蛍光灯の光を浴びて、星くず☆うぃっちの笑顔がキラキラきらめく。これほどまでにゴツい破壊兵器を構えて笑顔を浮かべているのが、考えようによっては恐ろしい。
「ふーむ」
んでさ……コレ、誰の?
俺は我が高坂家に住まう人々の顔を、順番に頭に思い描く。……が、やはり、『星くず☆うぃっちメルル』とやらの所有者にふさわしい人物は一人もいなかった。
当然、我が家のリビングで、このアニメが放映されていた覚えもない。
(このとき俺は、パソコンでDVDが視聴できることを知らなかった)
つーと……どうなるんだ? これは? どうしてコレは、あそこにあったんだ?
俺が思索を継続しつつ、パカっとケースを開いたときだ。
「ブフッ……!?」
さらなる衝撃が俺を襲った。このアニメ絵パッケージを見たときより、ずっと強烈なやつだ。
結論から言えば、DVDケースの中には『星くず☆うぃっちメルル』のDVDは入っていなかった。代わりに違うDVDらしきものが収まっていた。
……よくあることだ。ミニコンポでCDを聞いたあとなんか、俺も一つ一つ『正しいケース』に収めるのが面倒で、シャッフルしちまうことがあるからな。
で、後でどのCDをどのケースに入れたのか分からなくなって、混乱したりする。
たぶんコレの持ち主も、そんなふうに横着して『星くず☆うぃっちメルル』のDVDケースの中に、違うDVDだかなんだかを入れてしまったのだろう。
ああ、ああ、分かるぜ。よくある話さ。
だが──だが……な……?
入っているDVDのタイトルがどうして『妹と恋しよっ♪』なんだ? よりにもよって『誰』に『何』をそそのかしてんだよおまえ。
しかもなんだこの『R18』という、あってはならない魅惑の表記は。
「…………落ち着け……!?」
俺は額に冷や汗をびっしりかいて、呼吸を乱した。
やばかったっ。マジでやばかったっ。何がやばかったかって、さっきお袋と遭遇したシーン。
コレ、中身見付かってたら自殺もんだろ、俺。まさかホントに俺を陥れる罠だったのか?
この手のものはよく分からんが、本能がぎんぎんに警笛を鳴らしている。なんだこのタイトルから発されているドス黒いオーラは……! 仮に魅惑の表記がなくともタイトルだけで分かるよ! どう考えてもコレ、俺がもっとも持っていてはならない代物だろうが……!
「京介──ちゃんと勉強やってるー?」
「ヒィィィィィィィィィィイィッ!?」
俺は断末魔の絶叫を上げながら布団をひっ被った。
チラリと扉の方をうかがうと、ノックもなしに扉を開け放ったお袋は、息子の狂態に啞然としていた。
「……ごめん、なんか、いけないタイミングだった……?」
「気にするなお袋。ちょっとした発声練習だ。──つうかノックしてくれ、頼むから」
「うんごめん。次からはそうするから」
明らかに作り笑いと分かる表情で言って、扉を閉めるお袋。
いかん……ブツを隠し切れたのはいいが、絶対妙な誤解をされただろ……くそう。
……なんか今日は散々だな、俺。……それというのもぜんぶ、こいつのせいだ。
布団をひっ被ったまま、謎のDVDケースを見つめる。
「ちくしょう……」
こうなったら、意地でもコイツの持ち主を見つけ出してやらねば気が済まん。
俺は八つ当たり気味の決意を燃やすのであった。
……しかし、余計に分からなくなってきやがったな。
この妙ちきりんなDVDの持ち主のことが、だ。『星くず☆うぃっちメルル』とやらのDVDケースの中に、『妹と恋しよっ♪』と題された怪しさ抜群のブツが入っていた事実。
俺の予想が当たっているのだとすれば、コレの持ち主は、『星くず☆うぃっちメルル』と『妹と恋しよっ♪』の両方を所有しているということになるよな。
そして我が家の靴箱の裏なんて場所に落ちていたことを鑑みるに、所有者は、我が家に住んでいる俺・妹・お袋・親父──以上四人の中にいる可能性が高いわけだ……。
もちろん家族以外の人間が、この家にまったく出入りしていないわけじゃないから、『部外者犯人説』を完全に否定するわけにもいかない。
だがなあ……誰がわざわざ俺ん家に『妹と恋しよっ♪』IN『星くず☆うぃっちメルル』を持ち込んで、靴箱の裏に落としていくっていうんだ? 状況がまったく想像できねえよ。
「むう……」
とにかくだ。『部外者犯人説』は現状、考えるだけ無駄な気がするので、ひとまず容疑者は家族内に絞って考えてみることにする。
俺・妹・お袋・親父……この中に『犯人』がいるとして。客観的に考えて、一番アヤシイのは、誰だ……? 『星くず☆うぃっちメルル』。そして『妹と恋しよっ♪(18禁)』といったアイテムを、家族の中で一番持っていそうなやつは……?
