第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑪
あの時、あの瞬間。キチンと彼女が落としたフードを返していれば。
「うん? うんうんうん? 嫌だな、そんな目で見られても困るんだけどね」魔術師は口元の
言葉の終わりは独り言のように、それでいて笑みが消えていた。
だが、それも一瞬。すぐに思い出したように口の端の煙草が小さく揺れる。
「なんで、だよ?」思わず、答えを期待していないのに上条の口は動いていた。「何でだよ。
そんな事、
上条当麻は、去っていくインデックスをそのまま見捨てて日常へ帰ったんだから。
それでも、言わない訳にはいかなかった。
「こんな小さな女の子を、寄ってたかって追い回して、血まみれにして。これだけの
「だから、血まみれにしたのは僕じゃなくて神裂なんだけどね」
なのに、魔術師は一言で断じた。
「もっとも、血まみれだろうが血まみれじゃなかろうが、回収するものは回収するけどね」
「かい、しゅう?」意味が分からない。
「うん? ああそうか、魔術師なんて言葉を知ってるから全部
……また、『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』だ。
「そうかそうか、この国は宗教観が薄いから分からないかもしれないね」魔術師は笑っているのにつまらなそうな声で、「Index-Librorum-Prohibitorum──この国では
そんな事を言ったって、インデックスは一冊の本も持っていない。あんな体のラインがはっきり見える修道服なら服の下に隠したって分かるはずだ。大体、一〇万冊もの本を抱えて人が歩けるはずがない。一〇万冊って……それは図書館一つ分もあるんだから。
「ふ、ざけんなよ! そんなもん、一体どこにあるって言うんだ!?」
「あるさ。ソレの
サラリと。魔術師は当然のように答えた。
「完全記憶能力、って言葉は知ってるかな? 何でも、『一度見たものを一瞬で覚えて、一字一句を永遠に記憶し続ける能力』だそうだよ。簡単に言えば人間スキャナだね」魔術師はつまらなそうに笑い、「これは僕達みたいな
信じられる、はずがない。
魔道書なんて言葉も、完全記憶能力なんて言葉も。
だけど、重要なのはそれが『正しい』かどうかじゃない。こうして目の前に、実際にそれを正しいと『信じて』少女の背中を
「ま、彼女自身は魔力を
「ほ……、ご?」
「そうだよ、そうさ。保護だよ保護。ソレにいくら良識と良心があったって
「……、」
カチカチと。体のどこかが震えていた。
それは単純な怒りではない。現に上条の腕には鳥肌が立っている。目の前の男の、自分だけは正しいという考え方。自分の間違いが見えないという生き方。それら
そんな根拠も理論もない『
「て─────メェ、何様だ!!」
バギン、と、右手が怒りに呼応するように熱を帯びたような気がした。
地面に
右手なんて役に立たない。不良の一人も倒せずテストの点も上がらず女の子にもモテない。
だけど右手はとても便利だ。目の前の、クソ野郎を殴り飛ばす機能があるんだから。
「ステイル=マグヌスと名乗りたい所だけど、ここはFortis931と言っておこうかな」
なのに、魔術師は口の端を
口の中で何かを
「魔法名だよ、聞き慣れないかな? 僕達魔術師って生き物は、何でも魔術を使う時には
両者の距離は十五メートル。
上条
「Fortis───日本語では強者と言った所か。ま、語源はどうだって良い。重要なのはこの名を名乗りあげた事でね、僕達の間では、魔術を使う魔法名というよりも、むしろ───」
さらに二歩、上条当麻は勢い良く通路を駆け抜ける。
それでも魔術師は笑みを崩さない。上条では笑みを消す相手にもならないとでも言うように。
「─────殺し名、かな?」
魔術師、ステイル=マグヌスは口の煙草を手に取ると、指で
火のついた煙草は水平に飛んで、金属の手すりを越え、隣のビルの壁に当たる。
オレンジ色の
「
ステイルが呟いた瞬間、オレンジの
まるで消火ホースの中にガソリンを詰めて噴いたように、一直線に炎の剣が生み出される。
ジリジリと、写真をライターで
触れてもいないのに、それを見ただけで目を焼かれるような気がして、
ザグン! と上条の足が地面に
ふとした、疑問。