第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑨

 けどまぁ、どれもこれも上条とうの敵ではない。

 それが『異能の力』であるならば、上条当麻はその全てを無効化できるのだから。


「ありゃお前が勝手に殴りかかって勝手に疲れただけだろ! 力の使いすぎで勝手にぐったりしやがって、お前のスタミナ不足を俺のせいにすんなビリビリ!」

「~~ッ!!」ギリギリと美琴は奥歯をみ締めて、「あ、あんなの無効よ、ありえないわよ! だって私だって一発も殴られてないもん、それってお互い様で引き分けって事でしょ!!」

「……はぁ、じゃあもういいよお前の勝ちで。ビリビリ殴ってもエアコン直る訳じゃねーし」

「が……ッ! ちょ、ちょっとアンタ! マジメにやりなさいってば!!」


 両手をブンブン振り回して叫ぶ美琴に、上条は小さくため息をついて、


?」


 か……ッ、とことの言葉が詰まる。

 かみじようは右手を軽く握って、もう一度開く。たったそれだけの仕草に、さか美琴の全身からダラダラと嫌な汗が噴き出す。たった一歩、後ろへ下がる事もできずにその場で凍りつく。

 上条の『力の正体』が分からない美琴としては、表情一つ変えずに自分の切り札すべてを封じた上条はまさに『未知の恐怖』そのものだ。

 無理もない、上条とうは御坂美琴の『攻撃』を二時間以上受け続けて、たった一つのかすり傷も負わなかった男なのだ。『コレが本気を出したらどうなるんだろう?』と思って当然だ。

 ふぅ、と上条はため息をついて目をらす。

 全身を縛っていた糸が切れたように、ようやく美琴は一歩二歩とよろめいた。


「……、なんていうか、不幸だ」そんなにビビられると逆にショックな上条だった。「部屋の電化製品はボロボロだし、朝は自称エセ魔術師に夕方はビリビリ超能力者ときたもんだ」

「ま、まじゅつしって……なに?」

「……、」上条はちょっと考えて、「……えっと、何なんだろう?」


 いつもの美琴なら、『ぐらぁナメてんのかアンタ、チカラも変なら頭も変かぁ!?』とか叫んでビリビリする所だろう。だが、今日はどこか様子を見るようにびくびくしている。

 もちろん相手をだますためのハッタリなのだが、ここまで効果があるとちょっぴり切ない。


(……それにしても、魔術師、か)


 上条はちょっとだけ思い出す。あの白いシスターがいた時は割とアッサリそんな言葉が出てきたけど、やっぱりちょっと離れてみれば現実から外れた言葉だと痛感させられる。

 インデックスがいた時は何で感じられなかったんだろうと思う。

 そう信じられるだけの、それこそ神秘的な『何か』があったとでも言うんだろうか?


「……ていうか、ナニ考えてんだか」


 子犬みたいにビビっているビリビリ女こと御坂美琴を放ったらかしにして、上条はつぶやく。

 インデックスとは、あそこで縁を切った。この広い世界で何の意味もなく『偶然』再会するなんて事はまずありえない。魔術師がどうだとか考えた所で、もう何の意味もないのだ。

 そう思うのに、忘れる事ができなかった。

 部屋の中に忘れられた、頭にかぶる純白のフード。

 たった一つだけ残った『つながり』が、上条の心のすみをチクチク刺してイライラさせる。

 何でそんな事を思ってしまうのか、上条当麻は自分自身の内側さえ分からなかった。

 神様でも殺せる男のくせに。


    6


 今日び三二〇円ではぎゆうどん大盛も頼めない。


「………………………………………………………………………………………………、並かぁ」


 文庫本サイズのお弁当をおハシの先でちょこちょこ食べてる女の子にはご理解できないだろうが、育ち盛りの汗だく野郎にとって並盛なんぞは『オヤツ』扱いである。

 御坂美琴ビリビリおんなを追い払い、牛丼屋で『オヤツ』を食べたかみじようは、残金全財産三〇円(税込み)を手に、の落ちた学生寮の前まで戻ってきた。

 人の気配はない。

 おそらく夏休み初日だから、みんな街に出て遊びほうけているんだろう。

 見た目は典型的なワンルームマンションだ。四角いビルの壁一面に直線通路とズラリと並ぶドアが見える。鉄格子のような金属の手すりに『ミニスカのぞき防止用』のプラ板が張ってないのは、ここが『男子寮』だからだろう。

