第三章 ⑤

「しかも、ワ●ピースのはつこうすうは、これからまだまだえる。……この意味がわかるな?」


 あらためて数字にしてみると、マジでやべーな。

 そうさくじゃないげんじつの数字なのに、どんなマンガのラスボスえんしゆつよりもずっとおそろしいもの。


「……あれっていまなんかんくらい出てたっけ?」

「七十巻くらいじゃね?」

「…………」


 エルフは、げた人差し指をしたくちびるに当て、しばし考え込み……

 ぱっと表情をかがやかせた。


「なーんだ! たいしたことないじゃない!」


 ちょ! コイツ!


「ワンピ●スも意外にショボいわね! 七十巻近く出ててそのていなんでしょ? わたしがそのくらいの巻数出すときは、ゆうで抜いているにちがいないわ!」

「……しようで言ってるのか?」


 三〇〇〇〇〇〇〇〇がショボいわけねーだろ。

 そもそも小説ばいたいでは、どんなにヒットしても、マンガの大ヒット作にかなうわけがない──というのがじようしきなのだが……。そんな常識など知るかとばかりに、エルフはむねを張った。


「正気も正気よ。というか──せっかく〝職業いきざま〟を〝せんたく〟したんだから、そのくらいのがいがなくちゃ、おもしろくないでしょう?」


 わたしは、きゆうきよくのラノベをつくるのだから──


「〝小説王ノベリスト・ロード〟に、わたしは、なる!」


 どうどうと言い放つ。


「…………っ」


 俺は、自然と口にみを浮かべていた。

 彼女のスケールの大きさに、そうだいゆめものがたりに。アホらしくてかっこいいルビのり方に。

 つい『がんれよ』──と、口にしてしまいそうになった。

 いかんいかん! そうじゃない、そうじゃないだろ……!

 こいつとの、へんしゆうでのやり取りを忘れたのか?


おれは──おまえのもくひようなんて、どうでもいいんだけど、さ」


 ひざに手を置いて、ゆっくりと立ち上がる。


「どうでもいいんだけど……なにかしら?」


 俺はライバルに向かって、目を合わせて、げる。


「おまえには負けない。エロマンガ先生をゆずってなんてやらない」


 強くこぶしにぎり込んだ。

 エルフがこうまんまなしで俺をえる。


「へえ……さつのあんたが、そう遠くない未来、るいけい六〇〇〇〇〇〇〇〇部を売り上げる〝小説王ノベリスト・ロード〟……いな、〝超作家スーパー・ノヴェリスト〟となるこのわたしにいどもうっていうの?」

「けっ、すうなんてつまらんひようたたかうつもりはないけどな──」


 代わりに、俺が『いちばん大切にしているひようじゆん』でやってやるよ。


しようだ! 俺のあいぼうを、おまえにはわたさん! ちようおもしろしんさくで、アニメ化作家なんざ、らくしようでぶっとばしてやるぜ!」

じようとう、じゃあわたしは、アンタより面白い小説を書いて、エロマンガ先生を心変わりさせてやるわ。そして、きゆうきよくさしいてもらうのよ!」


 どちらが面白い小説を書くかの勝負。

 ジャッジするのは、エロマンガ先生。

 勝った方が──エロマンガ先生に選ばれた方が──新作のイラストを描いてもらえる。

 そういうことだった。


 たくに戻った俺は、いま『かずの』の中でせいしていた。

 目の前では、パジャマ姿すがたの妹が、顔をにして俺をにらんでいる。おこっているのだろう──くちもとかたく引きむすび、あごに〝うめし〟を作っている。

 彼女は、口を開くや、


「おそいっ!」


 とさけんだ。ヘッドセットのマイクしだったので、じゆうに聞こえたが、にくせいだけでもじゅうぶんな、感情のこもったひとこえだった。


「なんで! すぐ!」そこでいつたんいきれし、「……戻って! こないの!」


 ……なんで俺は、妹におこられているのだろう。

 ええと……


ゆうれいしきようを見に行った俺が、なかなか帰ってこなかったから、ずっとひとりでこわかったのか?」

「ちが……! じゃなくて!」

「『そうじゃなくて』? なんだ?」

「なんでもない。もういい」


 ふい、とぎりはふてくされたようにそっぽを向いて、くちびるとがらせた。


「……その……なかったの? 問題」


 ネットはいしんならりゆうちようしやべるやつなのだが、こうしてめんと向かって話すとき、紗霧は本当に口べたになってしまう。おれは妹の台詞せりふの意味を、いちいちぎんして答えなければならなかった。


