第三章 ⑦

 エルフはこちらを、意味ありげにチラ見して、


「これから、そのための作業をするところなのよ。このわたし、だいさつやまエルフのごとでね」

「ほぉ、そうなのか。そりゃすごい」


 じゃあ、なんとしてもじやしてやらなくちゃな。さて……そのためには……。

 エルフはさらに、チラッ、チラッ、とこちらを見て、


「ふぅ~ん、きようがありそうね?」

「おう。おおいにあるな」

「そ、そう? そんなに興味ある?」

「ああ、ある。おまえみたいな売れっ子作家の仕事場を、ぜひとも見てみたい。色々勉強になるかもだしな」


 これは、エルフの仕事場に入るためのこうじつなのだが、別にウソを言ったわけじゃない。


「ふ、ふーん。いい心がけね!」


 エルフはうれしそうにうでを組んだ。


「いいわ、特別よ? わたしの仕事場を、あんたに見せてあげる!」


 なんともちょろい女だった。


「わかった。ありがたく見せてもらうぜ」

「そうと決まったら! さ! ついてきなさい!」


 クリスタルパレスに入るや、おれはエルフのあとに続いて階段を上っていった。


「んー、ふんふんふーん♪」


 俺をせんどうするエルフは、足取りも軽く、みようにうきうきしている。

 あやしいな。なにか、俺をおとしいれるわなでもあるんじゃなかろうか。

 クリスタルパレスの二階は、かがみうつしのようなりをしていた。さいちがうが、和泉いずみでいう『かずの』の位置に、エルフのごとがある。

 金色ノブのもくせいとびらに『Office MOON SIDE』と書かれたプレートがってあった。

 エルフはもったいぶったぐさで扉を開けて、俺を見る。


「ふふっ……ようこそ、まれびとよ。ここがしやの入口よ」

「お、おう」


 どうにもこのノリについて行けない。


「我が社ってことは、おまえ、ほうじんしてんの?」

「当然でしょう? アニメ化作家なんだから。ぜいきんたいさくに法人化するなんて、アニメ化作家ならみんなやっていることよ」

「へー、そうなんだ。なんか、めんどくせーんだな」

「めんどうだけれどかたないのよ。アニメ化作家だから。ちようしゆうにゆう多いし。アニメ化作家だからね。ま、あんたていねんしゆうなら、あんこくどう弥生やよいかいけい〟を使えばそれでことりるでしょう」

あおいろしんこくかた、弥生会計さんをじやあくっぽく言うんじゃねえ。あと俺の年収を計算すんのやめろ」


 これだからどうぎようしやは……。


「ちなみにこれがわたしのめいよ」

「そりゃどうも。ありがたくちようだいいたしますよ」


 エルフは名刺を、ったらしく指にはさんで渡してきた。

 しろみどりで文字が書かれている。まずは『Office MOON SIDE』と会社名があり、その下にかたきとペンネーム──『Greater Novelist Elf Yamada』……だと?


「なにコレ?」


 がおで聞いてしまった。一方、エルフはきょとんとしている。


「なにが?」

小説家ノベリスト、はわかる……作家の名刺にゃ、よく書かれているからな。でも、グレーターってなによ? もしかして……もしかすると……だいしようせつって意味?」

「もちろんそうよ?」


 ば、バカな……自分の名刺に『大小説家』って書いちゃうやつがいるだと……?

 あまりの事実にせんりつきんない。

 エルフはむねかたえたカッコいいポーズで語る。


「わたし、しようせつにも、ランク付けのかたきがひつようだと思うのよね。だいなるわたしと雑魚ざこ作家とで、同じ肩書きをっているなんて、おかしいでしょう?」


 おれ、こいつのファンやめようかな。


「ちなみに……どういうじゆんで肩書きがランクアップすんの?」

るいけいはつこうすうよ。百万部とつで選ばれしそんざいである『大小説家グレーター・ノベリスト』となり、各作家ゆうとくしゆのうりよくかくとくすることができるの。一千万部をえるとかくゆうごうほうあやつる『偉大なる小説家アーク・ノベリスト』に〝進化ランクアツプ〟するわ。いちおくを超えるとぎようかいべる『小説王ノベリスト・ロード』に──このかいいたると人類にほぼてきはいなくなるわね。そして五億部を超えると、ついに……われてんてきぜいしよ〟さえこくふくした存在であるきゆうきよくかんぜんたい超小説家スーパーノヴエリスト』へと〝最終進化〟するッ!」


 なに言ってんのかわかんねーよ。かんべんしてくれ。

 俺は、苦しみながらもこう言うことしかできなかった。


「……わりと細かくせつていめているんだな」

「フ、なにせアニメ化作家ですからね」


 どうどうとしたものである。さすがは『大小説家グレーター・ノベリスト』……。


「あんたのめいは?」

「ねえよ」


 そんな会話をしながら、エルフのごとへと入っていく。

 のすみにはぎようようのプリンターにシュレッダー。洒落しやれたデザインの白いつくえん中にデンとあり、その上にはノートパソコンがっている。すぐわきには、アーロンチェアが、魔王のぎよくのごとくちんしていた。部屋のはいしよくあわみどりおもで、かすかにうめかおりがする。

 こいつらしい、えらそうな仕事かんきようだと思ったよ。

 エルフは、ベランダを指差した。


「ベランダからのながめもてきなのよ! どうさんの受け売りだけれどね!」

「……じゃあ、見せてもらうか」


 どうせ俺んちとたいねえだろ、となりなんだから。

 あいにく道路とあらかわくらいしか見えねーよ。

 とは思うものの、俺にだって、ほんしんを口にしないくらいのづかいはできる。

 俺はまどを開けてベランダに出てみた。


「……お」


 クリスタルパレスのベランダからまず見えたのは、ぎりの部屋だった。

 ……紗霧のヤツ、カーテンめ忘れてやがる。

 めずらしいこともあるもんだ──引きこもりという呼び名のとおり、ぎりまどとカーテンをつねめ切っているはずなのに。

 ……閉め忘れる、ねぇ。……そもそも『閉め忘れる』ためには、いったんカーテンを開けなくちゃいけないわけで……。どうにも不自然な気がするな。

 紗霧に、カーテンを開けるような理由があるとは思えない。

 あののカーテンを開けて見えるものなんて、それこそ──クリスタルパレスくらいしかないってのに。

 考えても結論が出ないので、おれはひとまずこのなぞたなげにしておくことにした。

 あらためて、紗霧の部屋にしきを向ける。

 ヘッドセットをつけて、ペンタブで絵をいている紗霧の姿すがたが見えた。

 ……楽しそうにしちゃってまぁ。

 また例のどうはいしんでもやっているのだろう。

 初めて見たよ。あいつのあんな、はしゃいだ顔。

 一人で部屋にいるとき、紗霧はあんなふうごしているのだ。


「…………ふっ」


 俺の口からは、自然とやさしいみがれた。

 エルフが「どう、クリスタルパレスからのながめは? てきだったでしょう?」とうてくる。

 こいつのさがしているエロマンガ先生が、まさか目と鼻の先で絵を描いてるなんて、思いもしてねぇだろうな……。俺は「そうだな」とほんしんで返して、ベランダをあとにする。

 改めてエルフのごとを見回した。かなり広い……が。


「なんか、ダンボールばっかだな」

したばかりだと言ったでしょう。なかはほぼフィギュアやらのグッズよ。それと、ほんね」

「グッズ? 見本誌? ……こんなに?」


 うちにはそんなの、手で持てるくらいしか送られてきたことねーぞ。


「フッ、アニメ化さつともなれば、当然のことよ」

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影