「俺だから困る」
いやいや、いや。もちろん俺じゃあないぜ。いまのはあくまで、家族の中で一番そういうのを持ってそうなヤツは誰か、という意味だ。自分で言ってて哀しくなってきたけども。
とにかくアレは俺のじゃない。だってアニメとか興味ねえし。そういう話をしているやつらはクラスにもいるが、俺とはあまり接点がない。
しかしそりゃ、家族の誰にしたって同じなんだよな……。
分かり切った結論に、俺は頭を抱えて悩んでしまった。
だって。まずお袋はないだろ? そんで親父は心底メカ音痴だから、DVDプレイヤーが使えるとは思えないし、あの堅物の極道ヅラが、アニメ観て喜んでいる光景なんざ考えたくもねえ。でもって妹は──一番最初に除外すべき人物だ。五年くらい前ならアニメとか観ていた気がするけど、最近は流行のドラマやら音楽番組くらいしか観てないんじゃねえかな。
子供向けのアニメDVDなんざ桐乃の趣味とはかけ離れている。
いくらなんでもアイツが『星くず☆うぃっちメルル』を、DVD買ってまで観ている光景なんてまったく想像できない。『妹と恋しよっ♪』に至っては、口に出すのもおぞましいといったところだろう。だって桐乃だぜ? イマドキの女子中学生。今日だって、合コンにでもでかけたに違いないってのに──。
「はぁ……参った。さっぱり分からん」
俺の推理は、完全に暗礁に乗り上げてしまった。やっぱり家族の中にゃ犯人はいないのかとも思うが、疑う範囲を部外者にまで拡大しちまうと、今度は容疑者が多すぎて埒が明かない。
だめだこりゃ。とりあえず俺に探偵の才能はねえようだ。
さーて、どうするよ俺。もう……面倒くせえし、やめておくか?
いや……やっぱ、どうしても気になる。ぜってー犯人を見付けてやる。
自分でも不思議なんだが、このとき俺は珍しく積極的になっていた。普段の俺なら、ここで追及を打ち切って、夕飯まで昼寝でもしていただろう。そして、もしもそうしていたなら、これまでと同じ平穏な生活が、これからも続いていたに違いない。
だが、そうはならなかった。俺が俺の意思で、この件について追及をやめないと決めたからだ。むろんこの時点では知るよしもなかったが、良くも悪くも俺は、このとき自分で自分の運命を確定させてしまったのだろう。
この件で、俺は、超特大の地雷を踏み付けることになる──。
我が家の夕食は午後七時ジャスト。親父が帰宅するのが、いつもこのくらいの時間だからだ。このときに食卓についていないと、問答無用で飯抜きにされる。
現在六時四十五分。頭をぼりぼりかきながら部屋を出た俺は、階段を下りていく。が、途中で足を止める。眼下、玄関のあたりに桐乃の姿を発見したからだ。
……ああ、帰ってきてたのか。