第一章 ④

 そういえば桐乃の門限は六時半だったか。その時刻が早いか遅いかはさておき、守ってはいるらしい。まあ見た目は高校生っぽくても、一応中学生だしな。

 ちなみに今日きようの桐乃は、白黒ストライプのTシャツに、黒い短パンとスカートを混ぜたようなしろもの穿いている。よく知らないが、セシ──なんとかというブランドのものらしい。こいつがファッションモデルだと言われたら、だれもが信じるだろう。

 ……かわいいじゃねえか。

 だがこの妹様には、あまりせつきよくてきに近付きたくない。

 あっちは俺のことが嫌いみたいだし、それならお互いそばに寄らないようにすればいいだけの話である。ぐだぐだ言っても兄妹やめられるわけじゃなし。

 それなりに折り合いつけてやってかないとな。

 ──とまあそういうわけで、桐乃が食卓に向かうのを階段途中で待っている俺。


「……ん?」


 しかしどうもようがおかしい。扉を開ければすぐリビングだってのに、桐乃はそっちにはいかず、玄関付近でぼーっと突っ立っている。

 ……なにやってんだ、あいつ?

 その場でジッとしているのもバカらしいので、俺は階段を下りていった。

 リビングへの扉の前に立ち、ノブに手をかける。


「…………」


 俺は、ふと首だけで振り返った。


「……なぁ。なにやってんの?」

「…………は?」


 すげえ目でにらまれた。

 ……くそ。こうなることが分かってて、どうして俺はこいつに話しかけるかな……。

 バカじゃねえの? 


「チッ、なんでもねえよ」


 舌打ちをして、俺はノブを強く回した。


 食卓に、夕食のカレーとしるが並んでいる。家族がそろって食事をるこのは、リビング・ダイニング・キッチンが一体型になっているため、仕切りがなくて広々としている。

 おれと妹が並んでに腰掛け、対面にはおやとお袋が座っている。

 テレビではニュースキャスターが、海外へのしゆつがどうのこうのと、最近注目されている時事を読み上げている。

 しゆくしゆくと味噌汁をすすっている親父。がりにはいつも着流し姿でいるので、圧迫感のある雰囲気も相まってごくどうのようにも見える。実はまったく逆で、けいさつに務めているのだが。

 一方そのとなりでは、お袋が、ぽりぽりふくじんづけんでいる。こちらはもう、見るからに専業主婦のおばさんという印象。きりとはまったく似ていない。

 妹は超無言。こいつは基本的に、家族にはあいそうなやつである。無言でメシを食っている姿を見ると、桐乃は間違いなく親父似だと思う。主にするどい眼光とかがな。

 ちなみに俺は、お袋と雰囲気がそっくりだとよく言われる。

 そんなの食卓は、ごく普通の一般家庭という感じで、たいへんよろしい。

 俺はもくもくとカレーを食いながら『作戦』を発動するかいを探っていた。

 もちろん例のDVDの持ち主を特定してやるための作戦である。

 ……といっても、そんなにたいそうなものじゃない。実にひねりのない、シンプルなものだ。

 ようするに、あのまま推理を続けてもらちが明かないので、容疑者の揃っている場で、をかけてみようと思ったのだ。そして、うってつけの場が目の前にある。

 ずず、とアサリの味噌汁を飲み干してから、俺はだれにともなく問うた。


「俺、メシったらコンビニいくけど。なんかいつしよに買ってくるものある?」

「あら、じゃあハーゲンダッツの新しいの買ってきてちょうだい。季節限定のやつね」

「ほいよ」


 なんでもないお袋との会話を挟んでから、俺はしれっと切り出す。


「そういやさ。俺の友達が、最近女の子向けのアニメにはまってるらしいんだけど。えーと、たしか、ほしくずなんとかっつーやつ」

「なぁに、突然?」


 俺のゆさぶりに、最初に反応してきたのも、お袋だった。まさか……。


「イヤ別に、おもしろいってすすめられたからさ。一回くらいてやってもいいかなって」

「やぁだー、そういうのって確かオタクっていうんでしょ? ほら、テレビとかでやってる……あんたはそういうふうになっちゃだめよー? ねぇおとうさん」


 お袋に話を振られた親父は、ほとんど表情を変えずにたんたんと答える。


「ああ。わざわざ自分からあくえいきようを受けに行くこともあるまい」


 ふぅん、やっぱそういうにんしきか。よく知らないもんを悪くいうもんじゃないけど、正直あんまりいい印象はねえよな、普通。俺なんかは、別に人がどんなしゆしてようといいじゃねえかって思うけど。だってカンケーねえし。

