バッ! 俺は神楽坂さんを睨みつける。
担当編集はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「山田先生、いまから和泉先生との打ち合わせがあるので、もう帰ってくれません?」
「打ち合わせ? そんなのどーでもいいわ!」
いいわけねえだろクソエルフ。エロゲの世界に帰って、オークとエッチでもしてろ!
だが、例の聞き捨てならない発言については、超気になる。
「エロマンガ先生に、おまえの本のイラストを描いてもらう……だと?」
「そうよ! あんたみたいな雑魚作家の作品イラストを描くより、この前オリコン一位になったスーパー人気作家であるわたしと一緒に仕事をした方が、いいに決まってるわ!」
どーん!
「ギャアアアア!」
エルフに指を突き付けられ、俺は大きく仰け反った。
た、確かにその通りだ! と──一瞬でもそう思ってしまったからだ。
エルフは超嬉しそうに、
「ホラホラ! あんたもそう思うでしょ! オリコン一位のわたしの方が、デビュー作がアニメ化決定したわたしの方が、ランキング圏外でメディアミックスするわけないあんたよりずっとエロマンガ先生に相応しいでしょ?」
「そこまで言うか! いくら売れてるからって……!」
「売上は正義よ! 雑魚が何を言っても、負け犬の遠吠えにしかならないわ!」
どどーん! こいつの発言、いちいち決め台詞っぽいな。
「うぐぐ……てめえ……覚えてろよ! 次、本屋でおまえの本を見かけたら……見かけたら……」
「くふふっ! 見かけたら、どーするっての?」
「また俺の本を上から積んでやるからな!」
「やめてよ! わたしの本が穢れるでしょう! というか『また』って!? あ、あんたって人間のクズね!」
ぱかーん。
俺の後頭部に、担当編集からのツッコミが入った。
「山田先生を追い払うために呼んだのに、楽しくお喋りしてないでくださいよ」
くそ……あんたにはいまのが『楽しくお喋り』しているよーに見えたってのか?
「山田先生、何度も言いますけど、そちらで勝手に交渉するのは構いません。決めるのはエロマンガ先生ですから」
「イヤよ。だからー、さっきから言ってるでしょ? 担当編集に頼んでも埓があかなかったから、このわたしが直々に依頼してあげたってのに、それでもあいつ、ちっともメール返信してこないの! 連絡とれないの! 常識的に考えてわたしと組んだ方が得なんだから、あんたたちからも説得してよ!」
「ぷっ、はいはい」
神楽坂さんが、明らかにバカにした顔で含み笑う。
「なにその態度! オリコン一位のわたしを誰だと思っているのよ!」
「まぐれで売れただけの人だと思っていますがなにか」
「なんですって! 訂正しなさいよバカ編集! 我が文才の前にひれ伏しなさいよ!」
「文才って……山田先生の書く小説、文章ひどいじゃないですか。よくまとめサイトとかで、画像付きで叩かれてるじゃないですか」
「ちっがーう! あれは、すっごく読みやすいように書いているの! ほんと、何にもわかっていない無能な編集ね! ふんっ、いい? 覚えておきなさい!」
エルフは、さらりと金髪をかきあげて、それはもう得意げに語り始めた。
「このわたし、山田エルフが彗星のごとくデビューしてから数年が経ち……わたし以外の全ラノベ作家は、時代遅れのカスとなったわ! そして! いまやこのわたしの書く、読みやすくわかりやすい文章が、新しいライトノベルの世界を切り拓いているの!」
すげえこというなこいつ。
エルフは、胸に手を当て、目をつむり、熱っぽく語り続ける。
「……神に選ばれたこのわたしは、行き詰まり、飽和しつつあるラノベ業界のパイを広げ、滅亡の危機に瀕した出版社、この世の不条理に泣く作家たち、そして我が下僕たる読者たちを救済するという崇高なる使命をおびているわ! つまり、わたしこそがラノベ業界の救世主──────否!」
