制服ピンポン ④
その日の放課後、例によって安達はいつの間にか帰っていた。家に早く帰ると母親がうるさいとか以前に話していたから、町でもうろついて時間を潰しているのだと思う。
わたしは昨日と同じく午後から授業に出て、その後、日野、永藤と一緒に本屋へ寄っていた。家へ帰る道と正反対に行かないといけないから普段は本屋に付き合うことはないけど、今日は少し見たいものがあった。そんな本があるのか、コーナーを覗いたことないから知らないけど。
「あるもんだ」
スポーツコーナーの棚を眺めて、卓球講座の本を抜き取る。安達がネットならわたしは本だ。ひっくり返して裏面の値段を確認すると、思わず「たっかっ」と本音が飛び出た。
ネットがもてはやされるわけだ、と納得する。検索便利だし、やっすいし。
「なに見てんの?」
日野が並んでわたしの手元を覗こうとしてくる。本屋の入り口で別れたのに、わたしを見かけて近寄ってきたらしい。隠すのも面倒なので表紙を見せると、「しまむら、卓球部入るの?」と首を傾げられてしまった。うちの学校に卓球部などない。
日野は少し地味な見た目を貫く同級生。髪も染めたことがないし、万引きしたこともないし、他校の女子生徒の髪を引っ張ったこともないそうだ。後半二つはわたしも経験がない。
目が丸くて大きいし、愛嬌がある……というか、「ズバヒュン!」とラケットを振る仕草に効果音をつい口走るのは、単純というか。ノリがいいのでおだてるとバク宙ぐらいならその場で始める。あと趣味が釣りで同好の士が校内にいないとよく嘆いているが、それはまた別の話。
「で、なして卓球か? 『ピンポン』が金曜ロードショーでやってたかな?」
「いやなにかに影響されたわけじゃないから。ただ、なんとなく」
説明が難しくて、いや難しいわけじゃないけど言い渋って、一ページも読まないまま卓球講座を本棚に戻す。やっぱりわたしもネットに頼ろうか。安達に『お、私の真似』とか言われそうで、今からムッとなってしまう。ここまで憤った以上、言ってくれないとむしろ困る。
「おーい、私を置いてかないでくれー」
てっこてっこと棒読み気味に自分の存在を訴えるやつまで、こっちにやってきた。
その永藤は巨乳眼鏡。他に説明いるのって感じだけど、私服のときは左右から垂らした髪の先端が胸の上に乗っていることが多い。直毛の髪は手に取るとサラサラ流れて気持ちがいい。
胸の大きさと比例するように態度も大人びて落ち着いている。ただし、ちょっとバカだ。
「で、なんの話?」
「気にしない」と日野が永藤の胸をぺしんと叩く。「分かった気にしない」と言いながら、永藤が日野の頭を叩き返した。日野と永藤は中学から友達らしい。一方、わたしは高校に入ってから知り合ったわけで、友人といえども微妙に距離感が異なる。ただ、距離っていうのは一概に近ければいいってものでもない。近すぎれば反発して、すれ違うことだってある。
「自然なセクハラに対する言い訳を述べよ」
「永藤が気にしすぎだから、緊張をほぐしてやろうと」
日野はまったく悪びれない。悪びれるところを見たことがない。正義感あるなぁ。違うか。
「そうなの?」
聞いてみると永藤は少し照れたように目を伏せながらも、小さく頷く。
「大きいと、まぁ、男子の視線は集まるねぇ。気になるよ」
永藤が胸を隠すように腕を組む。勿論、まったく隠せていない。
「同じ教室の男子は永藤のおっぱいを想像の中で十回は揉んでいると思う」
「うわぁ……それは気持ち悪いなぁ、うん」
わたしが言うと永藤が引いた。本当はもっと生々しい想像なんだろうけど、こんなところで猥談なんかしたくないのでぼやかした。本棚に戻した卓球本を一瞥して、息を吐く。
「有名税みたいなもんだって」
そう言いながら、肩でも叩くような調子で日野が永藤の胸を叩いた。そして「おっと間違えびゃ」と言い切る前に永藤が頭をぶっ叩いたので、日野は舌を噛むことになった。
どっちも軽薄な音がした。そんな二人と仲間に見られないよう、そろそろと逃げた。