ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕

第一章 魔族特区 Demon Sanctuary ⑤

 古城はますますだるい表情になって、


「邪魔っていうか、目の前でけんしてるやつらがいたら、普通止めようと思うだろ。だいたいおまえ、なんでおれの名前を知ってんだよ?」

「……公共の場での魔族化、しかも市街地で眷獣を使うなんて明白な聖域条約違反です。彼は殺されても文句を言えなかったはずですが」

「それを言うなら、あいつらに先に手を出したのはおまえのほうだろ?」

「そんなことは──」


 冷静に反論しようとして、少女は途中でだまりこんだ。男たちと争いになったけいを思い出したらしい。ほらな、と古城は強気な表情で少女を睨み、


「おまえが何者なのか知らないけど、ちょっとパンツ見られたくらいで、そんなもの振り回して殺そうとするのはあんまりだろ。いくら相手がぞくだからって──」


 そこまで言ったところで、じようは自分の失言に気づいた。銀のやりを構えた少女が、さげすむような目つきで古城のことをにらんでいた。


「もしかして、見てたんですか?」

「あ、いやそれは……」


 古城は言い訳を探して口ごもる。少女の立場で考えてみれば、古城は、ナンパされて困っている彼女を見捨てておきながら、市街地で暴れた魔族は助けた身勝手な男子と思われているのだろう。そして実際そのとおりなので釈明しようがない。


「でもほら、そんな気にするようなことじゃないだろ。中学生の下着になんかおれも興味ないし、なかなか可愛かわいい柄だったし、見られて困るようなものでもないんじゃないかと……」

「…………」


 あたふたと言い訳する古城をながめて、少女が深くためいきをついた。しかし古城に向けたけいべつの目つきはそのままだ。そしてそのしゆんかん、まるでタイミングを見計らっていたかのように、とう特有の強風が、海沿いのショッピングモールを吹き抜けていった。

 ワゴン車の屋根に立っていた少女のスカートが、ふわりと無防備に舞い上がる。

 古城はそのままの姿勢で動きを止めた。無意識に視線が吸い寄せられて動かせない。

 息苦しいほどの静寂が訪れる。


「なんでまた見てるんですか」


 両手で槍を構えたままの姿勢で、少女がいた。

 完全に硬直していた古城は、その声でようやく我に返って、


「いや、待て。今のは俺は悪くないだろ。おまえがそんなところに立ってるから──」

「……もういいです」


 うろたえる古城を冷たく見下ろし、少女がめた声でそう言った。

 彼女が構えを解くと、展開していたやいばが格納され、槍は再びベースギターほどの大きさへと戻った。それを背中のケースへと戻し、少女は音もなく地上へと舞い降りる。


「あ、ちょっと……」


 無言で立ち去ろうとする彼女に、古城はなんとなく声をかけてしまい、


「いやらしい」


 少女は古城をいちべつしてそう言い捨てると、今度こそ古城に背中を向けて走り去っていった。


「…………」


 ぽつん、と一人残された古城は、パーカーのポケットに両手を突っこんだまま、近くの壁にもたれて息を吐く。

 一方的にひどいことを言われたような気がしたが、不思議とあの少女に腹を立てる気分にはなれなかった。それはたぶん立ち去る直前の彼女が、顔をにしていたせいだ。

 冷静ぶっていても、しょせん中学生コドモだよなあ、と思う。

 けんじゆうりよくを感知して、ここにもすぐに特区警備隊アイランド・ガードが来るだろう。島内の治安を維持するための、武装したこうかんたちである。身にやましいところがないとはいえ、こんなところに長居して巻きこまれたら面倒だ。

