ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕

序章 Intro 真夏の街── ③

「東京都いとがみ市──人工島ギガフロートの〝ぞく特区〟です」


 女の言葉に、雪菜はしばし絶句した。


「第四真祖が、日本に……!?」

「それが今日あなたをここに呼んだ理由です、ひめらぎゆきおうかんさんせい〟の名において、あなたを第四真祖の監視役に命じます」


 静かだが、を言わさぬ口調で女が告げる。


「わたしが……第四真祖の監視役を?」

「ええ。そして、もしあなたが監視対象を危険な存在だと判断した場合、全力を持ってこれをまつさつしてください」

「抹殺……!?」


 雪菜は動揺して言葉を失った。

 第四真祖に対する恐怖はある。それほどの大任が、自分に務まるだろうかという不安もだ。

 これまでの修行に手を抜いたことはないが、しょせん雪菜は見習いの身。本気で第四真祖を倒せると思うほどうぬれてはいない。なにしろ真祖とは、一国の軍隊に匹敵するせんとうりよくを持つといわれるしようしんしようめいの怪物なのだから。

 だが、誰かがそれをやらなければ、いずれ大勢の人々がさいやくに見舞われることになるのだ。


「受け取りなさい、姫柊雪菜」


 巻き上げたすきから、女がなにかを差し出した。かがりに照らされ、やみの中に浮かび上がるものは、一振りの銀のやり。雪菜はその名前を知っていた。


「これは……」

「七式突撃降魔機槍〝シュネーヴァルツァー〟です。めいは〝雪霞狼せつかろう〟」


 知っていますね、という女の問いかけに、ゆきは頼りなくうなずいた。

 七式突撃降魔機槍シユネーヴアルツアーは、特殊能力を持つぞくに対抗するために、おうかんが開発した武器だった。高度な金属せいれん技術で造られたそのさきは、最新鋭のせんとうにも似たりゆうれいなシルエットを持ち、まさしくそうの呼び名に相応ふさわしい。

 だが、武器のコアとして古代の宝槍を使用しているため量産がきかず、世界に三本しか存在しないともいわれていた。いずれにせよ個人レベルで扱える中では間違いなく最強と言い切れる、獅子王機関のおう兵器である。


「これを……わたしに?」


 差し出された槍を受け取りながら、雪菜は信じられないという表情でいた。

 しかし女は、むしろ重苦しげに息を吐く。


しんが相手ならば、もっと強力な装備を与えて送り出したいところですが、現状ではこれが我々に用意できる最強のしんなのです。受け取ってくれますね」

「はい、それはもちろん……ですが」


 そう言って雪菜は、困惑の表情を浮かべた。

 すきから差し出されたものは、槍だけではなかった。ビニールに包まれた新品の制服がひとそろい、れいに折りたたんで手渡される。白と水色を基調にした、セーラーえりのブラウスとプリーツスカート。どうやら中学校の女子の夏服らしい。


「あの、これは?」

「制服です。あなたの身長に合わせたものを用意してもらいました」

「その……ですから、なぜ制服を?」

「あなたの監視対象が、その制服の学校の生徒だからです」

「は?」


 自分がなにを言われたのかわからず、雪菜は軽く混乱する。


「え? 監視対象……だいよんしんが、学生? え?」

「私立さいかい学園高等部一年B組、出席番号一番。それが第四真祖、あかつきじようの現在の身分です。ですから獅子王機関われわれには、彼とおん便びんに接触できる人材がいないのです。ただ一人、ひめらぎ雪菜、あなたを除いては」

「暁古城……この写真の人物が第四真祖……? ええっ!?」


 ゆかの上に投げ出してあった写真を見下ろし、雪菜は目を丸くした。

 御簾ごしに、〝さんせい〟の苦笑する気配がれてくる。そのときになって、ようやく雪菜は理解した。なぜこのような重大な任務に、雪菜のような未熟なけんなぎが選ばれたのか。


「あらためて命じます、姫柊雪菜。あなたはこれよりさいかい学園への転校手続きは、すでに済ませておきました──以上です」


 一方的にそれだけを言い残して、の向こう側から長老たちの気配が消えた。

 拝殿にたった一人で取り残されたゆきは、呼吸することも忘れたまま、ただぼうぜんと手の中のやりぎようし続けていた。

 だいよんしん。転校。接触。監視。まつさつ。もしかして自分は、とんでもないさいやくに巻きこまれてしまったのではないか。そう思って雪菜は、我知らず小さなためいきらす。


 占いのたぐいを不得手とする彼女が、やがて、その直感が正しかったことを知るのは、もう少し先の話である──





刊行シリーズ

ストライク・ザ・ブラッド APPEND5の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND4の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND3の書影
ストライク・ザ・ブラッド22 暁の凱旋の書影
ストライク・ザ・ブラッド21 十二眷獣と血の従者たちの書影
ストライク・ザ・ブラッド20 再会の吸血姫の書影
ストライク・ザ・ブラッド19 終わらない夜の宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND2 彩昂祭の昼と夜の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND1 人形師の遺産の書影
ストライク・ザ・ブラッド18 真説・ヴァルキュリアの王国の書影
ストライク・ザ・ブラッド17 折れた聖槍の書影
ストライク・ザ・ブラッド16 陽炎の聖騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド15 真祖大戦の書影
ストライク・ザ・ブラッド14 黄金の日々の書影
ストライク・ザ・ブラッド13 タルタロスの薔薇の書影
ストライク・ザ・ブラッド12 咎神の騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド11 逃亡の第四真祖の書影
ストライク・ザ・ブラッド10 冥き神王の花嫁の書影
ストライク・ザ・ブラッド9 黒の剣巫の書影
ストライク・ザ・ブラッド8 愚者と暴君の書影
ストライク・ザ・ブラッド7 焔光の夜伯の書影
ストライク・ザ・ブラッド6 錬金術師の帰還の書影
ストライク・ザ・ブラッド5 観測者たちの宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド4 蒼き魔女の迷宮の書影
ストライク・ザ・ブラッド3 天使炎上の書影
ストライク・ザ・ブラッド2 戦王の使者の書影
ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕の書影