第三章 ⑧

 とくげにくちびるをゆがめるエルフ。

 こいつ、今日だけで『アニメ』って何回言ったかな。


「ふふん、しようじき、こんなにたくさんいらないんだけどねえ──キャラクターグッズが売れちゃって売れちゃって、どんどん新しいのが出るし、しようせつじゆうはんするたびに見本誌が送られてくるのよ。あーこまったわ、てるわけにもいかないし……。やれやれ、アニメ化作家ならではのなやみよね~♪」


 すさまじいいきおいでまんばなしをしてきやがる。エルフはこの前そうしていたゆみかかげて、


「もしよかったら、きなのを持って行ってちようだい。このエルヴン・ボウなんかおすすめよ」

「マジで!? じゃあしんかんくれよ、サイン入りで!」


 これはうれしい。テンション上がる。

 この前買ったサイン本の続きが気になっていたのだ。


「あら? あんたってわたしの下僕フアン?」

「ファンというひびきにみようなニュアンスがふくまれていた気がするが、まあ、そうだ」

「早く言ってちようだいよ、そういうことは」


 エルフはそれはもう嬉しそうな顔になった。パンパンとれ馴れしく背中をたたいてくる。

 気持ちはわかる。サイン会のときのおれも、こんな感じだったし。


ってなさい、いま、ぜんちよさくのサイン本をあげるから」


 おしりふりふり、ダンボールをごそごそし始めるエルフ。

 ほんとにものすごさつすうほんが入ってるな……。ずかしい話を明かしてしまうと、このバカみたいなうりあげへのしつのせいで、俺はエルフのしんかんを発売日に買えないのだった。

 細かい説明ははぶくが、しよどううりあげ、つまり『新刊が発売直後に売れた冊数』というのは、俺たちにとってもの凄く大きな意味を持つ。それこそ、ぼうしゆうかんまんのアンケートと同じくらいに。

 だから、ライバルの本を発売直後に買うことに、ていこうがあったりするのだった。

 もちろんダッセー考えで、こんなのは俺だけだと思うんだけどさ。


「はいっ! どーぞ!」


 エルフがじやにサイン本を差し出してくる。ファンの前だと、いつものえらそうなたいはなりをひそめ、としそうおうの子供みたいだ。……ほんと、自分がずかしくなってくるな。


「サンキュー」


 ……おお、俺、けっこうかんげきしてるかも。

あこがれのさつせんせいと、やろうと思えば会えてしまう』というのは、このごとのいいところかもしれない。うらやましいと思うやつも多いだろう。

 いざ会ってみたら、思ってたのとちがっていて、げんめつしてしまうこともありるので、きな作家と会うのはおすすめしないが。

 俺は、もらったサインをのぞき込む。


「サインうめーなおまえ」

「フフフ、アニメ化決まってから練習したのよー。これからサイン会がいっぱいあるからね!」

「アニメはじまったらがりするよなぁー、友達に売る用のサイン書いてもらっていい?」

けんってんの!」


 好きな作家の仕事場に入って、サインをもらって、くちげんまでして──

 幸せなシチュエーションだった。いまさらそれに気付いてしまった。

 ……待て待て俺よ……よろこんでる場合じゃないぜ?

 ここになにしに来たと思ってんだ。やま先生のサインもらうためじゃねーぞ。


「と、ところで……さっきの話だけど」

「ん?」

「ほら、エロマンガ先生のしようたいさぐる──とかなんとか」

「ああ、あれね」

たいてきにどうやって探るつもりなんだ? 実のところ、おれもエロマンガ先生の正体は気になるからさ。教えてくれよ」


 もちろんウソだが、エルフはあっさりと信じた。

 彼女はパカンとノーパソのフタを開ける。


「ネットを使うわ」


「インターネットを使っているユーザーは、WEB上にさまざまなこんせきを残しているわ。けいばんの書き込みであったり、ブログの記事であったり、アップロードしたイラストであったり……まあ色々ね。そういったかすかな痕跡から、ときにじんじようほうとくていすることができるのよ」


 エルフはノートパソコンでブラウザをどうし、エロマンガ先生のブログをひようさせた。


「エロマンガ先生って、ネット上で色々活動しているでしょう。──たぶん、個人特定できると思うのよね」


 しれっとおっかねぇこと言いやがる。


「……おまえ、エロマンガ先生を特定して、そのあとどうするつもりなんだ?」

ちよくせつ会って話をするわ。で、わたしのらしいげん稿こうを読んでもらって、その上でせつとくするの。わたしの作品のイラストをいてちようだいってね。ただして向こうからのれんらくつだけなんて、わたしにはえられないから」


