ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕

序章 Intro 真夏の街── ②

 雪菜の動きが一瞬でも遅れていたら、確実に命を落としていた。真剣による本気のざんげきだ。

 二体の大柄なよろいしやが、やみの中から溶け出すようにして現れる。

 こつを握った、顔のない武士。そして左右に弓を構えた、四本うでの武士。

 彼らの存在は実体ではない。じゆじゆつによって生み出されたしきがみだ。おそらくは御簾の向こうにいる三人のだれかのわざなのだろう。しかしそれを理解する前に、雪菜は反撃に転じていた。


ゆらぎよ!」


 口の中で短いじゆごんを唱えててのひらじゆりよくを集中。それを式神の鎧越しに、内部へと直接たたきこむ。

 鎧武者の姿は一瞬でさんした。あとには握っていた太刀だけが残された。

 式神を生み出すしよくばいとして使われていたその太刀を、雪菜は空中でつかみ取った。二体目の鎧武者の攻撃を、奪った太刀で防御し、受け流す。そして矢を放ち終えた直後の相手を、よこぎに払った太刀で両断した。二体目の鎧武者もしようめつする。


「これは……なんのですか?」


 軽く息をはずませながら、雪菜は太刀を御簾のほうへと向けた。

 これ以上、式神の相手をする気はなかった。戦闘が長引けば、力量の劣る雪菜に勝ち目はない。たとえ相手がおうかんの長老たちといえども、彼らがたわむれを続けるつもりなら、術者を直接討たねばならない。そう判断したのだ。

 まるでそれを待ちかねていたかのように、御簾の向こうから、まばらな拍手がひびいた。


「ふはははは。よい判断であるな、ひめらぎ雪菜。よくしのいだ」


 満足げに笑う男の、低く野太い声が聞こえてくる。

 続けて、年齢も性別もよくわからない声で、


じゆぼくぜいを不得手とするも、れい、剣術においては抜きん出た才を持ついつざい……報告書のとおり、典型的なけんなぎじゃな。まずは合格と言っておこうかの」

「合格……?」


 御簾の向こうから聞こえてくる長老たちの声に、雪菜はムッとまゆをひそめた。


「そう。あなたがけんなぎの資格を得るためには、本来ならあと四カ月間のぎようを修めてもらわなければなりません。ですが、事情が変わりました──座りなさい、ひめらぎゆき


 最初の女の声が言った。彼女の言葉に渋々と従って、雪菜は正座に戻った。ためいきをついて、太刀を置く。


「さあ、本題に入りましょう」

「はい」

「良い返事です。まずは、これを」


 その言葉とともに、すきからなにかが現れた。それは一羽のちようだった。

 音もなく羽ばたいて雪菜の前に着地すると、蝶は一枚の写真へと変わる。

 写っていたのは、高校の制服を着た一人の男子生徒。友人たちと談笑している姿を、だれかがかくりしたものらしい。無防備ですきだらけの表情だ。


「この写真は?」

あかつきじようというのが彼の名前です。知っていますか?」

「いえ」


 雪菜は正直に首を振る。実際、初めて目にする顔だった。その答えを最初から予想していたのだろう。女は、なんのかんがいもない口調でさらにいてくる。


「彼のことを、どう思いますか?」

「え?」


 突然の質問に、雪菜はまどう。


「写真だけでは正確なことはわかりませんが、おそらく武術に関しては完全な素人しろうとか、初心者の域だと思われます。特に危険なじゆぶつを身につけている様子もありませんし、さつえいしやの存在を察知している気配もありません」

「いえ、そういうことではなく、あなたが彼をどう思うかと訊いているのです。つまり、彼はあなたの好みですか?」

「は、はい? なにを……?」

「たとえば顔の良ししだとか、見た目の好き嫌いの話です。どうですか?」

「あの……わたしをからかってるんですか?」


 げんな口調で雪菜は訊き返す。長老たちの真意はわからないが、彼らの場違いな質問には悪意を感じる。ゆかに置いたに思わず手が伸びそうになる。

 雪菜のそんな反応に、御簾の向こう側の女はらくたんの息を吐き、


「では、だいよんしんという言葉に聞き覚えは、姫柊雪菜?」


 さらにとうとつな彼女の質問に、雪菜は小さく息をんだ。まともなこうならほとんどだれもが、その名前を聞くだけで、しばしちんもくすることになる。


焰光の夜伯カレイドブラツドのことですか? 十二のけんじゆうを従える、四番目の真祖だと──」

「そのとおり。一切のけつぞくどうほうを持たない、唯一孤高にして最強の吸血鬼です」


 冷静な女の声が拝殿にひびく。

 だいよんしん焰光の夜伯カレイドブラツド〟──

 ぞくかかわりを持つ者であれば、その名を知らないということはあり得ない。

 なぜならそれは、の肩書きだからだ。

 自らそう名乗っているわけではないが、少なくとも世間はそのように認識している。そして敵対しているはずの者たちでさえ、あえてそれを否定しようとはしない。第四真祖とはそのような存在だ。


