山田エルフと遭遇し『あいつよりも面白い小説を書いてやる!』と息巻いたあの日から、数日が経っていた。今日は平日、俺は今日も今日とて、家事学校仕事の三連コンボで一日を終える腹づもりだったのだが……。
ピンポーン。
放課後、帰宅した俺が仕事に取りかかろうとしたところで、邪魔が入った。
ちなみに俺は、電話着信音と、スマホのメール着信音と、インターホンの音が、先に挙げた順に嫌いである。死の宣告かもしれんと思うと、気が気でなくて、音を聞くたびビクッとなるのだ。……俺だけかもしれないが。
「はーい」
ともあれ俺は、インターホンの音にやや気を悪くしながらも、玄関へと向かった。
ピンポンピンポンピンポンピンポン!
「こ、このウザいピンポン連打は……」
開けるまでもなく、誰が来たのかわかった。
「いーずみちゃーん! あーそーぼーっ!」
「いーやーよー」
ガチャ。俺は玄関扉を開けながら、めぐみにそう言ってやった。
そう。扉を開けた先にいたのは、セーラー服姿の茶髪美少女、神野めぐみであった。
めぐみは頰を、ぷぅ、と膨らませて、
「なーんでおにーさんが出てくるんですかぁ」
「なんの用だ?」
めんどくさいので、さっさと本題に入る。
「なんの用って……新しいプランを持ってまた来るって言ったじゃないですか」
確かにそう言ってたはいたが、思いの外はええ。リア充の行動力をあなどっていた。
「……プランの内容は?」
どうせろくでもない内容なんだろ? 期待せずに聞いてみた。
めぐみは、ふふーんと得意げに微笑して、俺に抱きついてきた。
「おっと」
回避。
「なんで避けるんですか!? あたしの挨拶のハグを!」
他の男だったなら、ありがたく抱きつかれてデレデレしていたシーンかもしれない。
俺には効かんがな。
「……いや、玄関で女の子と抱き合ってたとか、近所の噂になったら恥ずかしいし」
めぐみは、やおら顔を伏せて、
「ちっ……この童貞が」
「……おい、いまとんでもないこと呟かなかったか?」
「え? 気のせいじゃないですかぁ? それよりも、プランの内容ですけど」
めぐみは、くるりと背後を向いて、
「みんなー」
と、呼ばわった。
……え? みんな? みんなって──
俺の当惑をよそに、目前で状況が展開していく。和泉家の玄関先、門柱の後ろからズラリと現われたのは────
「「こんにちは」」「「ちーっす」」「「一年一組、クラス一同です!」」
「帰れ」
俺は冷淡に告げた。
「「「えーっ!」」」
声を揃えてびっくりする、中坊×二十以上。
どうやら俺の視界外にもいやがる。
「『えーっ』じゃない! オイめぐみ……てめぇ何してくれてんだよ」
「なにって、プランBですよ? ほんとは学年全員で、和泉ちゃんちに応援しに行こう──って計画だったんですけどぉ。さすがにそれは無理だったので、クラス一同で来ちゃいました、えへ♪」
『来ちゃいました』じゃねぇよ……。ほんとこっちの想像を悪い意味で超えてくるやつだな。
「なに怒ってるんですか、おにーさん? こーやってクラスのみんなで集まって」
めぐみ&中坊どもは、紗霧の部屋がある二階の窓めがけて、声を張り上げた。
「「和泉ちゃーん!」」「「早く学校きて────っ!」」「「和泉ちゃーん!」」
「「みんな、待ってるよ─────────っ!」」
「ってやれば、和泉ちゃんだって超感激して学校に──」
「行かないって! むしろ布団被って寝込んじゃうよ! マジでやめろ! おい、そこのおまえら、深く息を吸い込むんじゃない! これ以上追撃するな! もう紗霧のライフはゼロなんだよ!」
俺は必死に止めた。
めぐみは、不思議そうな顔をしながらも、仲間に指示を出す。
