ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕

第一章 魔族特区 Demon Sanctuary ④

 軍人や警察の特殊部隊員、民間の警備会社の社員、あるいはそれ以外の組織に雇われている者──彼らの身分は様々で、使用する技術体系もせんばんべつだ。だが、いずれにしても、彼らが魔族にとっての天敵であるのは間違いない。魔族を狩ることだけをなりわいにしている、殺し屋のような攻魔師だって少なくはないのだ。

 もちろん魔族特区であるこのいとがみ市では、彼ら攻魔師の活動も厳重に制限されている。少なくとも道端で女の子に声をかけた程度で、いきなり攻撃されることなどあり得ない。

 だが、あまりにも突然の出来事で、男も動揺していたのだろう。

 恐怖と怒りに表情をゆがませ、魔族としての本性をあらわにする。しんひとみ。そしてきば


「D種──!」


 少女が表情を険しくしてうめいた。D種とは、様々な血族に分かれた吸血鬼の中でも、特に欧州に多く見られる〝忘却の戦王ロストウオーロード〟をしんとする者たちを指す。人々が一般的にイメージする吸血鬼にもっとも近い血族である。

 どうする、とじようこんわくする。

 普通に考えれば、吸血鬼におそわれている少女を助けるべきなのだろう。が、どうやら彼女も、ただの中学生というわけではないらしい。

 そもそも彼女は、古城のことをけ回していたのだ。最悪、彼女は古城の敵。こうとして古城をねらっていた、という可能性もゼロではない。

 だがしかし、このまま彼女を放っておくわけにもいかない。

 相手は、ただの魔族ではない。吸血鬼だ。彼女がどれほどすぐれた攻魔師でも、たった一人でまともにやりあって、吸血鬼に勝てるとは思えない。

 いくら日没前とはいえ、吸血鬼には常人をはるかに超える身体能力と、魔力への耐性。そしてすさまじい再生能力がある。そして、彼らにはもうひとつ、魔族の王と呼ばれるに相応ふさわしい圧倒的な切り札があるのだ。


「──シヤクテイ! その女をやっちまえ!」


 吸血鬼の男が絶叫し、その直後、男の左脚からなにかがき出した。

 それは鮮血に似ていたが、血ではなかった。かげろうのように揺らめく、どす黒い炎だ。

 その黒い炎は、やがていびつな馬のような形をとって現れた。

 かんだかいななきが大気をふるわせ、炎を浴びたアスファルトが焼けげる。


「こんなまちなかけんじゆうを使うなんて──!」


 少女が怒りの表情で叫んだ。

 男が左手にめたうでが、攻撃的な魔力を感知して、けたたましい警告を発している。ショッピングモールに、来場者の避難を促すサイレンが鳴りひびく。

 眷獣。そう、男がび出した怪物は、眷獣と呼ばれる使い魔だった。

 吸血鬼は自らの血の中に、けんぞくたるけものを従える。

 その眷獣の存在こそが、攻魔師たちが吸血鬼を恐れる理由である。

 吸血鬼は、たしかに強大な力を持った魔族だ。

 だが怪力もびんしようさも、生来の特殊能力でも、吸血鬼をしのぐ魔族はいくらでも存在する。にもかかわらず、なぜ吸血鬼だけが魔族の王として恐れられているのか──

 その答えが眷獣なのだった。

 眷獣の姿や能力は様々だ。だが、もっとも力の弱い眷獣でさえ、最新鋭の戦車や攻撃ヘリのせんとうりよくりようする。〝旧き世代〟の使う眷獣ともなれば、小さな村を丸ごと消し飛ばすような芸当も可能だといわれている。

 若い世代であるナンパ男のけんじゆうには、当然そこまでの能力はない。だが、このしやくねつようがそこらを走り回るだけで、このショッピングモールがかいめつするくらいの被害は出るだろう。

 そんな危険なしようかんじゆうが、たった一人の少女に向かって放たれたのだ。

 宿やどぬしである男自身、実験場以外の場所で、なまの人間に向かって眷獣を使ったことはないのだろう。彼の表情は恐怖に引きり、逆流したりよくに酔っているようにも見えた。

 制御を解き放たれた眷獣は、半ば暴走状態になって、周囲の街路樹をぎ払い、街灯の鉄柱をゆうかいさせている。それはまさに意志を持つ破壊的なエネルギーのかたまりだった。それが近くをかすめただけでも、人間の身体からだなどいつしゆんずみに変わるだろう。

 にもかかわらず、少女の顔に恐怖の色は浮かんでいなかった。


せつろう──!」


 背負ったままのギターケースから、少女がなにかを抜き放つ。

 それは楽器などではなく、冷たくかがやく銀色のやりだった。

 槍のつかが一瞬でスライドして長く伸び、同時に、格納されていたしゆじんさきから突き出した。まるでせんとうへんよくのように、穂先の左右にも副刃が広がる。洗練された近代兵器のような外観である。

 だが、それが原始的なとつ武器であるのは間違いない。ばくはつ的な炎をき散らす眷獣相手に、対抗できるとは思えない。それどころか、少女の小柄な体格では、まともに振り回せるかどうかも怪しいものだ。しかし少女はめたひとみで、迫り来る眷獣を冷ややかににらんでいる。