「ですが、第四真祖は実在しないと聞いています。ただの都市伝説のたぐいだと」


 ゆきの言葉に、女が首を振る気配があった。

 真祖とは、やみの血族をべる帝王。もっとも古く、もっとも強大な魔力を備えた〝始まりの吸血鬼〟だ。彼らは、自らの同族である数千数万もの軍勢を従え、三つの大陸にそれぞれが、自治領である夜の帝国ドミニオンを築いている。


「たしかに、おおやけに存在が認められている真祖は三名だけです。欧州を支配する〝忘却の戦王ロストウオーロード〟、西アジアの盟主〝滅びの瞳フオーゲイザー〟、そして南北アメリカを統べる〝混沌の皇女ケイオスブライド〟──それに対して第四真祖は、自らの血族を持たず、ゆえに領地も持たない」

よう。だが、それだけでは第四真祖が存在しない、という証明にはならぬのである」


 女の言葉を引き継いで、男が荒っぽい口調で告げる。続けて、もう一人の長老の声も。


「おぬし、今年の春に、京都で起きたばくはつ事故のことを覚えておるかえ?」

「……え?」

「四年前のローマの列車事故、それに中国での都市消失事件も。マンハッタンの海底トンネル爆破事件もあったの。古いところではシドニーの大火災も」

「まさか……それらすべてが第四真祖のわざだと?」


 雪菜が表情を引きらせた。長老が何気なく口にしたのは、それぞれ大量の死傷者を出した凶悪な大規模テロ事件だった。いずれも犯人は不明だと報道されている。だが、それらが真祖がらみの事件なのだとしたら、その程度の被害で済んだのは、むしろ幸運だったとさえいえる。


「あらゆる状況証拠が、四番目の真祖の実在を示しています」


 青ざめる雪菜に、最初の女が告げる。


「彼らは歴史の転換点に必ず現れ、世界にぎやくさつだいかいをもたらしてきました。しかし問題はそれだけではありません。第四真祖の存在は、この世界の秩序と安定を乱します。その理由は、わかりますね?」

「はい」


 雪菜はぎこちなくうなずいた。

 吸血という種族特性と、高い教養知性を備えた彼ら吸血鬼は、常に人類に敵対する存在とは限らない。彼らの多くは人間社会に溶けこんで暮らすことを好み、人類という種族全体を敵に回すことをこれまで慎重に避けてきた。

 さらに各国政府と真祖たちの間には、無差別の吸血行為を禁止する条約が結ばれ、表向きは平和的な共存が実現しているようにも見える。だがそれは、三つの夜の帝国ドミニオンの力関係が、極めて微妙なバランスの上に成立しているからだ。


しんたちが聖域条約の締結に応じたのは、ここ数十年もの間、真祖同士が互いをけんせいし合う三すくみの状態が続いていたからです。彼らは常に自分たち以外の真祖の存在におびえ、人類を敵に回す余裕がなかったのです」

「はい」

「ですが、もし彼らと同等の力を持つ四番目の真祖が出現したら、そのきんこうあつなくくずれてしまうでしょう。最悪、人類を巻きこんだ大規模な戦争にもなりかねません」

だいよんしんの居場所は、わかっているのですか?」


 ゆききんちようしたこわく。なぜか、ひどくいやな予感がした。


「ええ。まだ確認はとれていませんが、ほぼ間違いないでしょう」

「彼は、どちらに?」


刊行シリーズ

ストライク・ザ・ブラッド APPEND5の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND4の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND3の書影
ストライク・ザ・ブラッド22 暁の凱旋の書影
ストライク・ザ・ブラッド21 十二眷獣と血の従者たちの書影
ストライク・ザ・ブラッド20 再会の吸血姫の書影
ストライク・ザ・ブラッド19 終わらない夜の宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND2 彩昂祭の昼と夜の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND1 人形師の遺産の書影
ストライク・ザ・ブラッド18 真説・ヴァルキュリアの王国の書影
ストライク・ザ・ブラッド17 折れた聖槍の書影
ストライク・ザ・ブラッド16 陽炎の聖騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド15 真祖大戦の書影
ストライク・ザ・ブラッド14 黄金の日々の書影
ストライク・ザ・ブラッド13 タルタロスの薔薇の書影
ストライク・ザ・ブラッド12 咎神の騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド11 逃亡の第四真祖の書影
ストライク・ザ・ブラッド10 冥き神王の花嫁の書影
ストライク・ザ・ブラッド9 黒の剣巫の書影
ストライク・ザ・ブラッド8 愚者と暴君の書影
ストライク・ザ・ブラッド7 焔光の夜伯の書影
ストライク・ザ・ブラッド6 錬金術師の帰還の書影
ストライク・ザ・ブラッド5 観測者たちの宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド4 蒼き魔女の迷宮の書影
ストライク・ザ・ブラッド3 天使炎上の書影
ストライク・ザ・ブラッド2 戦王の使者の書影
ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕の書影