第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑩
最初に感じたのは、むしろ驚きよりも戸惑いだった。
たむろする清掃ロボットの陰になっていて見えなかったのだ。うつ伏せに倒れたインデックスの背中──ほとんど腰に近い辺りが、真横に
一瞬前と一瞬後。あまりにギャップのありすぎる
笑おうとしたけど、笑えない。
そんな事、できるはずがない。
三台の清掃ロボットがぎこぎこ音を立てて小刻みに前後する。床の汚れを掃除している。床に広がる赤色を、インデックスの体から溢れる赤色を。薄汚れた
「や、……めろ。やめろっ! くそ!!」
ようやく上条の目が現実にピントを合わせた。重傷のインデックスに群がる清掃ロボットに慌てて
もちろん、清掃ロボットは『床に広がり続ける汚れ』を掃除しているのであって、直接インデックスの傷口には触れていない。それでも上条には清掃ロボットが腐りかけた傷口に群がる羽虫のように見えた。
そこまで思っているのに。一台でさえ重たく馬力のある清掃ロボット、それが三台にもなると
神様でも殺せる男のくせに。
こんなオモチャをどかす事さえ、できない。
インデックスは何も言わない。
血の気を失って紫色になった唇は、呼吸しているかどうかさえ怪しいほどに動かなかった。
「くそ、くそっ!!」混乱した上条は思わず叫んでいた。「何だよ、一体何なんだよこれは!? ふざけやがって、一体どこのどいつにやられたんだ、お前!!」
「うん? 僕達『魔術師』だけど?」
だから────だからこそ、背後からかかった声は、インデックスのものではない。
殴りかかるように上条は体ごと振り返る。エレベーター……ではない。その横にある非常階段から、男はやってきたようだった。
白人の男は二メートル近い長身だったが、顔は上条より幼そうに見えた。
相手が風上に立っているせいか、十五メートル以上離れた上条の鼻にも甘ったるい香水の
神父と呼ぶにも、不良と呼ぶにも奇妙な男。
通路に立つ男を中心とした、辺り一帯の空気は明らかに『異常』だった。
まるで今まで自分が使ってきた常識が全部通用しないような、まったくもって別のルールが支配しているような────そんな妙な感覚が氷の触手のように辺り一帯に広がっている。
上条が最初に感じたのは、『恐怖』でもなければ『怒り』でもない。
『戸惑い』と『不安』。まるで言葉も分からない異国でサイフを盗まれたような、絶望的な孤独感。じりじりと、体の中へ広がる氷の触手のような感覚に心臓は凍り、上条は思い至る。
これが、魔術師。
ここは、魔術師という違うモノが存在してしまう、一つの『異世界』と化していた。
一目で分かる。
魔術師なんて言葉は今でも信じられないけれど、
これは、間違いなく自分の住んでいる
「うん? うんうんうん、これはまた随分と派手にやっちゃって」口の端の
魔術師は
おそらくインデックスはどこか別の場所で『斬られて』、ここまで命からがら逃げてきた所で力尽きた。途中、辺りにべったりと鮮血をなすりつけただろうが、それらは
「けど、何で……」
「うん? ここまで戻ってきた理由かな。さあね、忘れ物でもしたんじゃないのかな。そういえば昨日背中を撃った時点では
目の前の魔術師は『戻ってきた』と言った。
つまり、今日一日のインデックスの行動を追尾していた。そして修道服『歩く教会』の
インデックスは『歩く教会』の魔力は
となると、この魔術師達はインデックスの『歩く教会』が持つ『異能の力』を感知して追い掛けていた訳だ。『歩く教会』が破壊された事を知っているのも、『信号』が途切れた事を知ったから───これも確かインデックスから聞いた。
けど、それはインデックスも分かっていたはずだ。
分かっていながら、それでも『歩く教会』の防御力に頼ってきたらしいんだから。
けど、それなら彼女は一体何のためにここまで戻ってきた? 破壊されて使えもしない『歩く教会』の一部をどうして回収する必要がある? 上条の右手のせいでもう『歩く教会』
『……、じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?』
不意に、全てが
上条は思い出す。上条の部屋に置き去りにした『歩く教会』の
だから、インデックスはわざわざ危険を冒して『戻ってきた』。
「……、ばっかやろう」
そんな事する必要はないのに。『歩く教会』を壊したのは
それでも、彼女は引き返さなければ気が済まなかった。
赤の他人の、出会って三〇分も
命を
戻ってこなければ、気が済まなかった。
「───ばっかやろうが!!」
ピクリとも動かないインデックスの背中が、妙に
前に、上条の『不幸』はこの右手のせいらしい、という話をインデックスから聞いた。
何でも『神様のご加護』とか『運命の赤い糸』とか、そういう微弱な『異能の力』さえ、右手は無意識の内に打ち消してしまっているらしい。
そして、上条が不用意に右手で彼女に触れなければ、修道服『歩く教会』を壊していなければ、少なくても彼女が戻ってくる事はなかった。
いや、良い。そんな言い訳はどうでも良い。
右手が何だろうが『歩く教会』が壊れていようが、彼女がここに戻ってくる必要はなかった。
上条が、『