第一章 ②

 こんなもんを拾ったところで、ほんの数秒の時間かせぎにしかならないってのに。

 だけど、結果から言えばそうでもなかった。俺はこのブツのおかげで、しばらく勉強どころじゃなくなるんだから。

 俺は、靴箱の裏から引っ張り出したそれを見たしゆんかん


「……なんだこりゃ?」


 と、とんきような声を上げてしまった。って、それがにあまりにも似つかわしくないしろものだったからだ。

 これは……えーと……これは……なんだ?

 ケースを指に挟んで、ためつすがめつしてみるが、正体が判然としない。

 DVDのケースだ。それは分かる。レンタルビデオ屋なんかではよく見かけるケースだし……というかDVDってちゃんと書いてあるしな。だがその中身がよく分からねえ。

 このとき俺の表情は、さぞやいぶかしげだったことだろうよ。

 そのパッケージの表面には、やたらと目がでかい女の子のイラストが、でんと描かれていた。

 小学校高学年くらいの、かわいらしい女の子だ。


「目と髪がピンクだな」


 冷静につぶやおれ。証拠品を検分するたんていまなし。

 イメージカラーなのか、パッケージ全体を見ても、白とピンクの配色が多い。

 まあそれはどうでもいい。問題は、


「なんつーカッコしてんだ、このガキ」


 この小さな女の子が、やたらとせんじようてきしように身を包んでいることだ。水着というか、包帯というか、ちゃんと服を着なさいと言ってあげたくなるような格好。その包帯のような衣服からはロケットブースター的な何かが発生しているらしく、女の子は、ほしくずの尾(☆←こういうの)をいて空を飛んでいた。

 でもって、バカでかいメカニカルなデザインのつえやりか?)を片手で軽々と構えている。

 りよほうせんもかくやというゴツイやつだ。明らかにせんとうよう。敵兵をぎ払い、あるいはたたつぶす、世にもおぞましい用途がイヤでも連想された。

 ぶっそうなものである。

 そして──

 パッケージ上部に、おそらくタイトルであろう文字が、丸っこいフォントで表記されていた。


「ほし──くず、うぃっち……める、る? 初回……限定版……? なんのこっちゃ?」


 いろいろともったいぶったが、つまりはアニメなのだろう。たぶん。俺はそういうのをサッパリ見なくなって久しいので、よくは分からないのだが。


「で……なんでこんなもんが、ここに?」


 俺が疑問符を頭に浮かべたときだ。『星くず☆うぃっちメルル』とやらを両手に構え、玄関にたたずんでいる俺の真正面で、ばんっと勢いよく扉が開いた。


「ただいま──って、どしたのきようすけ? 玄関でたいのように丸まっちゃって?」

「気にするなお袋。ちょっとした気分転換だ」


 危ねえ──!? 社会的に死ぬかと思ったわ!

 だが問題ない。扉が開いたしゆんかん、俺はその場に伏せてブツを隠していた。

 ふぅ……ぎりぎりのタイミングだったぜ。

 だれわざか知らねえが、俺をおとしいれるためのわなだったんじゃなかろうな。俺がこんなもんを持っているところをもくげきされた日には、家族かいでつるし上げられかねん。

 きりのゴミを見るようなせんが、いまから想像できる。

 買い物袋をぶら下げたお袋は、異様なポーズでいる俺を、あわれみの視線で見下ろした。


「……さっきおとなりの奥さんから聞いたんだけどね? 最近、学生専門の心理カウンセリングがっているそうなの」

「ま、待て……早まるな、俺は正気だ。ただ……そう、今日きようは、ちょっと勉強のしすぎでな?」

「ウソおっしゃい。あんたがそんなストレスめるほど勉強するわけないでしょ?」


 ひでえ言い草だな親のくせに。もっと自分の子供を信用しろよ。


「んなことねえって。おれせいせきが悪くないの、知ってるだろ?」

「だってそれは、ちゃんのおかげでしょう。ゆうしゆうおさなみに家庭教師してもらってて、何を自分のがらのようにってるの? あんた、自分一人ひとりじゃ勉強なんてやりっこないでしょうが」

「くっ……」


 まったくの図星なので、何も言い返せない。五分前まで漫画読んでたしな、俺。

 俺はしやくむしのようにゆかいずり、『星くず☆うぃっちメルル』を服の下に隠しつつ、その場からたいした。そんな俺に、背中からお袋の声がかかる。


「京介ー? おかあさんはそんなに気にしないけど、玄関でHな本広げるのはやめなさいねー?」


 すごく惜しい。俺の奇行からそこまでどうさつしたお袋はさすがといえよう。俺のを勝手に掃除して、ぞうのコレクションをすべてあばき出したという経歴はダテじゃあない。

 だがいま、俺が腹に隠しているコレは、ある意味それ以上に見付かってはならないしろものだ。

 慎重にお袋をやり過ごした俺は、ラガーマンがボールを堅固に抱きかかえているような体勢で、ばやく階段を駆け上った。部屋に飛び込み、扉を閉めて、ようやく一息。


「ふぅ……」


 ごそごそと腹からブツを取り出し、利き手でうやうやしくかかげる。左手の甲で冷や汗をぬぐう。

 ミッションコンプリート。このへんのぐさは実にれたものだ。理由はあえて言わないが、けんぜんな中高生男子しよくんならば、必ずや察してくれるものと信じている。


「…………持ってきちまった、な」


『星くず☆うぃっちメルル』とやらをすがめ見つつ、つぶやく。

 まぁ、あの状況では仕方なかったと思う。勉強をサボる口実捜しをしていた最中でもあったし、この〝ここに存在するわけがない代物〟に、強くきようかれているのも事実だ。

 俺は、本日のじゆけん勉強をやむを得ない事情により切り上げて、さっそくブツの検証を始めることにした。

 俺の部屋は六畳間。ベッドに机。参考書や漫画等を収納した本棚。そして、クローゼットなどがある。

 カーペットはみどりいろで、カーテンは青。かべにはお袋が町内会でもらってきた和風っぽいカレンダーがられているくらいで、ポスターなんかはいっさいない。

 そのほかにはミニコンポがあるくらいで、パソコンやらテレビやらゲームやらはない。

 どうだ、無個性だろう? なるべく『普通』に生きるというのが、俺の主義で、しようにも合っている。

 ちなみにエロ本を隠すのはもう半分あきらめているので、ダンボールに入れてベッドの下に収納してある。でもってお袋には『ベッドの下は掃除しないでください(←五体投地)』と、おねがいしておいた。……お袋様がその不可侵条約をきちんと守ってくださる保証はないし、毎日コレクションの更新状況をかくにんされていたとしても、おれには知るすべがないわけだが……

 そこはあえて考えない! を守るために!

 なるべくなんなチョイスをして、もしも見られたとしても家族かいにならないようぼうせんを張っておくくらいが、せいぜい俺が講じることのできる最大のぼうぎよさくである。

 ……つーか、マジな話、自分のがないやつは、どこに隠しているんだろうな?

 俺には開き直って堂々とフルオープンにしておくくらいしか、有効な策が思いつかないんだが。自分の部屋にかぎがかからない程度で悩んでいる俺は、わりとぜいたくものなのかもしれん。

 そんなふうに、深遠な思考を巡らせていたのは現実時間にして数秒。

 俺はベッドに腰掛け、足を組む。DVDケースを片手で持ち、「ふむ」とあごに手をやる。


「見れば見るほど、にはそぐわんパッケージだな……」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影