ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕

第一章 魔族特区 Demon Sanctuary ⑥

 とうとつなぎの質問に、古城はわけがわからずき返す。

 転校前の転校生に、いったいなにができるというのか。しかし凪沙はどこかげんそうな、な表情で兄を見返し、


「だって訊かれたんだよ、その子に。あたしが自己紹介したら、お兄さんがいるかって。どんな人かって」

「……なんで?」

「あたしのほうが訊きたいよ。てっきり古城君と前にどこかで会ったことがあるんだと思ってたんだけど」

「いや、年下の知り合いはいないと思うが……」


 古城はうでを組んで考えこんだ。ばくぜんとなにかいやな予感がする。


「で、おまえはなんて答えたんだ?」

「いちおうちゃんと説明しておいたけど、あることないこと」

「なにぃ?」

「うそうそ、本当のことしか話してないよ。この島に来る前に住んでた街のこととか、学校の成績とか、好きな食べ物とか、好きなグラビアアイドルとか、あとはっちとかあさちゃんのこととか、あとは中等部のときの大失恋の話もしたかなあ……」


 よどみなく答える凪沙を睨んでにら、古城はいらいらと奥歯を鳴らす。


「おまえな……なんで初対面の相手に、そういうことをペラペラと話すわけ?」

「いや、だって可愛い子だったし?」


 凪沙は悪びれない口調で言った。予想された答えではあった。ただでさえいつもだれかとしやべりたくてうずうずしている凪沙に、秘密を守らせるのは至難のわざなのだ。そのくせ本当に言いたいことは、決して言葉にしようとしない難儀な性格でもあるのだが。


「女の子が古城君に興味を持つ機会なんて、めつにないからさ、少しでもお役に立てばと思ったんだよね」

「うそつけ……単におまえが話したかっただけだろ」


 古城は投げやりな態度で息を吐いた。寝不足で働きが鈍っていた頭の片隅に、そのときふと不吉な考えが浮かんでくる。間違っても知り合いと呼べるような関係ではないが、約一名だけ心当たりがある。古城のことを調べようとしていた可能性のある中学生に。


「ちょっと待て。その転校生はなんて名前だ?」

「うん、なんか変わった名字だったよ。えっと……そう、王女様みたいなヒラヒラした感じの」

「ヒラヒラ? もしかしてひめらぎのことか?」


 ますますふくれ上がる不吉な予感に、じようにがにがしくき返す。なぎが表情を明るくして、


「あ、そうそれ! 姫柊ゆきちゃん」

「……あいつが凪沙のクラスの転校生……だと!?」

「そうだよ。やっぱり古城君の知り合いだったの? ねえねえ、どこで知り合ったの? 凪沙にもちゃんと説明してよ、ねえ。古城君ってば!」


 凪沙がなにかを叫び続けていたが、古城は聞いていなかった。

 古城が考えていたのは、彼をさんざんけまわした挙げ句に、吸血鬼のけんじゆうを一撃でしようめつさせた、あのやり使つかいの少女のことだけだ。

 その彼女が、古城の妹と同じクラスに転入してきたのだという。いったいどうして? なんのために? 苦悩する古城の全身を、いやな汗がき出してらす。

 いつの間にか眠気は完全に消えていた。


5


 みなみやつきは、さいかい学園の英語教師だった。

 年齢は自称二十六歳だが、実際はそれよりもかなり若く見える。美人というよりも美少女、あるいは幼女という言葉が似合うほどだ。

 顔のりんかくも体つきもとにかく小柄で、まるで人形のようでもある。

 その一方、どこかの華族の血を引いているとかで、妙なげんとカリスマ性があったりもする。そのせいか教師としては有能で、生徒からの評判も悪くなかった。

 ひとつの問題を除いては、だが。


「あのー……暑くないんすか、那月ちゃん?」


 うだるような猛暑の中で、だらしなく制服をくずした古城がく。追試会場の教室にいる生徒は古城一人。もちろんエアコンなどという人道的な発明品を使わせてもらえるわけもない。

 真昼の太陽光線がそそぎ、窓から絶え間なく熱風が吹きこむ地獄のような環境で、古城は年下にしか見えない担任教師監督の下、『後期原始人の神話の型の研究』なる怪しい英文をほんやくさせられている。もはやこうなると追試というより、ちようばつごうもんという呼び名のほうが相応ふさわしい。


「教師をちゃん付けで呼ぶなと言ってるだろう」


 きようだんの中央。どこからか勝手に運んできたビロード張りの豪華なにもたれ、れたての熱い紅茶を飲みながら、那月が気取った声で答えてくる。

 彼女が着ているのはレースアップした黒のワンピース。えりもとそでぐちからはフリルがのぞいて、腰回りは編み上げのコルセットで飾り立てている。ゴスロリと呼ぶには少々上品だが、見た目の暑苦しさでは大差ない。しかし那月は、黒レースのせんゆうに自分をあおぎながら、