 フッ、と彼女のくちびるから静かなれる。

 二メートル近くにも伸びた美しい槍を、少女は軽々と操って、暴れ狂う炎の妖馬へと突き立てた。しかし妖馬の突進は止まらない。

 吸血鬼の眷獣とは、意志を持って実体化するほどのちようこうのうりよくの塊。すなわち魔力そのものである。一度放たれた眷獣を止めるには、より強大な魔力をぶつける以外にない。

 少女の攻撃はいうなれば、あふれ出した溶岩に槍一本で立ち向かうようなものだった。

 それを理解しているからこそ、ナンパ男は笑った。勝利を確信しての笑みではない。単なるあんの笑みだった。彼はただ恐れていただけなのだ。突然、自分の仲間をたいの知れない攻撃で吹き飛ばしたこうの少女を──

 だが、そんな男の安堵の笑みは、一瞬で恐怖に塗り替えられる。


「な……!?」


 銀の槍につらぬかれた姿で、彼の眷獣が止まっていた。

 少女が無言で槍をいつせんする。切り裂かれた妖馬の巨体が揺らめき、あとかたもなく消滅する。

 それはロウソクの炎を吹き消すようなあつなさだった。眷獣の姿は完全に消えている。残ったのは焼けげたアスファルトだけだ。


「う……うそだろ!? おれの眷獣を一撃で消し飛ばしただと!?」


 使いを失ったナンパ男が、おびえたように後ずさる。しかし少女の表情は険しいままだ。

 怒りのこもったひとみで男をにらみつけ、やりを構えて、硬直して動けない男へと突進する。そして銀色の槍が、男の心臓をつらぬこうとしたそのとき──


「ちょっと待ったァ!」


 その槍の先端が、突然、ね上げられて軌道を変えた。


「えっ!?」


 冷ややかにたけり狂っていた少女の目が、おどろいたように見開かれた。

 そこに立っていたのはじようだった。

 見るに見かねて飛びこんできた古城が、ギリギリで槍を殴り飛ばして、少女の攻撃を止めたのだ。こうと吸血鬼のケンカになんか割りこみたくはなかったが、さすがに命のやり取りを見過ごすことはできなかった。そこの吸血鬼の男だって、ナンパに失敗したくらいで中学生に突き殺されたくはないだろう。


あかつき古城!? せつろうで止めるなんて……っ!」


 攻魔師の少女が、がくぜんとした表情で後方に跳んだ。突然現れた古城を警戒するようにきよを取り、近くにめてあったワゴン車の屋根に着地する。


「おい、あんた。仲間を連れて逃げろ」


 古城はせわしない口調で、背後に立ち尽くしているナンパ男にった。


「これにりたら中学生をナンパするのはもうやめろよ。不用意にけんじゆうを使うのもな!」

「あ、ああ……す、すまん……恩に着るぜ」


 男は青ざめた顔でうなずくと、気絶した仲間の身体からだかついで去っていく。少女はそんな彼らの後ろ姿を、攻撃的な目つきでにらみつけていた。古城はやれやれと息を吐く。


「おまえもさ……どういうつもりか知らないけど、やりすぎだって。もういいだろ」


 疲れたような古城の言葉を聞いて、少女はびくりと肩をふるわせた。油断なく槍を構えたまま、彼女はむっつりと古城を睨む。そして非難がましい口調で言った。


「どうしてじやをするんですか?」



刊行シリーズ

ストライク・ザ・ブラッド APPEND5の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND4の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND3の書影
ストライク・ザ・ブラッド22 暁の凱旋の書影
ストライク・ザ・ブラッド21 十二眷獣と血の従者たちの書影
ストライク・ザ・ブラッド20 再会の吸血姫の書影
ストライク・ザ・ブラッド19 終わらない夜の宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND2 彩昂祭の昼と夜の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND1 人形師の遺産の書影
ストライク・ザ・ブラッド18 真説・ヴァルキュリアの王国の書影
ストライク・ザ・ブラッド17 折れた聖槍の書影
ストライク・ザ・ブラッド16 陽炎の聖騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド15 真祖大戦の書影
ストライク・ザ・ブラッド14 黄金の日々の書影
ストライク・ザ・ブラッド13 タルタロスの薔薇の書影
ストライク・ザ・ブラッド12 咎神の騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド11 逃亡の第四真祖の書影
ストライク・ザ・ブラッド10 冥き神王の花嫁の書影
ストライク・ザ・ブラッド9 黒の剣巫の書影
ストライク・ザ・ブラッド8 愚者と暴君の書影
ストライク・ザ・ブラッド7 焔光の夜伯の書影
ストライク・ザ・ブラッド6 錬金術師の帰還の書影
ストライク・ザ・ブラッド5 観測者たちの宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド4 蒼き魔女の迷宮の書影
ストライク・ザ・ブラッド3 天使炎上の書影
ストライク・ザ・ブラッド2 戦王の使者の書影
ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕の書影