ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕

第一章 魔族特区 Demon Sanctuary ③

 だが、の悪いことに、ギターケース少女のほうでも同じことを考えていたらしい。

 古城が外に出ようとしたしゆんかん、意を決したような表情で店に入ってきた彼女と、入り口でばったりはちわせる。

 古城たちはしばらくの間、互いに無言で見つめ合う。どうにか先に反応したのは、ギターケース少女のほうだった。


「だ……だいよんしん!」


 彼女はうわった声でそう叫ぶと、重心を落として身構えた。

 間近で見てもれいな少女だったが、そのぶんじようらくたんは大きかった。

 彼女が古城を尾行していた理由は、今のひと言でよくわかった。この中学生は、だいよんしんと呼ばれる吸血鬼を探していたわけだ。真祖の命をねらぞくや賞金稼ぎというわけでもなさそうだが、なんにしても面倒な相手には違いなかった。第四真祖という名前で古城を呼ぶ連中に、ろくな人間がいたためしはない。

 どうしたもんかな、と古城はいつしゆんだけもつこうし、


「オゥ、ミディスピアーチェ! アウグーリ!」


 そしてとうとつに大げさなアクションでりよううでを広げた。

 うろ覚えの外国語で叫ぶ古城を、ギターケース少女はぼうぜんと見上げる。


「は?」

「ワタシ、通りすがりのイタリア人です。日本語、よくわかりません。アリヴェデルチ! グラッチェ!」


 早口でそうわめき散らして、古城はその場から逃げようとした。硬直している少女の横をすり抜け、店を出る。と、その直後、


「な……!? 待ってください、あかつき古城!」


 ハッと我に返った少女が、はっきりと古城の名前を呼んだ。

 古城はうんざりと顔をしかめて振り返る。世界最強の吸血鬼、などという非常識な肩書きを古城が受け継いだのは、ほんの三カ月ばかり前のこと。ひた隠しにしている努力が実って、その事実を知る者は多くない。

 少なくとも現在、このいとがみ市で、あかつき古城が第四真祖であることを知っているのは、古城本人以外には一人しかいないはずだった。


だれだ、おまえ?」


 古城が警戒心もあらわに少女をにらむ。

 少女は、そうなひとみで古城を見返し、少し大人びた硬い声で答えた。


「わたしはおうかんけんなぎです。獅子王機関さんせいめいにより、第四真祖であるあなたの監視のために派遣されて来ました」


 は、と古城は、気の抜けた顔で少女の言葉を聞いた。彼女がなにを言っているのかさっぱりわからない。獅子王機関。剣巫。三聖。初めて聞く言葉ばかりだった。

 ただやつかいごとの予感だけはひしひしと伝わってくる。

 どう対応するべきか激しく迷い、結局、古城はなにも聞かなかったことにしようと思う。


「あー……わりィ。人違いだわ。ほかを当たってくれ」

「え? 人違い? え、え……?」


 少女がこんわくしたように視線を彷徨さまよわせた。人違いという古城のまかせを、本気で信じてしまったらしい。案外、素直な性格なのかもしれない。

 そのすきに立ち去ろうと背中を向けたじようを、少女があわてて呼び止める。


「ま、待ってください! 本当は人違いなんかじゃないですよね!?」

「いや、監視とか、そういうのはホント間に合ってるから。じゃあ、おれは急いでるんで」


 古城はぞんざいに手を振って、その場から急ぎ足ではなれていく。

 ギターケースを背負った少女は、混乱したような表情のまま、その場にぼうぜんと立ち尽くしていた。人違いだと言い張ったのが功を奏したのか、どうやら尾行をあきらめてくれたらしい。とはいえ、彼女の正体もなぞのままだし、根本的な解決にはなったわけではない。が、追試の前日に面倒事に巻きこまれるよりは、いくらかマシだった。

 ショッピングモールの出口まで辿たどり着いたところで、古城は、少女がついてこないことを、もう一度確認しておこうと振り返る。そして、そこで目にした光景にぎょっと目をいた。

 さっきのギターケース少女の行く手をさえぎるようにして、見知らぬ男の二人組が立っていた。年齢は二十歳前後だろうか。に染めた長髪に、あまり似合っていないホスト風の黒スーツ。わかりやすくけいはくそうな男たちである。


「──ねえねえ、そこの彼女。どうしたの? 逆ナン失敗?」

「退屈してるんなら、俺たちと遊ぼうぜ。俺ら、給料出たばっかで金持ってるから──」


 風に乗ってれ途切れに、男たちの声が聞こえてくる。古城と離れたギターケース少女のことを、ナンパしようとしているらしい。

 少女は冷ややかな態度で男たちを追い払おうとしたが、そのせいか、少々険悪なふんになっていた。男の一人が荒っぽい声でり、少女がとげとげしい表情で言い返すのが見える。


「……いいとしこいて、中学生に手ェ出してんじゃねえよ……オッサンたち」


 古城の顔にあせりの色が浮く。ほっとくべきかとも思ったが、あの少女は、だいよんしんの存在を知って、古城のことをけ回していたのだ。万が一、さわぎが大きくなって警察にでもなったときに、古城にとばっちりが来ないとも限らない。