 学生寮の建物は縦に──奥へ延びるように作られていて、玄関や反対側のベランダは、道路から見て側面──つまりビルとビルのすきにある。

 入口は一応オートロックになっているが、両隣のビルとの間隔はそれぞれ二メートル。今朝、インデックスがやったようにビルからビルへ飛び移れば簡単に侵入できる。

 オートロックを抜けて、の横をすり抜けてエレベーターに乗る。工場の搬入用エレベーターより狭くて汚いのはごあいきよう、屋上を示す『R』のボタンが小さな鉄板で封印されているのは夜な夜なビルの屋上を飛んでやってくるロミオとジュリエット対策だ。

 電子レンジみたいな音と共にエレベーターは七階に止まる。

 がこがこ音を立てて開くドアを押しのけるように上条は通路に出た。七階という高さだがビル風はなく、隣のビルとの圧迫感もあるせいか余計に蒸し暑い気がした。


「ん?」


 と、上条はようやく気づいた。直線的な通路の向こう──自分の部屋のドアの前で、三台の清掃ロボットがたむろしている。三台、というのは珍しい。そもそもこの寮に配備された清掃ロボットは全部で五台のはずなのに。それぞれ体を小刻みに前後させている所を見ると、よっぽどひどい汚れを掃除しているようにも見える。

 ……何となく、とてつもなく不幸な予感。

 大体、床にり付いたガムだって素通りでがすほどの破壊力を持つドラム缶ロボだ。一体何をどうしたら三台もの清掃ロボットが苦戦しなければならないのか。もしかして童貞を捨てるために無理して不良ぶってる隣人つちかどもとはるが酔っ払って人んのドアを電柱代わりに、盛大にゲロをぶちまけたんじゃあるまいかと上条はせんりつする。


「一体何が……、」


 人間にはこわいモノ見たさという常軌を逸した機能が備わっている。

 一歩、二歩と思わず前に足が進んだ時、ようやくソレが見えた。


 不思議少女インデックスが空腹でぶっ倒れていた。


「…………………………………………………………………………………………………、あー」


 ロボットのかげに隠れて全体は見えないが、うつ伏せに倒れた安全ピンがギラギラ光る白い修道服はだれがどう見ても行き倒れていた。

 三台ものドラム缶にがっつんがっつん体当たりをぶちかまされても、インデックスはピクリとも動かない。何だか都会カラスに小突かれているようで異常に哀れに見えた。大体、清掃ロボットは人間や障害物を避けて通るように作られているはずなのだが、機械にさえ人間扱いしてもらえないというのは一体どういう事なんだろう?


「……。なんていうか、不幸だ」


 とか何とか言いながら、かみじようとうは鏡を見れば自分の顔に驚いていただろう。彼の顔は誰がどう見ても笑っていた。

 やはり心のどこかに引っかかっていたのだ。『魔術師』という言葉は信じられなくても、怪しげな新興宗教の連中が一人の女の子を追い掛け回している、と解釈する事もできる。

 それが何でもない、いつもの姿(?)で現れた事がうれしかった。

 そんな理屈を取っ払っても、もう一度再会できた事がだか純粋に嬉しかった。

 上条は思い出す。たった一つの忘れ物。渡し損ねた純白のフード。その存在が、まるでおまじないのように見えてくるのが不思議だった。


「おい! こんな所でナニやってんだよ?」


 声をかけて、走る。たったそれだけの作業で、何で遠足前夜の眠れない小学生みたいな気分にさせるんだろうと上条は思う。一歩一歩近づく事が、何で大作RPGの発売日にお店に向かうような気持ちにさせるんだろうと上条は考える。

 インデックスはまだ気づかない。

 上条当麻はそんな『インデックスらしい』仕草に笑みをみ殺して、


 インデックスが血だまりの中に沈んでいる事に、ようやく気づいた。


「……、あ……?」

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