第三章 ②

 めぐみは、きようなさそうに言った。続けて彼女は、幽霊屋敷の二階のまどを指差す。


「って、アレのことでしょうか?」

「やめろよそういうの!」


 バッ! 俺はいきおいよく後ろを向いた。

 めぐみが指差していたあたりをせわしなく見回す──が。


「いねぇじゃねーかビックリさせやがって!」

「ちょうどいま、カーテンにかくれちゃいました」

「あのな、めぐみ。じようだんでも言っていいことと悪いことが……」

「いやいや!」


 めぐみはりようてのひらを前で振って否定を示す。


「さすがのあたしも、このシチュで冗談なんか言いませんて! それにあたし、ウソはめつかない女ですから!」


 たまには吐くってことじゃねぇか──しかし。

 ウソを吐いているようではない、か。俺の見立てなんざ、ふしあなもいいところだが。

 なんだかんだいっておれは、こいつを『いいやつ』だとにんしきしているのだ。

 うたがえるわけもない。


「おまえがウソをいてないってんなら……ちがいだよ」

「…………そうだといいですね、ほんとに」


 どうじようてきこわいろだった。


 めぐみが帰っていったあと、俺は『学校来て来て和泉いずみちゃんコール』によるぎりの精神ダメージをかくにんするため『かずの』に向かう階段をのぼっていた。

 俺が引きこもりだったなら、めぐみたちの『プランB』はオーバーキルにもほどがあるしよぎようだったので、あにとしてひとこえくらいけてやるべきだろう。


「まったく、めぐみのやつ……変なこと言いやがって」


 こちとらゆうれいなんて信じてないが、めぐみのしようげんは信じているのだ。

 となりの家に、白いドレスの女がいた──少なくともめぐみにはそう見えた──


「ちょっとこわくなってきちゃったじゃないか!」


 とか言ってる間に『開かずの間』にとうちやく。俺はノックをしてから声を掛ける。


「おーい、紗霧~。だいじようかー」


 ………………。

 返事はない。……こりゃ、クラスメイトへのきようで、とんかぶってふるえてんのかな。

 トラウマにならなけれりゃいいけど。……うーん、どうしたもんかな。


「あったかいココアをいれてやるから、ちょっとってな」


 くるりときびすを返そうとしたところで、

 ばんっ! ごすっ!

 またしても急にとびらが開き、今度は俺のそくとうきようした。


「!!!! ……お、おま……おまえってやつは……おまえってやつは……!」


 俺も俺だよ! いったい何度同じこうげきらい続けるつもりなんだ!

 いいげんキャッチしたいのだが──なかなか先人のようにはいかないな。


「……どうした、紗霧。急に開けたりして」


 俺は側頭部をおさえつつ、何事もなかったかのようなカッコいい声を出した。

 そうしたら、おどろくべきことが起こった。


「──────」


 紗霧が、俺の手を引き、の中に引きり込んだのだ。さらに、俺のこしに手を回して、きついてくる。


「~~~~~~~~ッ!」

「な、な、な……」


 かすかなむねかんしよくが……! ではなく、目の前がになった。あまりのことに、急速に頭に血がのぼり、くらくらしてしまう。なんとか声をしぼり出した。


「ど、どど、どうしたんだ?」

「……!」


 ぎりは答えず、さらにギュッとうでの力を強める。当然おれはさらにこんらんし──


「…………お兄ちゃんにれたの?」


 ゴスッ! ジョイパッドが俺のあごをアッパーいた。


「ど、どっから出しやがったそんなもん!」

「ちが……! ……れい……が」

「な、なんだって?」

「……ゆうれい……」


 幽霊? なんで、紗霧がいまその話題を? 俺とめぐみの会話を聞いていた?

