第三章 ⑥

 ざあっ──カーテンも閉めて、完全に向こうがわとシャットアウト。

 した上で、


「………………」


 ギロリ。ゴミを見るまなしで、兄を見上げてきた。

 悪霊よりも、ボツよりもおそろしいそんざいがそこにいた。


「……………………」

「……………………」


 プレッシャーに押しつぶされそうなちんもく


「兄さん」

「はい!」


 ちようけいだった。なに? なんなのこのはくりよく

 ぎりはゆっくりとうてくる。


「…………あの女、だれ?」

「おとなりやまさんです! はい!」


 ゼンラーガールのほんみようがわからないし、しようけんもあって、隣に山田エルフ先生が住んでいることを紗霧に教えたくないので、そう答えた。


「……ふうん……山田さんとやらと、知り合いなの?」

「会ったのは二度目であります!」

「……なか、いいんだ?」

「いいえ! ブッ殺したい感じであります!」

「……なんでそんなウソくの……ぜんぜんそんなふうには見えなかった」

「ウソじゃないって! あんなやつとなかくないよ!」


 なんでおれが、あのエロエルフとの関係を、妹にべんめいしなくてはならんのだ。

 意味がわからん。

 紗霧は、ちょっとけて、俺が気をゆるめたしゆんかんにこう聞いた。


「…………はだか、見たの?」

「…………」

「見たの?」

「…………」

「見たんだ」


 俺は妹の顔からせんをそらして、


「……ちょ、ちょっとだけ」

「……………………」


 おもくるしい沈黙。俺はたえかねて、ちらりと妹のかおいろをうかがった。

 ……こおり付くようなひようじようひとみだけが、めるように半分閉じている。


「兄さん」

「お、おう……?」


 ひっくり返りそうな声で返事をすると、紗霧はめ切ったこわいろで言った。


「ズボンを穿いて、それから出てって」


 言われてようやく、自分がズボンはんぎでぱんつ丸出しになっていることに気付く。

 ふたたび沈黙にはいされた……俺はごんでズボンを穿き、ろうへと出た。

 そして、とびらまる直前──


「へんたい」


 ばたん。


「…………………………」


 かたざされた『かずの』の前で、おれひざからくずれ落ちた。


 二日後の昼休み、俺は学校のしよしつしようせつを書いていた。あいよう可変型コンパーチブルノートパソコンではなく、スマートフォンのメモアプリを使っている。クラウドにつなげるやつな。

 わかってもらえると思うが、学校にノーパソを持ち込むのはけつこうキツいし、それにノーパソでラノベを書いていて、後ろから『なにやってんの?』ってのぞき込まれるのがイヤなんだよ。

 しよせきにおいがただよしずかな空間で、ようおやゆびあやつって、テキストをにゆうりよくしていく。さすがにキーボードにはおよばないものの、練習だいけいたいでも小説は書ける。

 ひとむかしまえ流行はやった『ケータイ小説』は、俺にいいことを教えてくれた。

 ──が。


「…………はああああああああああああああああ」


 俺の口から、いんうつためいきれる。あれから妹と、ひとことも口をけていないのだ。

 それだけではない。週明けにていしゆつしたげん稿こうも、昨夜ゆうべ、ボツになったばかりだった。

 ……くそう……へんしゆうめ、ちゃんと読んでからはんだんしてるんだろうな……。

 しんじんしように小説を提出したさつぼうしやたちも、らくせんしてしまったとき、同じように思うのだろうか。

 ともあれ、ボツになってしまったものはかたないので、新しいのを書くしかない。

 いまだかつてないほど燃えているのに、どうにもねつからまわりしている。


「──どうしたもんかな」


 てんじようあおぎ、しきに、そうくちぐせつぶやいていた。


けいワルいねー、どーしたのさ」


 話しかけて来たのは、たかさご書店のかんばんむすめともだった。

 いつの間にか、俺のたいめんすわっていたらしい。

 もちろん学校なのでせいふく姿すがた。本きの彼女は、たいてい図書室にしゆつぼつする。友達がいないわけではないのだろうが、一人で本を読んでいるのが、しように合っているのだとか。

 文学少女、というふんではないけれども。


「どうしたもこうしたもない。なんもかんも、うまくいかねーよ」

「ほうほう。ボクでよければ、グチくらい聞くよ~」

「それがさー」


 おことあまえて、最近俺が落ち込んでいる理由を(エロマンガ先生のしようたいや、やまエルフ先生がとなりしてきたことなどはせて)部分的に話してやった。


「へー、エロマンガ先生をけて、やまエルフ先生と、しようすることになったんだ。……で、やる気がからまわりしてボツばっかりみ出している、と」

たんてきに言えばそうなる」

「あは、男を賭けて男どうあらそうとか、BLしようせつみたい」

ちやすな」

「ごめんごめん。でもさー、よくわからないんだけど」

「ん?」

「その勝負って、たいてきになにがどーなったら決着つくの?」

「そりゃあ……」


 おれは少し考えて、


「二人ともしんさくかんせいしたら、エロマンガ先生に読んでもらって……」

「どうやって?」


 えっ?


「いま、エロマンガ先生と連絡がつけられるのは、キミのたんとうへんしゆうさんだけなんでしょ? 山田先生のメールには返事こないらしいし」

「そう……だな」

「だったら、山田先生が新作を書いても、読んでもらう方法ってなくない?」

「確かに……言われてみれば」


 エルフは、神楽かぐらざかさんを通じてげん稿こうを送ることはできないわけで。

 ぎりが、自分から向こうの編集部なりエルフなりに連絡を取ろうと思わない限り、勝負のだんりなどつけられない。一方的に原稿を送りつける形になってしまう。


「いやあ、その場のノリで勝負することになったけど、そんなの全然考えてなかったわ」


 二人ともばかだねーと、ともは笑って言った。


「まぁ、山田先生としては、新作を書きつつ、エロマンガ先生からのれんらくつ──って感じなのかな?」


 つうならそうだろう。というか、それしかない。

 だが……たしてあいつが、普通の考え方をするのかどうか。


「エロマンガ先生のしようたいあばいてやろうと思うのよね!」


 もちろんエルフは普通じゃなかった。


「いきなりなにを言い出すんだ、おまえは……」


 いみじくも智恵と『勝負について』の会話をわした当日のほうである。

 和泉いずみもんぜんで、いつものロリータ服を着たエルフが、うでみをして待ちかまえていたのだった。

 かいこういちばん、出てきたのが、いまの台詞せりふだ。おれとしては、『なにを言い出すんだ』の前に、『なにしてんのおまえ』とツッコミたいくらいである。

 ……ってたのか? 俺を? いつから?

 ついこの間、しようするって決別したばかりなのに?

 俺ののうないが、もんくされる。


「だって、あんたもあいつのれんらくさきしらないんでしょ?」


 このじようほうは、神楽かぐらざかさんあたりから聞いたのだろう。


「まぁな」

「だったら、そうするしかないじゃない! このまま手をこまねいて、メールを送るだけ──なんて、わたしにはえられないわ!」


 こいつ、まんとかできないタイプっぽいもんな。


「それを俺に言うために、ここで待ってたのか?」

「そうよ。いちおう勝負のあいに、ほうこくしておいてあげようと思ってね」


 よくわからんことをするやつだな。りちというか、なんというか。

 だが、今回に限っては助かった。なにしろこの女は、ぎりしようたいあばこうというのだから。教えてもらえていなかったら、なんのたいしよもできなかった。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影