「この程度の暑さなど、夏のありあけに比べれば、どうということはない」

「いや……見てるこっちのほうが暑いんですけどね」


 よくわからんなあ、とじようほおづえをつく。

 これがカリスマ教師、みなみやつきの唯一最大の欠点だった。彼女のファッションセンスには、時と場所をわきまえるという要素が決定的に欠落しているのだ。この熱帯の人工島において、那月の暑苦しいドレスはそれだけで視覚への暴力である。似合ってないわけではないのだが。


「それでいったいなにを飲んでるんですか、自分だけ」

「うむ。セイロンのキャンディ茶葉をベースに、ハーブで軽くフレーバーをつけてみた。適量のブランデーが紅茶の味わいを引き立てているな」

「補習を受けてる生徒の前でアルコールのにおいを振りまくのもどうかと思うんですが……おれはもう帰ってもいいですかね?」

「酒でも飲まなきゃ夏休みに試験監督なんかやってられるか。採点するから少し待て」


 洋酒の匂いをただよわせながら、那月は、古城がどうにか書き終えた追試の解答用紙をつまみ上げた。鹿鹿しいくらい採点が速い。間違ったしよに赤ペンででかいバツ印をいくつか書き、


「ふん。まあ、いいだろう。残りの試験勉強も済ませておけよ」

「へーい」


 気の抜けた声でそう言うと、古城は机の上の荷物を片づけ始めた。那月はティーカップを傾けながら、それをだまってながめていたが、


「そうだ、あかつき。昨日、アイランド・ウエストのショッピングモールで、けんじゆうをぶっぱなしたバカな吸血鬼コウモリがいたらしい。おまえ、なにか知らないか?」

「え?」


 担任教師のとうとつな質問に、古城は思わず動きを止めた。

 西地区ウエストのショッピングモール。眷獣。吸血鬼。心当たりがありすぎた。しかし、そのことを那月に話すわけにはいかなかった。なにしろ昨日のさわぎには、ひめらぎゆきからんでいる。

 もしも彼女が、事件の参考人として事情聴取を受けたりしたら、古城としても困るのだ。なぜならだいよんしんなどという吸血鬼は、このいとがみ市には、存在しないことになっているからだ。つまり古城は未登録魔族なのである。特区警備隊アイランド・ガードあたりに正体をバラされたら、非常に面倒なことになる。

 古城は、びついた歯車のようなぎこちない動きで首を振った。那月は、ふん、と息を吐き、


「そうか。ならいい。私はてっきり、おまえの正体を知ってけ回していたこうが、そこらの吸血鬼とそうぐうしてめたんじゃないかと心配していたんだ」


 まるで見て来たような口振りでそんなことを言う。あまりにも正確なつきの推理に、じようは引きった笑みを浮かべ、


「は、ははっ……まさかそんな……」

「そうだな。まあいい。なにか気づいたことがあったら、私に知らせろ」


 そう言って那月は、意外にあっさりと引き下がった。古城があんの息を吐く。偉そうな口調のせいでわかりづらいが、古城を心配していたという彼女の言葉はたぶんうそではないのだろう。

 英語教師、みなみや那月のもうひとつの肩書きはこうだ。

 魔族特区内の教育機関には、生徒のため、一定の割合でこつこうかんの資格を持つ職員を配置することが条例で義務づけられており、那月もその一人なのだった。しかも彼女は、実戦経験者。特区警備隊アイランド・ガードの指導教官も兼任している、現役のプロ攻魔師である。


刊行シリーズ

ストライク・ザ・ブラッド APPEND5の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND4の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND3の書影
ストライク・ザ・ブラッド22 暁の凱旋の書影
ストライク・ザ・ブラッド21 十二眷獣と血の従者たちの書影
ストライク・ザ・ブラッド20 再会の吸血姫の書影
ストライク・ザ・ブラッド19 終わらない夜の宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND2 彩昂祭の昼と夜の書影
ストライク・ザ・ブラッド APPEND1 人形師の遺産の書影
ストライク・ザ・ブラッド18 真説・ヴァルキュリアの王国の書影
ストライク・ザ・ブラッド17 折れた聖槍の書影
ストライク・ザ・ブラッド16 陽炎の聖騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド15 真祖大戦の書影
ストライク・ザ・ブラッド14 黄金の日々の書影
ストライク・ザ・ブラッド13 タルタロスの薔薇の書影
ストライク・ザ・ブラッド12 咎神の騎士の書影
ストライク・ザ・ブラッド11 逃亡の第四真祖の書影
ストライク・ザ・ブラッド10 冥き神王の花嫁の書影
ストライク・ザ・ブラッド9 黒の剣巫の書影
ストライク・ザ・ブラッド8 愚者と暴君の書影
ストライク・ザ・ブラッド7 焔光の夜伯の書影
ストライク・ザ・ブラッド6 錬金術師の帰還の書影
ストライク・ザ・ブラッド5 観測者たちの宴の書影
ストライク・ザ・ブラッド4 蒼き魔女の迷宮の書影
ストライク・ザ・ブラッド3 天使炎上の書影
ストライク・ザ・ブラッド2 戦王の使者の書影
ストライク・ザ・ブラッド1 聖者の右腕の書影