「ああ、だいじようだ。ゆうれいじゃなかったよ」

「そ、そう」

「あのピアノの音は──…………えーと」


 ゼンラーガールのゆう姿を思い出し、いつしゆんことまってしまう。


「おとなりさんが、ピアノいてただけだった。最近、してきたって」

「…………お隣さんって……そんなのいたんだ」


 紗霧がげんな声でつぶやいたとき。

 ばんっ! という音がカーテンの向こう側から聞こえた。


「ひゃ」


 紗霧が、びくりっ、と飛び上がる。俺も「な、なんだ?」と目を丸くした。


「……あ、うう……あの……まどって……」


 紗霧は、ぎゅ、と俺の服のすそつかむ。

 そう、窓の向こう側には、幽霊しきがある。もちろん幽霊などいなかったわけだが、二階にある『かずの』の窓がたたかれているのは、事実。


「大丈夫だ、まかせとけ」


 俺はゆっくりと窓に近寄って、かいじようし、


「窓、開けるぞ」


 ガラッとカーテンごと開ける。


「にいさ、あぶな……!」


 しゆんかん

 しゅぱっ──びたん!

 俺のデコに、ヘッドショットがさくれつした。


「のわっ! な、なんだぁ!」


 強いしようげきがあったものの、さいわそくするようなものではなかったらしい。

 俺は、デコにくっついている何かの、ぼうじよう部分を摑んでひっぱった。

 きゅぽん、というかいおんとともにけたそれは──


「……おもちゃの……か?」


 なんだって、こんなもんが?


「やっと出てきた!」


 聞き覚えのあるこうまんな声が、ゆうれいしきの方から聞こえた。


「そ、その声は!」


 おれからせんを上げると、


「わたしよ!」


 向こう側のベランダに、ゆみかまえたエルフが立っていた。エルフに弓矢、おそろしくぴったりな組み合わせだった。というか、こいつの作品に登場するヒロインそっくりだ。


「ちょっとあんた! いきなりもうダッシュで帰るなんて、どういうつもりよ! きよじようしようかいはまだまだ続くというのに、失礼だとは思わないの!」


 ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん! きようけんのようにえかかってくる。

 俺はベランダのさくつかんで、り出した。


「なにかと思えばまたてめえのわざか! 妹を泣かしやがって! あくりように取り殺されて死ね! いまやってるシリーズさいしゆうかんまで書き上げてから死ね!」

「あんたのキレるポイントがわからない! そこまでおこらなくたっていいでしょ!」

「な、ないてないっ」


 ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー。この場にいる全員が、しようを失っていた。


「さっきてきたいしたばっかだろうが! 幽霊屋敷でピアノなんかきやがって、失礼なのはおたがさまだっつうの!」

「お互い様じゃありません~~~! はだかを見られたぶん、こっちの方がめいわくをこうむってますぅ~~~~~」

「んなもん見たくて見たわけじゃね──ッつってんだろ! そこまで言うなら、いますぐ俺もいでやるよ! ホラ! ホラホラホラホラ! これでお望みどおりなんだろ!」

「ぎゃ──ッ! な、なんてモン見せようとしてんのよ!」


 ビシュビシュビシュビシュ!

 エルフがなみだで、矢をみだちしてくる。


「いて! イテ! このっ!」


 俺はズボンはんぎでこう退たいする。と、同時に紗霧がまどいきおいよくめた。

 ガラガラガラ、ぴしゃん!

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影