも同じく、れいな字で『お。そろそろじゆう』と書かれていた。


「はいよ、りようかい


 俺はそのメモをひろい上げて、ポケットに入れる。

 先まであったつうねむは、いつの間にか、すっかりき飛んでいた。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影