 そして古城が焦る理由は、もうひとつある。男たちが手首にめている、金属製のうでの存在だ。生体センサやりよく感知装置、発信器などを内蔵した魔族登録証。それを持っている彼らは普通の人間ではない。魔族特区の特別登録市民。すなわちじんがい魔族フリークスだ。

 腕輪をつけた登録魔族が、人間に危害を加えることはあまりない。そんなことをすれば、たちまち特区警備隊アイランド・ガードこうかんたちが大挙して押し寄せてくることになる。だから、今すぐに少女の身が危険ということではない。

 問題は、第四真祖の正体が、彼女の口かられる可能性があることだ。

 そうになればあかつき古城の名前は、たちまち魔族たちの間に知れ渡るだろう。そして当然、彼らの中から、古城を仲間に引きこもうとする者や、研究対象にしようとする者、あるいは殺して名を上げようとする者が出てくるに違いない。いずれにしても、古城のへいおんな暮らしは、終わりを告げることになるだろう。そうなる前に、なんとかこの場を丸く収める必要がある。

 じようは深々と嘆息し、ギターケース少女のほうに駆け戻ろうとした。

 彼女の制服のスカートが、ふわりとめくれ上がったのは、その直後だった。

 お高くとまってんじゃねえ、というような意味の暴言を吐いて、男たちのどちらかが少女のスカートをめくったのだ。そこに出現したパステルカラーのチェックの布きれを視界に収めて、古城は思わず硬直する。そして、


わかいかずちっ──!」


 少女がりゆうさかててじゆもんを叫び、次のしゆんかん、彼女のスカートに手をかけていた男の身体からだが、トラックにねられたような勢いで吹っ飛んだ。


3


 おそらくはしようていだったのだと思う。

 だが実際になにが起きたのか、古城にも正確に理解できたわけではない。わかっているのは、小柄な少女が突き出したうでが、男を一撃で吹き飛ばしたということだけだった。

 りよくの流れは感じなかった。せいれいたちが動いた気配もない。可能性があるとすれば、気功やせんじゆつたぐいだろう。いずれにしても、あの少女が相当な使い手であるのは間違いなかった。

 もしかしたらあの少女は、見た目よりも長く生きているのかもしれない、と想像して、いや、それはないな、と古城はすぐに思い直す。あんな可愛かわいらしいパンツをはいた長命種は、たぶんいない──いないはず。

 吹き飛ばされた男は、どうやらじゆうじんしゆらしかった。いわゆるおおかみおとこや、その仲間である。それほど強力な個体ではなさそうだが、それでも彼らの筋力や打たれ強さは、人間の比ではない。それがきやしやな少女の一撃をらって、壁にたたきつけられたきり動けないでいる。


「このガキ、こうか──!?」


 あつにとられていたナンパ男の片割れが、ようやく我に返ってった。

 攻魔師とは、魔術師やれいのうりよくしやなどの、魔族に対抗する技術スキルを身につけた人間の総称である。


刊行シリーズ

ストライク・ザ・ブラッド APPEND5の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND4の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND3の書影
ストライク・ザ・ブラッド22 暁の凱旋の書影
ストライク・ザ・ブラッド21 十二眷獣と血の従者たちの書影
ストライク・ザ・ブラッド20 再会の吸血姫の書影
ストライク・ザ・ブラッド19 終わらない夜の宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND2 彩昂祭の昼と夜の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND1 人形師の遺産の書影
ストライク・ザ・ブラッド18 真説・ヴァルキュリアの王国の書影
ストライク・ザ・ブラッド17 折れた聖槍の書影
ストライク・ザ・ブラッド16 陽炎の聖騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド15 真祖大戦の書影
ストライク・ザ・ブラッド14 黄金の日々の書影
ストライク・ザ・ブラッド13 タルタロスの薔薇の書影
ストライク・ザ・ブラッド12 咎神の騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド11 逃亡の第四真祖の書影
ストライク・ザ・ブラッド10 冥き神王の花嫁の書影
ストライク・ザ・ブラッド9 黒の剣巫の書影
ストライク・ザ・ブラッド8 愚者と暴君の書影
ストライク・ザ・ブラッド7 焔光の夜伯の書影
ストライク・ザ・ブラッド6 錬金術師の帰還の書影
ストライク・ザ・ブラッド5 観測者たちの宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド4 蒼き魔女の迷宮の書影
ストライク・ザ・ブラッド3 天使炎上の書影
ストライク・ザ・ブラッド2 戦王の使者の書影
ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕の書影