放課後、俺は予定どおり編集部へと赴いた。受付でアポイントを取った後、エレベーターで直接編集部へと向かう。エレベーターが九階に到着し、扉が開く。すると、
「なんでダメなのよ!」
言い争いをしている声が聞こえてきた。
うおっ! なんだなんだ? エレベーターホールから廊下を覗き見ると、神楽坂さんと、金髪の女の子が向き合って話していた。というか揉めていた。
「私が決めることではないからです」
「待ちなさい! このわたしが! オリコン一位のこのわたしが言ってるのよ!」
やかましい女だな。
めぐみの例から、女の子の歳は判断が付きにくいのだが……紗霧よりも一つ二つ上くらいだろうか?
俺は、自分より年下の女の子には興味ないので、そこんところ勘違いしないで欲しいのだが……とんでもなく見目麗しい女の子だ。赤と白を多く使ったフリフリのロリータ服を着ている。真っ白な肌と、金色のロングヘア。何故か耳が長く、尖っている。
仕草がいちいち大げさで、偉そうだった。
向き合う神楽坂さんも負けてはいない。汚い大人代表然とした腕組みポーズで、生意気なガキを見くだしている。
「だから? そちらで勝手に交渉するのは自由だと言ったでしょ? なんで私が他社に利するような真似をすると思うんですか?」
「…………フフッ、わがままね! やれやれ、仕方ない……特別にわたしの次シリーズ、あんたのところで書いたげる! それならいいでしょ!」
「え? ダメですけど?」
「えっ、なに? よく聞こえなかったわ。オリコン一位のわたしが、史上最高の美少女ラノベ作家であるこのわたしが、裏切り者の汚名を被ってまで! この出版社で書いてあげてもいいと言ってるのよ? こんな破格の条件、これを逃したら未来永劫ないわよ?」
どんだけ自己評価高いんだよこいつ。
「はぁ~……そろそろ帰ってくれませんかね──あっ!」
神楽坂さんの目が、隠れて覗き見ていた俺をロックオンした。
やべっ。
「和泉先生! お待ちしてましたよ!」
超嬉しそうに俺を呼ばわる。
「さ! 来て来て! そんなとこに隠れてないで、こっち来てください!」
……明らかに俺の存在を利用して、このガキを追っ払おうとしていやがるな。
わかっていても、出て行くしかないのが悔しい。
「いまわたしが話してるのよ。割り込まないで頂戴」
金髪超美少女が、高慢ちきに俺を睨む。
「割り込むなって言われても……」
あんなに強く呼ばれて、無視するわけにもいかんだろ。
俺はこの状況の元凶である、神楽坂さんを睨む。
「……あの、どういう状況なんです?」
「というか、こいつ誰?」
俺と金髪娘が、同時に神楽坂さんに問うた。すると神楽坂さんは、俺の質問には答えず、俺と金髪娘を、順番に手で示し。
「こちらは和泉マサムネ先生。で、こちらは山田エルフ先生です」
「「え!?」」
驚きの声が重なる。俺と金髪娘は、お互いの顔を指差した。
「こいつが、和泉マサムネ!?」
「こいつが、山田エルフ先生!? あの売れっ子の!?」
山田エルフ先生というのは、『フルドライブ文庫』という俺とは別レーベルに所属する売れっ子作家だ。かくいう俺も大ファンで、先日サイン本を買ったばかりだ。
最近、彼女の作品は、本屋で『アニメ化決定』の帯とともに平積みされているので、その名前を目にする機会は多かったのだが……。
「こんなに若い女の子だったのか……」
絶対キモオタだと思ってたよ。ハーレム&ちょっぴりエッチな作風的に。
「あんただって人のこと言えないじゃない。へえ、わたし以外にも、こんなに若いラノベ作家がいたんだ」
「うちのエースがもっと若いらしいけどな──……そんなことより」
「なによ?」
俺は彼女の全身を眺め、それから尖った耳を見つめて言った。
「本当に……エルフ?」
「なわけないでしょ!」
もちろん、わかっちゃいるのだが、華奢で白い彼女の見た目は、ファンタジーに登場するエルフそのものである。
「ま、美しいわたしをエルフと見間違えちゃうのは無理もないわ。『指輪物語』の世界から飛び出してきたみたいだって、そう思ったんでしょ?」
「そ、そうだな」
「そうでしょう、そうでしょう。フッ、よく言われるわ」
本人には言えないが、陵辱系のエロゲーから飛び出してきたみたいだって思った。
「で……その……山田エルフ先生が、なんでうちの編集部に?」
ある意味、敵地みたいなもんじゃないの?
「くふふっ、よくぞ聞いてくれたわね!」
俺の問いを受けたエルフは、マンガだったら集中線が入りそうな見くだしポーズで言った。
「わたしの次回作のイラスト、エロマンガ先生に描いてもらうから!」
「えっ?」
……いま、なんてった、こいつ。
「くふふふ、あのイラストレーター、前からすっっっごく気に入ってたのよ! あんなにえっちなイラストを描くのが上手いやつ、初めて見たもの! さすがエロマンガなんて卑猥なペンネームを名乗っているだけのことはあるわ!」
やっぱり卑猥なペンネームだと思っちゃうよな。エロマンガ島から取ってるらしいよ? 本人曰く。ほんとかどうか知らんけど。
「わたし、作家やイラストレーターに『先生』なんて他人行儀な敬称はつけないんだけれど、エロマンガ先生だけは、最大限の敬意を表してエロマンガ先生と呼ばせてもらうわ! エロの神──エロ神様と呼んで崇めたいくらいよ」
そんな呼び方したら、ジョイパッドで殴られるぞ。
「いままでコンビを組んでた天才美少女イラストレーター、アルミちゃんも超興奮する全裸を描いてくれるけれど──残念ながらエロマンガ先生には敵わないわね! わたしは、エロマンガ先生のイラストにベタ惚れよ! 愛していると言ってもいい! 名前からして間違いなく描いてる本人はキモオタだろうけれど────この際、どんなブ男でも……たとえオークでも構わないわ!」
……エロマンガ先生、相変わらずひどいイメージを抱かれているな。
バッ! エルフは格好よく、右腕を横に薙いで、
「あの人に、是非ともわたしの小説のイラストを描いてもらいたいのよ! あの人に、あのえっちな筆で、世界最高の全裸を描いてもらいたいのよ! それにわたしの文才が加われば、まさに鬼に金棒! いまだかつて誰も見たことのない究極のラノベが完成するわ!」
どどーん!
あまりにも自信満々に言うものだから、不覚にもわくわくしてきてしまったぜ。
「フフ……和泉マサムネ。どうやら、わたしの目標が凄すぎて、言葉もないようね?」
まぁ……な。正直、その〝究極のラノベ〟とやらを読んでみたい。
だが、よく考えなくても、こいつの言っていることは、俺にとってひどくまずいのだ。
「そう──それでね。担当編集に頼んで、仕事の依頼メールを送ってあげたんだけど! ちっとも返事がかえってこないのよ! このわたしが、オリコン一位であるこのわたしが依頼したっていうのに! 有り得ない! きっと──和泉マサムネ! あんたの新作の仕事をやってるからに違いないとわたしはみたわ!」
紗霧……仕事依頼への返事、してないのか。
それを聞いて、ホッとしたのもつかの間。
「ってわけで、山田エルフ大先生のイラストを描くように、あんたたちからも説得しなさい」
「ちょ!」
なに言ってんだこのアマ!