「みんな、すとーっぷ」
その声で、悪霊を除霊する般若心経のごとき『和泉ちゃん、学校いこー』コールが止まる。
「どういうこと? おにーさん」
「おまえらほんと、なんもわかってねぇな! 逆効果百パーセントだよ! もう帰れ!」
「はぁい。みんな、かえってー」
「「さよならー」」
中坊どもが、ずらずらと帰っていく──前に。
「今日は、ありがとー。また明日学校でねー」
「へーい♪」「へーい♪」「またねー」「うぇーい♪」「うぇぇーい♪」
ハイタッチしたり、手を振ったり……別れ際まで、独特のリア充空間を作り出していやがる。
話は変わるが、この『うぇーい♪』という発声を、俺は『リア充の鳴き声』と呼んでいる。きわめてファジーな意味合いの言葉で、挨拶や返答など、多岐にわたって使われるらしい。
アフリカあたりの部族が使う謎の掛け声みたいなもんだろうか。
「おにーさんもばいばーい」
「ハイハイ、うぇーいうぇーい」
俺は棒読みで、中坊どもとハイタッチを交わすのであった。
なにこの謎のノリ? こいつら毎日こんなことやってんの? 理解できんな……。
中坊どもが、めぐみ以外全員帰っていったあと。
「ずいぶんと素直に帰したな」
「だっておにーさん、ほんとに怒ってるみたいなんですモン」
その察しのよさを、プランを考える段階で発揮してくれねぇかな。
「というか、おまえにも『帰れ』って言ったつもりだったんだが」
「すぐに帰りますよ。その前に、はい、コレ」
めぐみがプリントの挟まった板を渡して来る。
「回覧板です」
「回覧板? なんでおまえが持ってくんの?」
「門の前に置いてあったんですよ──なんで直接届けに来ないんですかね」
「……あー、それは、あれだ」
……こいつに話していいもんかどうか、迷ったが、これでうちに寄りつかなくなるなら、それはそれで構わない。悪いヤツじゃないし……大丈夫だろ。
「このあたりが、呪われてるとかいう噂があるからだな、たぶん」
「呪いですか?」
きょとん、とめぐみは首をかしげる。
「不幸が続いてるってこと。うちもそうだし……お隣さんも」
俺は我が家の隣家をみやった。そこには、下町には似つかわしくない、綺麗な二階建ての邸宅がある。和泉家と同様、二階にベランダが見える。
「昔、偉い作家さんが住んでたんだけど、病気で亡くなっちまったんだってさ」
かなり昔のことらしい。いまは、電気もガスも通っていない空き家のはずだ。
「空き屋とは思えないくらい綺麗なもんだろ? 遺族の人が管理してるんだと」
その作家さんは『古めかしい洋館』と『白い服の少女』が出てくる作品を書いていた。
名前を出せば、皆が知っているような名作だ。だからこその悲劇というか、なんというか。
「夜な夜なピアノが鳴るとか、白いドレス姿の幽霊が出るとか、悪い噂が流れて……いまは幽霊屋敷なんて言われてる」
親父がここに家を建てたとき、すでにその噂は流れていた。親父もお袋も、噂なんてまったく気にせず『安く買えてラッキー!』って思ったんだと。結果的には、ああいうことになってしまったわけだが、俺はこの件を『呪い』と関連づけるつもりはない。超常現象なんぞ、創作の中だけでじゅうぶんだっつーの。
「昔からある、どこにでもある類の噂だったんだけどな。一年前の件で、再燃しちゃってるわけよ」
直接なんか言われるよーなことは、さすがにないけど。幽霊屋敷と和泉家は呪われし場所として、ごく一部のご近所様から怖がられちまっているようなのだ。
そんなわけで、道を挟んだお向かいさんは、回覧板をまわす際、俺に直接渡さず、うちの門前に置いていく。
「なるほど、幽霊屋敷ですかぁ……白いドレスの幽霊……」