エルフは、カッ、と両目を見開いた。
「わたしがライトノベルよ!」
どんっ! 巨大な擬音を幻視してしまうほどの、凄まじい決め台詞だった。
あまりのド迫力に、俺は気圧され、たたらを踏んだ。
すべてを聞き届けた神楽坂さんが、淡々と言う。
「ライトノベルちゃん、早く帰らないと、そっちの担当編集に苦情を入れますよ」
「なっ、ず、ずるいわよ! そんなの!」
……あ、こいつも担当編集に頭上がらないんだな。
「カウントダウンスタート、10、9、8、7……」
エルフが動揺するのを見た神楽坂さんは、効果ありと判断したのか、カウントダウンをしながら携帯を取り出し、ピピピと操作を始める。
エルフが慌てて言った。
「きょ、今日のところは帰ってあげる! けど! 覚えておきなさいよ! ツイッターでわたしの可愛い下僕達に言いつけてやるんだから!」
痛々しい捨て台詞を残して、ラノベ業界の救世主、山田エルフ先生は去って行った。台風のようなやつだ。作家や編集者全員が、この二人のようではないとだけ補足しておきたい。
手でシッシッとやっていた神楽坂さんが、俺に向き直った。
「さーて、和泉先生」
にやっと笑みを浮かべて、
「まずいことになりましたね!」
「えっ……な、なにがでしょう」
「わからないんですか? あの難アリ作家が言っていたことは、結構いいところを衝いているんですよ」
「う……ぐ。……わかってますよ」
俺みたいな売れない作家より、売れっ子作家のイラストを担当した方が、エロマンガ先生──紗霧にとっては、いいに決まってる。
どんどん新刊が出て、仕事が入って……うまくいけばアニメ化だってするかもしれない。
もしかしたら、本当に、究極のラノベが誕生するかもしれない。
紗霧は、まだ返事をしていないらしいけど、よく考えれば悪い話じゃないって気付くだろう。
そして、エロマンガ先生は、二シリーズのイラストを掛け持ちするほど、仕事が速くない。
そうなると……そうなると……
「わかってるなら、結構。で、どーします?」
「ああ~~~~っ、クソ! 決まってますよ!」
俺のやる気は、このとき──完全に燃え上がった。
「紗霧ィィィ! 紗霧ィィィ!」
ドンドンドンドンドンドン!
家に帰るや、俺は階段を駆け上った。
『開かずの間』の扉におでこを押しつけ、一方的に話しかける。
「俺、がんばるから! 絶対あいつより面白い小説、書いてみせるから! だから……だから……!」
「見捨てないでくれぇぇぇぇえぇぇええええぇぇぇ!」
涙ながらの宣言だった。
それを『開かずの間』の向こうで、妹がどんな顔をして聞いているのか──
もちろん俺には、知るよしもない。
部屋の前で叫んだところで『開かずの間』の扉が開くはずもない。この前開いたのは、あくまで大きなトラブルがあったからこそで……。
俺と妹との関係は、何も変わっちゃいないんだから。
「…………はぁ」
自嘲とともに、扉から離れ──
ゴンッ!
「~~~~~~ッ!」
まぶたの裏で星が飛んだ。勢いよく開いた扉が、俺の額をしたたかに打ったのだ。俺はデコを手で押さえて悶え苦しむ。ひとしきり悶えてから、ようやく顔を上げると、
「…………なにさわいでるの」
妹の、不思議そうな顔が目の前にあった。
「……あれ?」
なんで開いて……。絶対に開くわけがないとばかり思っていたので、意表を突かれてしまった。このときの俺は、凄く間抜けな顔をしていたことだろう。
「な、んで……?」
「聞いてるのはこっち」
紗霧は無感情にぽつりと言った。
「…………」
俺が何も言わなかったので、紗霧はもう一度聞いてくる。
「………………見捨てるとか、なんとか……なんの話? 怖い夢でも見たの?」