俺は溜息を吐きつつ、幽霊屋敷改めクリスタルパレスへと入っていくのであった。
クリスタルパレスとかいう大げさな名前とは裏腹に、わりと普通の家屋だった。間取りはほぼ我が家と同じで、入ってすぐに階段がある。幽霊屋敷のイメージを引き摺っているせいもあるのだろうが、やや暗いような気がした。
「光栄に思いなさい! あんたが我が城の、ひとりめの客よ!」
「……そ、そうなのか」
俺がひとりめ? あるのか、そんなこと……。
なんか……こいつも特殊な事情を抱えていそうだな。
「お邪魔します」
靴を脱ぎ、一歩踏み出すと、ぎしりと床が音を立てた。
「………………」
「どうしたの? こっちよ?」
「お、おう。……この家、大丈夫なのか? ギシギシいってね?」
「失礼ね。偉大な作家が住んでいた伝説の邸宅で、耐久性にも問題はない──って、不動産屋が言ってたわ。それに、この趣のあるところがいいのよ」
不動産屋に適当なこと言われて、ぼったくられてるんじゃねーの?
おまえが気に入ってるなら、いいけどさ──と、納得しかけた瞬間。
ぎぃぃぃぃ~~~~~。
「ひいっ」
俺は、びくっと肩を震わせてしまう。青ざめた顔で呟いた。
「…………なにいまの? ポルターガイスト?」
「家鳴りよ、家鳴り。フフッ、臆病ね──和泉マサムネ」
……思うに、こいつの服装がまた、このシチュエーションの恐怖を増幅しているんだよな。
俺が通されたのは、洋風のリビングルームだった。かなり広く、軽く十畳以上はありそうだ。液晶テレビとテレビ台があり、テレビ台の中には、ゲームソフトやハード、アニメのBDなどが収まっている。フローリングに、赤い柄物の絨毯が敷かれていて、その上にガラスのローテーブルが置かれていた。その上にはノートパソコン。その脇には白い座椅子。
「ここで仕事してるのか?」
「普段は二階の仕事部屋で書いているわ。ずっと同じ場所で仕事をしていると飽きてくるから、ここで書くときもあるけれど」
「へえ」
それがこいつなりの気分転換なんだろう。
「適当に座って頂戴」
「…………」
俺はローテーブルの脇にあぐらをかいて座った。さすがに一つしかない座椅子を使う気にはなれない。腰を下ろすや、俺の視線は、部屋に入ったときから気になっていたある場所に惹き付けられる。
──ピアノである。それと扇風機。
「…………」
「あ、あんた、ピアノ見てなに想像しているのよ!」
お茶を持って来たエルフが怒鳴る。
「してねえよ! もう忘れたっつうの! むしかえすな、自意識過剰め!」
がちゃん! エルフは、お盆をローテーブルに叩き付けるように置く。
「自分で言っておいてなんだけど、そう簡単に忘れられるわけないでしょ! このわたしの、聖なる全裸を!」
聖なる全裸ってなんだよ。
「そういえば、おまえって初めて会ったときから全裸全裸やかましいよな──全裸教の全裸神でも崇めてるわけ?」
「雑魚作家にしては、なかなか的を射た比喩ね」
嫌味で言ったのに、的を射てしまったか……。
「そう! 全裸こそ、神が人に与えたもっとも自然な衣服! 全裸以上に素敵な服装などありはしないのよ!」
全裸教の教えは、想像以上に気色悪かった。
「ああ……だからおまえの作品、ヒロインが次々に全裸になっていくんだ……?」
「ええ! 素敵でしょ! 読者も大喜びよ!」
ばんっ! 俺はローテーブルをブッ叩いた。
「な、なによ……?」
エルフがびくっと肩を震わせる。俺はこう言ってやった。
「おまえ……おまえ……! ラブコメってもんを、まったくわかってないよ!」
「あんた何様!? わたしの作品、あんたの百倍売れてるんですけど!」
ブチキレるエルフ。
いくらなんでも百倍は盛りすぎだろ。せいぜい十倍くらいじゃねーの?
もの凄い差があるのは事実だが、
「は、だからどうした。売れてりゃ偉いのかよ」
「もちろん偉いに決まってるわ! 売上とは、作家の戦闘力よ!」
はっきり言いやがった。
「その考え方は好きじゃねーな。つーか、はだかなんてある意味一番ドキドキしない服装だろ。ぱんつ丸出しがパンチラよりもえろくないのと同じ理由でさあ」
「そっちこそわかっていないわね! だからこそわたしの文才とイラストレーターの腕の見せどころなんでしょうが! だいたい男読者なんて、あんたが言うほど潔癖じゃないし! 男なんて、エロの力の前には無力よ!」
幻想的な見てくれで、俗物丸出しの台詞を吐きやがって。
ファンに向かってそういうこと言うなよ。
「そんなことねえって!」
少なくとも俺は、エロいシーンが多いからおまえの本のファンやってるわけじゃない。
それに、男の子ってのは、好きな女の子のはだかだからこそ見たいんじゃないの?
バンバン脱がしていいわけじゃないと思うよ、俺は。
「バーカ! わたしの下僕たちにはちゃーんとウケてるんだから、そんなことありますぅ~~~~~~~~~~~~~~」
「そんなことありません~~~~~! おまえの作品の一巻で、メインヒロインを初登場した直後に全裸にしやがったのは、いまでもクソだと思ってますぅ~~~~~~」
「はあああ!? 究極にエロくて萌える名シーンじゃない! 森の掟で、異性に裸体を見られたら貞操を捧げなくてはいけないというメインヒロインの設定を、最大限に活かす展開だったでしょうが! ──はっ! で、でも、わたしの貞操はあげないからね!」
「いらねええええええええええええええええええええよ!」
ほんとウゼーなこの女。自分の小説の設定と、現実を混同するんじゃない!
「な……んですってぇ~~! この超美少女ラノベ作家様に対してなんて口を……! オリコン一位のわたしに、なんて口を利いてくれるのよ!」
「オリコン一位オリコン一位うるせーんだよ。他のランキングではワ●ピースに完敗してたし、今週のオリコンでソードアート・オンラインに抜かれたんだから、もう一位じゃないだろ?」
「ぬぐッ……!?」
痛いところを衝かれたとばかりに、胸を押さえるエルフ。
冷や汗を額に貼り付けながらも、強がった口調で、
「……フフ……礫め……少しは成長したようね……。まぐれとはいえ、オリコンでわたしに黒星をつけるとは……まぐれとはいえ……さすがはわたしが認めた小説家よ……」
なんでてめーが川原礫先生の師匠気取りよ。今週十四位くらいのくせに。
「まっ! 『わたしのアニメ』が始まれば、ブルーレイが一〇〇万枚くらい売れて、原作も部数が三百倍くらいになって、ソードアート・オンライン程度相手にもならないんだけどね! 近い将来、わたしが電撃文庫をぶっ倒す前の……そう、中ボスみたいなものかしら」
は、早くこいつを黙らせないと……。
ハラハラと見守っていると、エルフはさらに調子こいたことをほざきはじめた。
「そして、ワ●ピース……さすがは我がライバル……ぎりぎりの惜敗だったわ。今回は大人しく負けを認めましょう。……ぎりぎりの惜敗だったけれどね……」
「おまえ風にいうと、ワン●ースの戦闘力は現時点で三〇〇〇〇〇〇〇〇だぞ」
「………………」
エルフは沈黙した。
「……あ……ああ……あ……」
真っ青な顔色でガタガタ震えている。この圧倒的な戦力差に、戦意を保てるわけがない。