第二章 ⑨

 バッ! 俺は神楽かぐらざかさんをにらみつける。

 担当編集はやれやれとばかりにかたをすくめた。


「山田先生、いまから和泉先生との打ち合わせがあるので、もう帰ってくれません?」

「打ち合わせ? そんなのどーでもいいわ!」


 いいわけねえだろクソエルフ。エロゲの世界に帰って、オークとエッチでもしてろ!

 だが、例のてならない発言については、ちよう気になる。


「エロマンガ先生に、おまえの本のイラストを描いてもらう……だと?」

「そうよ! あんたみたいな雑魚ざこ作家の作品イラストを描くより、この前オリコン一位になったスーパー人気作家であるわたしといつしよに仕事をした方が、いいに決まってるわ!」


 どーん!


「ギャアアアア!」


 エルフに指をき付けられ、俺は大きくった。

 た、たしかにその通りだ! と──いつしゆんでもそう思ってしまったからだ。

 エルフはちよううれしそうに、


「ホラホラ! あんたもそう思うでしょ! オリコン一位のわたしの方が、デビュー作がアニメ化決定したわたしの方が、ランキングけんがいでメディアミックスするわけないあんたよりずっとエロマンガ先生に相応ふさわしいでしょ?」

「そこまで言うか! いくら売れてるからって……!」

うりあげせいよ! 雑魚が何を言っても、負け犬のとおえにしかならないわ!」


 どどーん! こいつの発言、いちいち決め台詞ぜりふっぽいな。


「うぐぐ……てめえ……覚えてろよ! 次、本屋でおまえの本を見かけたら……見かけたら……」

「くふふっ! 見かけたら、どーするっての?」

「また俺の本を上からんでやるからな!」

「やめてよ! わたしの本がけがれるでしょう! というか『また』って!? あ、あんたって人間のクズね!」


 ぱかーん。

 おれこうとうに、たんとうへんしゆうからのツッコミが入った。


やま先生を追いはらうためにんだのに、楽しくおしやべりしてないでくださいよ」


 くそ……あんたにはいまのが『楽しくお喋り』しているよーに見えたってのか?


「山田先生、何度も言いますけど、そちらでかつこうしようするのはかまいません。決めるのはエロマンガ先生ですから」

「イヤよ。だからー、さっきから言ってるでしょ? 担当編集にたのんでもらちがあかなかったから、このわたしがじきじきらいしてあげたってのに、それでもあいつ、ちっともメールへんしんしてこないの! 連絡とれないの! じようしきてきに考えてわたしと組んだ方がとくなんだから、あんたたちからもせつとくしてよ!」

「ぷっ、はいはい」


 神楽かぐらざかさんが、明らかにバカにした顔でふくみ笑う。


「なにそのたい! オリコン一位のわたしをだれだと思っているのよ!」

「まぐれで売れただけの人だと思っていますがなにか」

「なんですって! ていせいしなさいよバカ編集! ぶんさいの前にひれしなさいよ!」

「文才って……山田先生の書くしようせつぶんしようひどいじゃないですか。よくまとめサイトとかで、ぞうきでたたかれてるじゃないですか」

「ちっがーう! あれは、すっごく読みやすいように書いているの! ほんと、何にもわかっていないのうな編集ね! ふんっ、いい? 覚えておきなさい!」


 エルフは、さらりときんぱつをかきあげて、それはもうとくげに語り始めた。


「このわたし、山田エルフがすいせいのごとくデビューしてから数年がち……わたし以外の全ラノベ作家は、だいおくれのカスとなったわ! そして! いまやこのわたしの書く、読みやすくわかりやすい文章が、新しいライトノベルの世界を切りひらいているの!」


 すげえこというなこいつ。

 エルフは、むねに手を当て、目をつむり、熱っぽく語り続ける。


「……神に選ばれたこのわたしは、行きまり、ほうしつつあるラノベぎようかいのパイを広げ、めつぼうの危機にひんしたしゆつぱんしや、この世のじように泣く作家たち、そしてぼくたるどくしやたちをきゆうさいするというすうこうなる使めいをおびているわ! つまり、わたしこそがラノベ業界のきゆうせいしゆ──────いな!」


