ざあっ──カーテンも閉めて、完全に向こう側とシャットアウト。
した上で、
「………………」
ギロリ。ゴミを見る眼差しで、兄を見上げてきた。
悪霊よりも、ボツよりも恐ろしい存在がそこにいた。
「……………………」
「……………………」
プレッシャーに押し潰されそうな沈黙。
「兄さん」
「はい!」
超敬語だった。なに? なんなのこの迫力?
紗霧はゆっくりと問うてくる。
「…………あの女、誰?」
「お隣の山田さんです! はい!」
ゼンラーガールの本名がわからないし、勝負の件もあって、隣に山田エルフ先生が住んでいることを紗霧に教えたくないので、そう答えた。
「……ふうん……山田さんとやらと、知り合いなの?」
「会ったのは二度目であります!」
「……仲、いいんだ?」
「いいえ! ブッ殺したい感じであります!」
「……なんでそんなウソ吐くの……ぜんぜんそんなふうには見えなかった」
「ウソじゃないって! あんなやつと仲良くないよ!」
なんで俺が、あのエロエルフとの関係を、妹に弁明しなくてはならんのだ。
意味がわからん。
紗霧は、ちょっと間を空けて、俺が気を緩めた瞬間にこう聞いた。
「…………はだか、見たの?」
「…………」
「見たの?」
「…………」
「見たんだ」
俺は妹の顔から視線をそらして、
「……ちょ、ちょっとだけ」
「……………………」
重苦しい沈黙。俺はたえかねて、ちらりと妹の顔色をうかがった。
……凍り付くような無表情。瞳だけが、責めるように半分閉じている。
「兄さん」
「お、おう……?」
ひっくり返りそうな声で返事をすると、紗霧は冷め切った声色で言った。
「ズボンを穿いて、それから出てって」
言われてようやく、自分がズボン半脱ぎでぱんつ丸出しになっていることに気付く。
再び沈黙に支配された部屋……俺は無言でズボンを穿き、廊下へと出た。
そして、扉が閉まる直前──
「へんたい」
ばたん。
「…………………………」
固く閉ざされた『開かずの間』の前で、俺は膝から崩れ落ちた。
二日後の昼休み、俺は学校の図書室で小説を書いていた。愛用の可変型ノートパソコンではなく、スマートフォンのメモアプリを使っている。クラウドに繫げるやつな。
わかってもらえると思うが、学校にノーパソを持ち込むのは結構キツいし、それにノーパソでラノベを書いていて、後ろから『なにやってんの?』って覗き込まれるのがイヤなんだよ。
書籍の匂いが漂う静かな空間で、器用に親指を操って、テキストを入力していく。さすがにキーボードには及ばないものの、練習次第で携帯でも小説は書ける。
一昔前に流行った『ケータイ小説』は、俺にいいことを教えてくれた。
──が。
「…………はああああああああああああああああ」
俺の口から、陰鬱な溜息が漏れる。あれから妹と、一言も口を利けていないのだ。
それだけではない。週明けに提出した原稿も、昨夜、ボツになったばかりだった。
……くそう……編集め、ちゃんと読んでから判断してるんだろうな……。
新人賞に小説を提出した作家志望者たちも、落選してしまったとき、同じように思うのだろうか。
ともあれ、ボツになってしまったものは仕方ないので、新しいのを書くしかない。
いまだかつてないほど燃えているのに、どうにも熱意が空回りしている。
「──どうしたもんかな」
天井を仰ぎ、無意識に、そう口癖を呟いていた。
「景気ワルいねー、どーしたのさ」
話しかけて来たのは、たかさご書店の看板娘・智恵だった。
いつの間にか、俺の対面に座っていたらしい。
もちろん学校なので制服姿。本好きの彼女は、たいてい図書室に出没する。友達がいないわけではないのだろうが、一人で本を読んでいるのが、性に合っているのだとか。
文学少女、という雰囲気ではないけれども。
「どうしたもこうしたもない。なんもかんも、うまくいかねーよ」
「ほうほう。ボクでよければ、グチくらい聞くよ~」
「それがさー」
お言葉に甘えて、最近俺が落ち込んでいる理由を(エロマンガ先生の正体や、山田エルフ先生が隣に越してきたことなどは伏せて)部分的に話してやった。
「へー、エロマンガ先生を賭けて、山田エルフ先生と、勝負することになったんだ。……で、やる気が空回りしてボツばっかり産み出している、と」
「端的に言えばそうなる」
「あは、男を賭けて男同士が争うとか、BL小説みたい」
「茶化すな」
「ごめんごめん。でもさー、よくわからないんだけど」
「ん?」
「その勝負って、具体的になにがどーなったら決着つくの?」
「そりゃあ……」
俺は少し考えて、
「二人とも新作が完成したら、エロマンガ先生に読んでもらって……」
「どうやって?」
えっ?
「いま、エロマンガ先生と連絡がつけられるのは、キミの担当編集さんだけなんでしょ? 山田先生のメールには返事こないらしいし」
「そう……だな」
「だったら、山田先生が新作を書いても、読んでもらう方法ってなくない?」
「確かに……言われてみれば」
エルフは、神楽坂さんを通じて原稿を送ることはできないわけで。
紗霧が、自分から向こうの編集部なりエルフなりに連絡を取ろうと思わない限り、勝負の段取りなどつけられない。一方的に原稿を送りつける形になってしまう。
「いやあ、その場のノリで勝負することになったけど、そんなの全然考えてなかったわ」
二人ともばかだねーと、智恵は笑って言った。
「まぁ、山田先生としては、新作を書きつつ、エロマンガ先生からの連絡を待つ──って感じなのかな?」
普通ならそうだろう。というか、それしかない。
だが……果たしてあいつが、普通の考え方をするのかどうか。
「エロマンガ先生の正体を暴いてやろうと思うのよね!」
もちろんエルフは普通じゃなかった。
「いきなりなにを言い出すんだ、おまえは……」
いみじくも智恵と『勝負について』の会話を交わした当日の放課後である。
和泉家の門前で、いつものロリータ服を着たエルフが、腕組みをして待ち構えていたのだった。
開口一番、出てきたのが、いまの台詞だ。俺としては、『なにを言い出すんだ』の前に、『なにしてんのおまえ』とツッコミたいくらいである。
……待ってたのか? 俺を? いつから?
ついこの間、勝負するって決別したばかりなのに?
俺の脳内が、疑問符で埋め尽くされる。
「だって、あんたもあいつの連絡先しらないんでしょ?」
この情報は、神楽坂さんあたりから聞いたのだろう。
「まぁな」
「だったら、そうするしかないじゃない! このまま手をこまねいて、メールを送るだけ──なんて、わたしには耐えられないわ!」
こいつ、我慢とかできないタイプっぽいもんな。
「それを俺に言うために、ここで待ってたのか?」
「そうよ。いちおう勝負の相手に、報告しておいてあげようと思ってね」
よくわからんことをするやつだな。律儀というか、なんというか。
だが、今回に限っては助かった。なにしろこの女は、紗霧の正体を暴こうというのだから。教えてもらえていなかったら、なんの対処もできなかった。