 だとしても……ど、どうやって? ここは二階で──大声で話していたわけでもないげんかんさきの会話が、聞こえるわけがない。俺は、ひとまず問題をたなげにした。


「幽霊が──どうした?」

「………………」

だいじようだ。兄ちゃんがついてる」


 俺はたよりにならないあにだが、なるべく安心させようとやさしい声で言い聞かせる。

 すると紗霧は、俺の腕の中で、ぽつぽつとつぶやき始めた。


「その……とんかぶってフテしようとしてたら…………ピアノの音がするの」

「ぴ、ピアノの音? いまも?」


 俺のいに、紗霧はこくんとうなずく。


「……となりの……家……から」

「いや、だってあそこは……」


 だれも住んでいないはず。それに、まだ夜にもなっていないってのに、幽霊なんか……。


「……わかった、信じる。ちょっとてよ」


 俺は目をつむって耳をます。

 ……まず、聞こえてきたのは、ドキドキとはくどうする自分のしんぞうの音だ。そして……ゲッ!


「聞こえる! ピアノの音だ!」

「で、でしょ?」


 紗霧は、ふるえる指で、ベランダを指差した。そこにはパステルカラーのカーテンがかかっている。カーテンのすきから、うすぐらい室内に、夕方のあかが差し込んでいた。


「……ベランダから……何が見えた?」


 ぶるぶる、と、首を横に振る紗霧。……言うのもこわいって感じだな、こりゃ。

 し、かたねえ! おれぎりの手を引いて、ゆっくりとベランダへと近付いて行く。

 ぜんとして、ピアノの音が聞こえてくる。


「い、行くぞ……?」


 ちらりと紗霧の顔を見ると、泣きそうな顔でこくこくとうなずく。


「よ、よし……」


 俺はカーテンに手をけ、ざぁっ! いつに開いた。

 ゆうれいしきのベランダが、すぐ近くに見える。さっき、めぐみが指差した場所だ。

 幽霊らしきひとかげはない。が、ピアノの音が大きくなった。

 ……やはり、となりの家から聞こえてくる。


「……隣の家の……どこから聞こえてくるんだ?」


 ぱっと見、じよう(幽霊とは言いたくない)は見あたらないが……。


「……に、兄さん、あ、あそこ……」

「えっ?」


 紗霧の指先を目で追って──見てしまった。

 ななめ下、一階……カーテンのすきからのぞく、白い人影を。


「きゃああああああああああああああああああああああ!」(←俺の声)

「ッッッッ!」


 俺たち兄妹は、たまらずき合いふるえ上がった。あんまりあわてていたものだから、妹と抱き合っていたというのに、まったくこのときのことを思い出せない。


「……ゆ、幽霊……よね?」

「い、いやっ……そんなわけが……」

「…………見てきて」

「えっ?」

「……見てきて、兄さん」

「……じようだんだろ?」


 おっかないんですけど?


「見てきて。なんだかわからないと、怖くて絵がけない」


 ……怖くて絵が描けないのか。じゃあ、仕方ないな。


「わかった、ってろ」


 俺は、妹をに残し、一人『幽霊屋敷』へと向かった。

 げんかんを出て、かいらんばんを手に、いつずつりんの門へと近付いて行く。黒いてつせいの門を開けると、きぃぃ……というめいのようなきんぞくおんが鳴った。


「……ごくっ」


 りんしきへと足をみ入れたおれは、ていたくを見上げる。れいせいそうされているのに、みようはくりよくがあった。

 かいらんばんを持って来たのは、もしかしたらだれかが引っしてきたというのうせいがあるからだ。それと、誰かにほうしんにゆうを見とがめられたときの言いわけようでもある。


「……ゆうれいじゃありませんように。幽霊じゃありませんように」


 ぶつぶつととなえながら、問題のまどへと近付いて行く。


「ここ……だったよな。さ、さて……行くぜ!」


 俺はあいを入れて、カーテンのすきのぞき込んだ。


「──────────────なっ」


 俺はいきんでこうちよくした。

 幽霊の……しようたい見たりばな

 やまエルフ先生が、ぜんでピアノをいていた。


 ピンポーン。

 俺は、幽霊屋敷の正面へと回り込んで、インターホンを押す。

 ピンポーン。もう一度、ピンポーン。

 まぁ、服を着る時間もあるだろうから、三回も押せばいいだろう。

 しばしつと、やがてインターホンのスピーカーからえらそうな声が聞こえてきた。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影