制服ピンポン ③
翌日、安達は「卓球やろっか」とまた誘ってきた。昨日より微妙に乗り気に見えて、なんだなんだと思いながら台とネットの用意をする。昨日の経験もあって少し早く準備が終わった。
「私からサーブしていい?」
「いいけど」
昨日と違うオレンジ色のピンポン球を構えて、「ふりゃ」と安達がサーブする。だけどその打ち方がちょっと凝っていた。球の下面を切るように鋭くラケットを振って、変な回転をかけてくる。わたしの目の前で弾んだピンポン球が安達側へと跳ねていく。
球の軌道よりも安達の大げさな動きに惑わされて、ピンポン球を打ち返せなかった。
「むむっ」
訝しむと、珍しく、満面に幼い表情を浮かべる安達が印象的だった。
「昨日ネットで調べてきた。ラケットなんかないからしゃもじで練習したんだけどね」
ラケットをくるくると回しながら、サーブのお披露目に成功して得意がる。安達がそこまで卓球を気に入ることの方が驚きだったけど、そっちには関心ないフリをして悔しがる。
「汚い、素人相手に変化球を使うなんて」
「向上心のないしまむらが悪い。よっと」
また安達が変なポーズからのサーブを放とうとする。でも今回は下を切りすぎたのか、自分の方向にピンポン球が飛んだ。壁に跳ね返る。安達がそれを拾い上げてから、額を掻く。ラケットの上でピンポン球を跳ねさせながら種明かしした。
「まだ十回に一回ぐらいしかまっすぐ前に飛ばないレベルでして」
「新しい技を覚えて弱くなるのか、きみは」
なんにもしなくても勝てるんじゃないの、わたし。あ、次も失敗して明後日に飛んだ。派手に跳ねたピンポン球は別の台や床にぶつかる。ネットを中央としてわたし側に飛んだので、失敗したのは安達だけどわたしが取りに行こうとする。と、それと同時に下の階から声がした。
どきりと心臓に針でも刺さったようだった。身体が急停止して、ピンポン球は遠くへ逃げていく。安達も似たような反応だった。女子の声が聞こえてくる。安達が卓球台を回ってこちらへやってきたので、一緒に下の様子を覗いた。壇上にでも上がって、二階を見上げればわたしたちと目があってしまう。心臓の針はもう溶けてなくなったけど、肌はぴりぴりとしていた。
どうやら、この時間は体育の授業があるらしい。同級生の女子がバレーの準備を始めていた。同級生だとすぐに分かったのは、友達の顔を見つけたからだ。日野と永藤がネットと支柱を運んでいる。以前は座って喋っていただけだから、誰かが体育館に入ってきてもそんなに驚くことはなかった。そのせいで、授業の時間割なんかほとんど学んでいない。
二人で口もとを押さえながら、こそこそとしゃがんで座りこむ。未だ床を小さく跳ねているピンポン球の音に誰か反応しないか、ドキドキした。
『やっばーい。ドキドキしてる』
安達が小声で、楽しそうに話しかけてくる。不謹慎なやつめ、と笑いながら肘で小突く。
『もし上来ちゃったらどうする?』
わたしが尋ねると、安達は口もとを隠したまま笑い、目を上へと向けた。
『窓開けてさ、飛び降りて逃げようか』
『えぇ、いやここ二階だよ。足折れない?』
安達の提案に難色を示す。この下になにがあるかも覗いたことがないから怖かった。いや、冗談の話になにをマジメになっているんだって感じだけど。安達は、『ふむ』と頷く。
『しまむらはカルシウムが不足していると』
『その解釈、すっげームカッ』
そうやって怒る時点でカルシウムが足りていないのだろうか。
背中を預けている壁越しに、同級生たちの雑談が感じられる。まだ先生も来ていないらしくて、お喋りを遮るものはない。日野と永藤はわたしがどこでサボっているか知らないから、同じ建物の中にいるなんて想像もしていないだろう。そう考えると、ちょっと愉快だった。
二人で隠れるように屈んでいると、悪いことをしている気になる。いや当然悪いことなんだけど、安達とその悪いことを共有するのは、適度に楽しい。相手が安達だからはまったのか、それとも単にいけないことをしている感覚に酔っているのか。
答えはすぐ出るけど、敢えてぼやかす。
オレンジのピンポン球はいつの間にか壁の端まで転がって、大人しくしていた。
『今日の昼ご飯は、偶には牛乳でも飲もうかな。飛び降りても足が折れないように』
本気ともつかない顔のまま、安達がそんな予定を立てた。
勿論、今日が安達の言う『次』であるわけはない。