「東京都絃神市──人工島の〝魔族特区〟です」
女の言葉に、雪菜はしばし絶句した。
「第四真祖が、日本に……!?」
「それが今日あなたをここに呼んだ理由です、姫柊雪菜。獅子王機関〝三聖〟の名において、あなたを第四真祖の監視役に命じます」
静かだが、有無を言わさぬ口調で女が告げる。
「わたしが……第四真祖の監視役を?」
「ええ。そして、もしあなたが監視対象を危険な存在だと判断した場合、全力を持ってこれを抹殺してください」
「抹殺……!?」
雪菜は動揺して言葉を失った。
第四真祖に対する恐怖はある。それほどの大任が、自分に務まるだろうかという不安もだ。
これまでの修行に手を抜いたことはないが、しょせん雪菜は見習いの身。本気で第四真祖を倒せると思うほど自惚れてはいない。なにしろ真祖とは、一国の軍隊に匹敵する戦闘力を持つといわれる正真正銘の怪物なのだから。
だが、誰かがそれをやらなければ、いずれ大勢の人々が災厄に見舞われることになるのだ。
「受け取りなさい、姫柊雪菜」
巻き上げた御簾の隙間から、女がなにかを差し出した。篝火に照らされ、闇の中に浮かび上がるものは、一振りの銀の槍。雪菜はその名前を知っていた。
「これは……」
「七式突撃降魔機槍〝シュネーヴァルツァー〟です。銘は〝雪霞狼〟」
知っていますね、という女の問いかけに、雪菜は頼りなくうなずいた。
七式突撃降魔機槍は、特殊能力を持つ魔族に対抗するために、獅子王機関が開発した武器だった。高度な金属精錬技術で造られたその穂先は、最新鋭の戦闘機にも似た流麗なシルエットを持ち、まさしく機槍の呼び名に相応しい。
だが、武器の核として古代の宝槍を使用しているため量産がきかず、世界に三本しか存在しないともいわれていた。いずれにせよ個人レベルで扱える中では間違いなく最強と言い切れる、獅子王機関の秘奥兵器である。
「これを……わたしに?」
差し出された槍を受け取りながら、雪菜は信じられないという表情で訊いた。
しかし女は、むしろ重苦しげに息を吐く。
「真祖が相手ならば、もっと強力な装備を与えて送り出したいところですが、現状ではこれが我々に用意できる最強の武神具なのです。受け取ってくれますね」
「はい、それはもちろん……ですが」
そう言って雪菜は、困惑の表情を浮かべた。
御簾の隙間から差し出されたものは、槍だけではなかった。ビニールに包まれた新品の制服がひと揃い、綺麗に折り畳んで手渡される。白と水色を基調にした、セーラー襟のブラウスとプリーツスカート。どうやら中学校の女子の夏服らしい。
「あの、これは?」
「制服です。あなたの身長に合わせたものを用意してもらいました」
「その……ですから、なぜ制服を?」
「あなたの監視対象が、その制服の学校の生徒だからです」
「は?」
自分がなにを言われたのかわからず、雪菜は軽く混乱する。
「え? 監視対象……第四真祖が、学生? え?」
「私立彩海学園高等部一年B組、出席番号一番。それが第四真祖、暁古城の現在の身分です。ですから獅子王機関には、彼と穏便に接触できる人材がいないのです。ただ一人、姫柊雪菜、あなたを除いては」
「暁古城……この写真の人物が第四真祖……? ええっ!?」
床の上に投げ出してあった写真を見下ろし、雪菜は目を丸くした。
御簾ごしに、〝三聖〟の苦笑する気配が洩れてくる。そのときになって、ようやく雪菜は理解した。なぜこのような重大な任務に、雪菜のような未熟な剣巫が選ばれたのか。
「あらためて命じます、姫柊雪菜。あなたはこれより全力をもって彼に接近し、彼の行動を監視するように。彩海学園への転校手続きは、すでに済ませておきました──以上です」
一方的にそれだけを言い残して、御簾の向こう側から長老たちの気配が消えた。
拝殿にたった一人で取り残された雪菜は、呼吸することも忘れたまま、ただ呆然と手の中の槍を凝視し続けていた。
第四真祖。転校。接触。監視。抹殺。もしかして自分は、とんでもない災厄に巻きこまれてしまったのではないか。そう思って雪菜は、我知らず小さな溜息を洩らす。
占いの類を不得手とする彼女が、やがて、その直感が正しかったことを知るのは、もう少し先の話である──