 やり口が強引だが、そのせつきよくてき姿せいは、もしかしたら俺に欠けているものなのかもしれん。


「すでにブログのせいは終わっているわ」

「ほう。んで、わかったことは?」

「んー、いまのところ、たいしたものはないわね。きなまんとか、アニメとか、そういうのと──ブログにイラストはアップするのに、写真はまったくアップしない。天気のだいがいっさいない。オタクなのにイベントにはいかない。リアルの友達の話題もなし。ああ、家族が一人いるみたい。でも両親とは……どうきよしていない? どういうことかしら、これ。……エトセトラ、エトセトラ──引きこもりか、ほとんど外に出ない人かも。じゆうしよはたぶんこのあたり、わたしたちの家と同じないよ」

て! なにが『たいしたものはないわね』だよ! めっちゃ特定進んでるじゃねーか!」

「いまのは、かなりわたしのそうぞうじっているし、住所もほんみようもわからないのよ」


 それはそうかもしれないが……それでもじゆうぶんにおっかない。

 そのうち本当に特定されてしまいそうだ。


「で……次はどうする?」

「エロマンガ先生のツイッターを調べてみるわ」


 エロマンガ先生のツイートをえつらんし続けるエルフ。おれは彼女の後ろから、流石さすが兄弟の弟者みたいなたいせいでハラハラと見守っていた。やがて、エルフが、フーといきく。


「だめね。ろくなツイートしてないわ、こいつ」


 さいわいにもエロマンガ先生は、自分がはいしんしているどうや、ブログなどでいたイラストのしようかいくらいしかツイートしていなかった。


「そ、そうだな」


 俺はこっそりとむねをなで下ろした。ぎりしようたいを、よりにもよってエルフに知られてしまうのだけはけなければならない。しよううんぬんきにしてもだ。

 ちがいなく、ろくなことにならん。


「さ、さて、もうあきらめるか?」

「まさか。次は──そうね、エロマンガ先生が配信している動画を見てみましょうか。ちょうどいま、なま配信中みたいだし」

「……えっ」


 いかん。


「なに?」

「い、いや……動画を見るの、今日はやめておかないか?」

「なんで?」

「そ、それは……」


 ドキドキとしんぞうが鳴る。俺は、しきのうちにまどの向こうがわ──紗霧のを見ていた。

 そこにはぜんとして、じやに動画配信をする紗霧の姿すがたがある。

 しかも、なにしやべってるのかしらねーが、ペンタブをかまえたまま、ぴょんぴょんベッドの上で飛びねていやがる。まったくのうが感じられない。完全にアホなようえん

 なんだよあの可愛かわいい生き物、見ているだけで笑っちまうだろ。

 俺に見られていると知ったら、どんな顔をするかな……。

 ほおゆるみそうなこうけいだったが、いまだけはそれどころじゃない。


「ぐ……うう……」


 俺は自然とうなり声をらしていた。

 エロマンガ先生本人が、すぐそこで動画配信をしているというのに。

 いまここで、エルフといつしよに、妹の動画をちようする?

 どう考えてもマズい。はげしくマズい。と──俺もどうようしていたものだから、判断力がにぶっていたのだろう。すぐとなりにいるエルフに、こう聞かれてしまった。


「あんた、さっきからどこ見てるの?」

「はっ!」


 びくん! 激しくぜんしんふるわせて、


「ど、どこも!?」


 おれくるしい発言を、エルフは当然のようにスルーして、俺のせん辿たどっていった。

刊行シリーズ

エロマンガ先生(13) エロマンガフェスティバルの書影
エロマンガ先生(12) 山田エルフちゃん逆転勝利の巻の書影
エロマンガ先生(11) 妹たちのパジャマパーティの書影
エロマンガ先生(10) 千寿ムラマサと恋の文化祭の書影
エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活の書影
エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日の書影
エロマンガ先生(7) アニメで始まる同棲生活の書影
エロマンガ先生(6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由の書影
エロマンガ先生(5) 和泉紗霧の初登校の書影
エロマンガ先生(4) エロマンガ先生VSエロマンガ先生Gの書影
エロマンガ先生(3) 妹と妖精の島の書影
エロマンガ先生(2) 妹と世界で一番面白い小説の書影
エロマンガ先生 妹と開かずの間の書影