『誰! 原稿ならないわよ!』
……この台詞だけで、こいつのイヤな日常が垣間見えてしまうな。
せめて相手を確認してから言えよ。……俺は無表情でこう返事をした。
「回覧板でーす」
『はあ? ……なんだ……そのへんに置いておきなさい』
こいつ、良好なご近所付き合いをするつもりないだろ。てか、そもそもなんでこいつがここにいるのかもわからん。……うーん。
「山田さーん。ちょっとお伺いしたいんですけど、なんではだかでピアノ弾いてたんですか?」
『な!』
ぶちんっ! がたんっ! どんどんどん──ガチャ!
「こんの覗き魔ぁ──っ!」
本人が玄関から飛び出してきた。はだかではなく、この前編集部で見たのと同じような、ロリータ服を着ている。箒を振りかぶって走り寄ってきた彼女は、俺の顔を認めるや、目をまん丸に見開いた。
「って、え!? 和泉マサムネぇっ!?」
「ども」
俺は半目で右手を挙げた。
「なにコレ! どういうことよ!」
「それはこっちの台詞だ。なんでおまえがこんなとこで、はだかになってるんだよ」
「あ、あれは! あれは──」
「あれは?」
「趣味よ!」
どどーん。なんでこいつはいちいちカッコいいポーズを決めるのか。
……しゅ、趣味……?
かなり動揺していた様子のエルフだったが、すぐにいつもの調子を取り戻し、むしろ誇らしげに言う。
「お風呂上がりに全裸でピアノを弾いていると────幸せな気持ちになるでしょう? 素敵な物語が浮かんでくるでしょう?」
「や、やったことないから……」
「ぜひやってみなさい! オススメよ!」
もしかすると、あまり考えたくないが……さっきのアレがこいつなりの、ネタ出し方法だったり……するのだろうか? だとしたらあまり責められない……のかも。ずっと仕事していると頭おかしくなってくるのは、この仕事、よくあることだし。
俺は、精神に異常をきたしている同業者に、優しくこう言った。
「今度からは、ちゃんとカーテン閉めてやれよ。外から丸見え痛い!」
箒で顔を突いてきやがった!
「あんたこそ! な、なんでこんなところで覗きしているのよ! 完っっ全に油断したわ! 扇風機の風でカーテンがめくれていたなんて……!」
ばふっ! ばふっ! と、箒の穂先で連続突きを放ってくるエルフ。その顔は真っ赤になっている。露出狂の変態かと思いきや、羞恥心はあるらしい。
「誤解だっつうの! 回覧板届けにきたって言ったろ! 俺んち隣なんだよ!」
「そ、そんな偶然──」
俺は無言で一歩さがり、和泉家の表札を指差した。エルフはそれをチラ見してから、
「──あったとして! 美少女のはだかを覗くなんて最低ね!」
「好きで覗いたわけじゃねーよ! これには深いわけがあってだな……!」
俺は、この家が幽霊屋敷と呼ばれていること、白いドレスの幽霊やピアノの音が聞こえるといった怪現象が噂されていること……そして、さっきこの家からピアノの音が聞こえてきて、それを調べるために仕方なく覗いたこと──など、事情を話して聞かせた。
「ってわけだ」
「……ふ、ふうん。そうなんだ。わかったわ! 事故ということで納得してあげる! だからあんたも、さっきのは忘れて頂戴!」
エルフは箒を投げ捨てる。まだ顔が赤い。こいつ、いつも興奮してんな。
「了解だ」
俺としても、この気まずい状況が継続されるのは困る。
雰囲気を切り替えるべく、自然な口調で問うた。
「おまえこそ、なんでここにいるんだ?」
「アニメの脚本会議に参加するために、つい最近越してきたの」
「そんなのあるのか」
「ほら、アニメの制作会社って、たいてい東京にあるじゃない?」
いや、しらねえけど。
「わたしみずから、毎週打ち合わせに出向かなくちゃいけないのよ。素敵なアニメを作って、世界を救済するために……ね」
「なんか、大変そうだな」
「まあね~♪ でも、わたしはアニメ化作家だから、仕方ないのよ! アニメ化作家だから!」
いかん、調子こかせてしまったか。
アニメ化決まった作家って、ほんと口を開けばアニメアニメアニメアニメ……。
浮かれやがって。
「アニメ化が決まってから物件探しを始めたから、既存の住宅を買い取る形になってしまったけれどね。ちなみに、アニメ化フェアの印税を当て込んで、キャッシュ一括で、そう……アニメ化キャッシュ一括で購入したのよ!」
「い、一括で家買ったの!?」
我が家は親父がローンでひーひー言ってたってのに……これがアニメ化の力か!
「そう! アニメ化キャ~ッシュ一括よ! 当然でしょう! アニメ化作家なんだから!」
エルフはニヤニヤと調子こいた口調で、
「くふふふ……十四歳でぇ、都内一戸建て買っちゃうってやばいっすか?」
くそ! ぶっ殺したい!
「ビッグなわたしだからこそできる偉業よね! それと、我が下僕たちが、わたしの本をたくさん買ってくれたからかしら? くふふ、いい子たちでしょう? 羨ましいでしょう?」
「羨ましいよ! でもなあ、俺の読者たちだって、おまえよりは少ないかもしれないけど、毎回毎回、見つけにくい棚から、俺の本をちゃんと見つけて買ってくれてるんだぞ! 入荷してる本屋さんだって少ないのにだ! いつもファンレターを書いてくれてる子だっているんだぞ! おまえのファンに負けてないんだぞ! 舐めんなよ!」
悪いがこればかりは熱く反論させてもらう!
「……そこまで怒ることないじゃない。悪かったわよ」
「わかればいい」
「ふん、うちの子たちの方がずっと忠誠度高いけどね」
忠誠度て。こいつは読者をなんだと思っているんだ。
「……ちなみにここ、幽霊出るらしいぞ」
悔し紛れの一言を放ってはみたものの、エルフはまるで堪えなかった。
「はっ、幽霊なんているわけないでしょ! もしもほんとにいたら、小説のネタにしてやるわ!」
たくましいやつだ。さすが売れっ子作家様だと言っておこう。
「そ・れ・よ・り・も!」
エルフはその場で、踊るようにまわった。バッ、と、片手で家を指し、
「どう! この、天才美少女ラノベ作家、山田エルフ様の居城は! 褒めたたえてもいいのよ!」
どうって言われても……前から隣にあるしなぁ……。
「まぁ、綺麗な家だよな」
「そうでしょう! クリスタルパレスと呼んで頂戴!」
自宅にラストダンジョンみたいな名前をつけてやがった。
さすが売れっ子作家様の感性は一味違うぜ。
エルフは、ちらっ、ちらっ、となにか言いたげにこちらを見ながら、
「和泉マサムネ。どーしてもっていうなら…………我が居城、クリスタルパレスに足を踏み入れる栄誉を与えてあげてもいいわよ?」
間違いなく、同業者に新居を自慢したいだけじゃねーか。
「おまえんちか……正直、興味はあるな」
作者本人に対しては、好感度がガンガン下がっていっているが、俺は山田エルフ先生のファンなのである。どんな家に住んでいるのか、どんなところで仕事をしているのか、見てみたい。
それに、ひょっとしたら……売れっ子作家の家を見ることによって、何か『売れるための秘密』みたいなもの……そのヒントくらいはつかめるかもしれない。
「そうでしょう? そうでしょう? くふふふ……オリコン一位の売れっ子作家様が住む居城に、興味あるでしょう?」
「わかったわかった」
こいつがどういうやつなのか、段々と理解してきた。