 エルフは、カッ、と両目を見開いた。


「わたしがライトノベルよ!」


 どんっ! きよだいおんげんしてしまうほどの、すさまじい決め台詞ぜりふだった。

 あまりのドはくりよくに、おれされ、たたらをんだ。

 すべてを聞きとどけた神楽かぐらざかさんが、たんたんと言う。


「ライトノベルちゃん、早く帰らないと、そっちのたんとうへんしゆうじようを入れますよ」

「なっ、ず、ずるいわよ! そんなの!」


 ……あ、こいつも担当編集に頭上がらないんだな。


「カウントダウンスタート、10、9、8、7……」


 エルフがどうようするのを見た神楽坂さんは、こうありと判断したのか、カウントダウンをしながらけいたいを取り出し、ピピピとそうを始める。

 エルフがあわてて言った。


「きょ、今日のところは帰ってあげる! けど! 覚えておきなさいよ! ツイッターでわたしの可愛かわいぼくたちに言いつけてやるんだから!」


 いたいたしいて台詞を残して、ラノベ業界のきゆうせいしゆやまエルフ先生はって行った。たいふうのようなやつだ。作家や編集者全員が、この二人のようではないとだけそくしておきたい。

 手でシッシッとやっていた神楽坂さんが、俺に向き直った。


「さーて、和泉いずみ先生」


 にやっとみを浮かべて、


「まずいことになりましたね!」

「えっ……な、なにがでしょう」

「わからないんですか? あのなんアリ作家が言っていたことは、けつこういいところをいているんですよ」

「う……ぐ。……わかってますよ」


 俺みたいな売れない作家より、売れっ子作家のイラストを担当した方が、エロマンガ先生──ぎりにとっては、いいに決まってる。

 どんどんしんかんが出て、ごとが入って……うまくいけばアニメ化だってするかもしれない。

 もしかしたら、本当に、きゆうきよくのラノベがたんじようするかもしれない。

 紗霧は、まだ返事をしていないらしいけど、よく考えれば悪い話じゃないって気付くだろう。

 そして、エロマンガ先生は、二シリーズのイラストをけ持ちするほど、仕事が速くない。

 そうなると……そうなると……


「わかってるなら、結構。で、どーします?」

「ああ~~~~っ、クソ! 決まってますよ!」


 俺のやる気は、このとき──完全に燃え上がった。


ぎりィィィ! 紗霧ィィィ!」


 ドンドンドンドンドンドン!

 家に帰るや、おれは階段をけ上った。

かずの』のとびらにおでこを押しつけ、一方的に話しかける。


「俺、がんばるから! 絶対あいつよりおもしろしようせつ、書いてみせるから! だから……だから……!」


てないでくれぇぇぇぇえぇぇええええぇぇぇ!」


 なみだながらのせんげんだった。

 それを『開かずの間』の向こうで、妹がどんな顔をして聞いているのか──

 もちろん俺には、知るよしもない。

 の前でさけんだところで『開かずの間』の扉が開くはずもない。この前開いたのは、あくまで大きなトラブルがあったからこそで……。

 俺と妹との関係は、何も変わっちゃいないんだから。


「…………はぁ」


 ちようとともに、扉からはなれ──

 ゴンッ!


「~~~~~~ッ!」


 まぶたのうらほしが飛んだ。いきおいよく開いた扉が、俺のひたいをしたたかに打ったのだ。俺はデコを手で押さえてもだえ苦しむ。ひとしきり悶えてから、ようやく顔を上げると、


「…………なにさわいでるの」


 妹の、そうな顔が目の前にあった。


「……あれ?」


 なんで開いて……。絶対に開くわけがないとばかり思っていたので、ひようかれてしまった。このときの俺は、すごけな顔をしていたことだろう。


「な、んで……?」

「聞いてるのはこっち」


 紗霧はかんじようにぽつりと言った。


「…………」


 俺が何も言わなかったので、紗霧はもう一度聞いてくる。


「………………見捨てるとか、なんとか……なんの話? こわゆめでも見たの?」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影