 疲れた、と嘆息して、再び帰路につこうとしたじようは、


「ん……?」


 ふと道路上に落ちていたなにかに気づいて、まゆをひそめた。

 それは、白地に赤いふちりのシンプルな財布だった。

 二つ折りで、中は小銭入れと札入れに分かれている。札入れには千円札数枚と、万札が一枚。古城にとってはうらやましい金額だが、目がくらむほどの大金というわけではない。

 カードホルダーに差しこまれていたのは、クレジットカードが一枚と学生証。

 学生証には、ぎこちなく笑う少女の顔写真と、ひめらぎゆき──という名前が刷りこまれていた。


4


 やがて日が沈み、夜が過ぎる。そして朝を迎える。

 かねが鳴り続けている。過去から聞こえてくるかのような遠い鐘のが。

 だいよんしんは夢を見ている。

 くずれたてんじようからのぞく月があかい。その月が照らす空も。古い城を取り巻く大地もまた、炎が紅く照らしている。その紅い空を背にしながら、小さな影が立っている。

 さかく炎のようなにじいろの髪と、えんこうひとみを持つ影が。

 おまえの勝ちだ、と影が告げる。そのくちびるから血にれた白いきばがのぞいている。

 約束を果たそう、と影が告げる。おまえの望みをかなえよう、と。

 次はおまえの番だ、と影が告げる。その瞳が濡れている。紅くかがやく瞳が涙に濡れている。

 それは幾度となく繰り返し見た悪夢。

 あかつき古城は夢を見ている。

 浅い眠りのまま、夜が過ぎる。そして朝が来る──



 耳元で鐘が鳴り続けていた。

 古式ゆかしい、アナログ式目覚まし時計のベルの音だ。

 暁古城はもんの息を吐き、その時計を手探りでだまらせる。

 そしてもぞもぞと寝返りを打ちながら、再び安らかな眠りに戻ろうとしたところで、


じよう君、起きなよ。朝だよ。目覚まし鳴ってたし今日も追試あるんでしょ。朝ご飯、作ってあるから早く食べちゃってよ。洗い物片づかないし。おとんも干すから早くどいて」


 早口でまくし立てられた挙げ句にシーツを奪われ、古城は、すすべもなく狭いベッドから転げ落ちた。しようてんの合わない目で見上げると、そこには見慣れた妹の姿がある。

 大きなひとみが印象的な、表情の豊かな少女である。

 い上げてピンで止めた長い髪は、一見ショートカット風にも見える。

 顔立ちや体つきはまだ少し幼い印象があるが、中学生の平均からは、そう大きく外れてもいないだろう。今朝の彼女は短パンにタンクトップというラフなかつこうで、その上にオレンジ色のエプロンをつけている。

 ゆかに落ちたまま動かない兄をながめて、なぎあきれたように腰に手を当てた。


「ほーらー、起きなよ。また寝不足? もしかして明け方まで試験勉強してたの? みなみや先生にあんまりめいわくかけちゃだめだよ。あと補習もサボらないでね。こないだみたいに職員室の掲示板に古城君の名前が貼り出されたりすると、凪沙が恥ずかしい思いをするんだからね。あ、もう、制服のズボンは脱いだらハンガーに掛けてっていつも言ってるのに」


 途切れることのない妹のおごとを聞きながら、古城はのろのろと立ち上がる。

 身内だからそう思うだけかもしれないが、凪沙は出来のいい妹だ。顔立ちもそれなりに可愛かわいらしく、成績もそこそこ。家事全般も器用にこなす。

 しかし、もちろん欠点もある。ひとつは病的なまでの清潔好きで、片づけであること。そしてもうひとつは、この口数だ。

 とにかくなぎはよくしやべる。だれに対してもそうするわけではないが、少なくとも心を許した家族に対してはようしやない。ましてやくちげんでは勝てる気がしない。

 唯一の救いは凪沙が裏表のない性格で、他人の悪口はめつに口にしないことだが、そのぶん怒らせたときは恐ろしい。中学時代、エロビデオを持って遊びに来たところをうっかり見つかってしまったが、怒り狂った凪沙のれつな言葉責めによって、しばらく女性恐怖症になっていたほどである。

 そんなことを思い出しながら、古城がぼんやりと窓の外を見ていると、


「──ねえ、古城君ってば、聞いてるの!?」


 凪沙に早口でられた。古城はあわてて姿勢を正す。


「ああ、悪い。なんだって?」

「もう……! だから、転校生だよ」


 話を聞いていなかった兄に腹を立てたのか、凪沙がくちびるとがらせる。


「……転校生?」

「うん。夏休み明けからうちのクラスに転校生が来るの。女の子。昨日、部活で学校に行ったときに先生に紹介してもらったんだあ。転校前の手続きに来てたんだって。すっごく可愛い子だったよ。そのうち絶対、高等部でもうわさになると思うなあ」

「ふうん……」


 じようない態度で聞き流す。いくら可愛かわいくとも、相手は中学生。おまけに妹のクラスメイトだ。完全に古城の興味の対象外である。だがしかし、


「でね、古城君。その転校生ちゃんに、なんかした?」

「は? なんだそりゃ?」



刊行シリーズ

ストライク・ザ・ブラッド APPEND5の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND4の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND3の書影
ストライク・ザ・ブラッド22 暁の凱旋の書影
ストライク・ザ・ブラッド21 十二眷獣と血の従者たちの書影
ストライク・ザ・ブラッド20 再会の吸血姫の書影
ストライク・ザ・ブラッド19 終わらない夜の宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND2 彩昂祭の昼と夜の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND1 人形師の遺産の書影
ストライク・ザ・ブラッド18 真説・ヴァルキュリアの王国の書影
ストライク・ザ・ブラッド17 折れた聖槍の書影
ストライク・ザ・ブラッド16 陽炎の聖騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド15 真祖大戦の書影
ストライク・ザ・ブラッド14 黄金の日々の書影
ストライク・ザ・ブラッド13 タルタロスの薔薇の書影
ストライク・ザ・ブラッド12 咎神の騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド11 逃亡の第四真祖の書影
ストライク・ザ・ブラッド10 冥き神王の花嫁の書影
ストライク・ザ・ブラッド9 黒の剣巫の書影
ストライク・ザ・ブラッド8 愚者と暴君の書影
ストライク・ザ・ブラッド7 焔光の夜伯の書影
ストライク・ザ・ブラッド6 錬金術師の帰還の書影
ストライク・ザ・ブラッド5 観測者たちの宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド4 蒼き魔女の迷宮の書影
ストライク・ザ・ブラッド3 天使炎上の書影
ストライク・ザ・ブラッド2 戦王の使者の書影
ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕の書影