制服ピンポン ⑤
逃げはしたけど、本屋を出たときはまた三人一緒だった。本気で逃げてもなぁ。
「しまむらって、授業結構サボるけどなにしてんの?」
隣を歩く日野が買った雑誌の入った袋を抱えながら聞いてきた。永藤もこちらに目を向ける。マジメ組ではあるが、多少なりとも興味があるみたいだ。とはいえ、取り立てて説明することもない。授業で眠気と闘える友人二人を悪の道に引きずり込めるほど、わたしの居場所に魅力はない。
じゃあ、なんでそんなところにいるんだと思わなくもないけど。
「なにって、ダラダラ。寝たり、ぼーっとしたり、携帯弄ったり」
卓球したりは言わなかった。「自由だなぁ」と日野が言う。羨ましがっている様子はない。
「学校にそんなとこある? どこいても先生に見つかりそうだけど」
永藤は不思議そうだった。学校の無難な場所しか利用しない優等生には、隠れんぼに向いている場所が想像つかないのだろう。永藤たちはそのままでいるべきだと思う。
「あ、大体どこにいるか分かった」
「へ?」
日野がいきなり察してしまう。真偽のほどは分からないけど狼狽してしまう。
「今度探してみようか?」
それから永藤に楽しそうに提案する。「止めてくれ……」と苦笑い混じりに釘を刺しておいた。本当に見つけられたら、困るのだ。
あそこにわたし一人だったらよかったけど、今は安達の都合というものもある。
「そういえばこの前の日曜、釣り堀で変な子と出会ったんだぜぇー」
なぜか唐突に、そして自慢げな日野に呆れる。こいつのこういう自慢は一体何度目だろう。
「あんたって、いっつも変な人と会ってない?」
実際、日野がそう前置きして紹介するやつは本当に変なやつばかりなのだから驚かされる。そういう星のもとに生まれたのだろうか。そうなるとわたしも変なやつになってしまうが。
「変質者に会うよりマシね」
永藤がフォローするように言う。そりゃそうだけど。それでいいのか、日野。
「こないだ会ったのはさー、なんか宇宙服みたいなの着た子で……」
嬉々とした調子で話しているのだから、それでいいのだろう。なら結構けっこー。
日野の語る変な子の話を適当に聞きながら、学校側まで戻って、それからようやく本来の通学路を歩き出す。日野と永藤はバス通いなので、バス停までは一緒に向かう。わたしはその後、一人で家まで歩いて帰る。自転車は家に一台しかないうえ、母親が足代わりに使っているので、ほとんど乗ることがない。母親は元体育会系でスポーツジムにも通っているので、チャリンコをこぐのが異様に速い。町内の怪談のネタに使われるほどだった。
「あ、あれをみろっ」
ガソリンスタンドの前を通りすぎたあたりで、日野がいきなり前方を指差す。わたしたちの視線がそちらへ向いたことを確認した後、すぐに引っこめた。なんだと目を凝らすと、
「あ」
安達だった。
安達が行儀悪く、車道と歩道を分ける柵の上に座りこんでいた。上着も脱いでシャツも出しての、いつも通り着崩した格好だ。前髪の位置が気になるのか、手鏡を覗きこんで弄っていた。
後ろに倒れたら当然、車道に転がることになる。行儀よりそっちが心配だった。
側には安達のものらしき、ブルーフレームの自転車が停めてある。
安達が自転車通学しているのを、初めて知った。
安達もこちらに気づいた。その視線に「わひゃ」と日野が軽く怯える。日野と永藤は安達と話したこともないだろうし、わたしが友達であることも知らない。視線の意味を、メンチ切られていると解釈しても不思議じゃない。それを踏まえて、さて。
安達と体育館の外で会うのは、あまり考えたことがなかった。こういうときどうすればいいんだろう。安達もこっちを見てはいるけど、動こうとはしない。多分、安達も戸惑っている。
いつまでも戸惑って見つめ合っていてもおかしいので、ついと視線を外して。
結局、互いに知らぬ顔をしてしまう。
安達を意識しないようにして通りすぎる。安達もわたしに声をかけることはなかった。無視したと怒っていないだろうか。振り向くと目があって、ほとんど同時に逸らした。
「………………………………………」
なんだこの恥ずかしく、落ち着かない感じは。付き合っていることを周りに秘密にしているカップルじゃないんだから。しかしまぁニュアンスは似たようなものかもしれない。
「さっきの誰だった? 教室で見たよね、四月ぐらいに」
永藤が垂れる髪を耳にかけながら、わたしに聞く。おいおい、またか。
「あんた、あいつを見かける度に誰だったって聞いてるよ」
日野が指摘すると「そうかな」と永藤が頭を捻る。うぅむ、やっぱり微妙に頭使っていない。
「あいつは……安達。同級生」
「立派な不良だよね、教師公認」
わたしの簡素な説明を日野が補足する。公認されていないやつは不良じゃないだろう。
「へー不良。しまむらの仲間?」
「さぁねぇ」
永藤からすればわたしも不良だ。授業に偶に出てくる不良がわたしで、まったく出て来ないのが安達という差しかない。マジメな不良なんていないということだ。
しかし微妙に違いはある。安達はヤンキーだけど、わたしはぬぼーっとしている印象が拭えない。日向ぼっこして一日を過ごすイグアナみたいだ。ぼーっとサボっている感じ。
そのヤンキー安達はこんなところでなにをやっていたんだろう。
もう一度だけさりげなく振り向くと、安達はもう自転車で走り出していた。