 とはいえ、ここで両親にはんろんしてもめんどうくせえだけなので、適当に「へーい」と言っておいた。こりゃ、お袋は完全にシロだな。言動によどみがねえもん。

 本音全開でしやべってるってことだ。んで、おやは最初から除外。使い方を知らないクセにDVDを持ってるわけがない。

 とすると……消去法で……残っているのは……?

 おれは、そっととなりに座っているきりを横目で見た。


「………………」


 桐乃はきつく唇をみしめていた。全身に固く力を込めているのか、手に持ったはしの先が、小刻みにふるえている。……ええ? お、おいおい……?


「……桐乃?」


 妹の異常に気付いたお袋が軽く呼びかけると、


「……ごちそうさまっ」


 ばん、といらたしげに立ち上がった桐乃は、スタスタと早足でを出て行く。

 バタンと強く扉を閉める。だんだんだんだんだん、と階段を駆け上がる音。

 残された俺たちはぜんとする。


「……どうしたのかしら……あの子?」

「さ、さぁ……な」


 きょとんとするお袋に、俺は適当に答えた。正直、俺にもよく分からなかったからだ。

 ……なにキレてんだ? あいつ……。いまのやり取りのどこに、桐乃が怒らなきゃならないポイントがあったってんだよ。もしもあいつが『犯人』で、俺のゆさぶりに気付いていたとしたなら、なおさらおかしい。

 普段ふだんのあいつだったなら、あんなにあからさまに動揺して、俺にシッポをつかませたりはしないはずだ。どうしたってんだ? ぜんぜん分からねえよ、桐乃。


「……はぁ……」


 だが……桐乃のあの態度は普通じゃない。……俺のゆさぶりに反応した……とも考えられる。

 もちろんこんなもんで犯人を特定できるとは思わないし、まだまだ家族の中ではあやしいというレベルではあるが……

 玄関で俺が拾った『星くず☆うぃっちメルル』とやらの持ち主は……

 妹……なの……か?


かあさん、あとで桐乃を呼んできなさい」


 親父の渋い声が、ずしりと食卓にひびいた。あーあ、怒られるぞ、あいつ。しーらね。


 DVDの持ち主は桐乃。そう仮定してみると……たしかにいろいろなことにつじつまが合う。

 落としたのは夕方、おれとぶつかったときだろう。あのときバッグに入っていた例のブツが、散らばった拍子にくつばこかべすきに入っちまった。

 で、きりは出かけた先でバッグを開き、ブツが入っていないことに気が付いた。

 それで夕飯の直前、玄関で探しものをしていたわけだ……。

 補足しておくと、ケースの中身を入れ間違えたという俺の想像が正しいのなら、桐乃が持っていくはずだったのは『妹と恋しよっ♪』ではなく『星くず☆うぃっちメルル』の方だろう。

 ………いやまあ、アレを持っていかなきゃならん用事というのが何なのか、すでに俺の想像のらちがいではある。合コンだとばかり思っていたんだが、合コンにアニメDVD持ってく女子中学生はいないだろうよ。友達に会いにいったのは間違いないと思うんだがな。


「…………うーむ」


 まったく分からん。そもそもいまだに『桐乃と子供向けアニメ』という組み合わせが信じられない。なんかの間違いじゃないのか? だって桐乃だぜ? ……有り得ないだろ。

『桐乃犯人説』を立ち上げてみたはいいが、このときの俺の心情としては、半信半疑以下。

 ……まあ、とりあえず、ちょっと引っかけてみっかな。


「ごっそさん」

刊行シリーズ

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(17) 加奈子ifの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(16) 黒猫if 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(15) 黒猫if 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(14) あやせif 下の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(13) あやせif 上の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(12)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(10)の書影
アニメ『俺の妹』がこんなに丸裸なわけがないの書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(9)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(7)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(6)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(4)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)の書影
俺の妹がこんなに可愛いわけがないの書影