第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑪

 あの時、あの瞬間。キチンと彼女が落としたフードを返していれば。


「うん? うんうんうん? 嫌だな、そんな目で見られても困るんだけどね」魔術師は口元の煙草たばこを揺らし、「ソレをったのは僕じゃないし、かんざきだって何も血まみれにするつもりなどなかったんじゃないかな。『歩く教会』は絶対防御として知られるからね。本来ならあれぐらいじゃ傷もつかないはずだったのさ。……まったく、何の因果でアレが砕けたのか。セントジョージのドラゴンでも再来しない限り、法王級の結界が破られるなんてありえないんだけどね」


 言葉の終わりは独り言のように、それでいて笑みが消えていた。

 だが、それも一瞬。すぐに思い出したように口の端の煙草が小さく揺れる。


「なんで、だよ?」思わず、答えを期待していないのに上条の口は動いていた。「何でだよ。おれは魔術なんて絵本メルヘン信じらんねえし魔術師テメエらみてえな生き物は理解できねえよ。それでもお前達にも正義と悪ってモンがあるんだろ? 守る物とか護る者とかあるんだろ……?」


 そんな事、偽善使いフオツクスワードに言えた義理ではない事は良く分かっている。

 上条当麻は、去っていくインデックスをそのまま見捨てて日常へ帰ったんだから。

 それでも、言わない訳にはいかなかった。


「こんな小さな女の子を、寄ってたかって追い回して、血まみれにして。これだけの現実リアルを前に! テメェ、まだ自分の正義を語る事ができんのかよ!!」

「だから、血まみれにしたのは僕じゃなくて神裂なんだけどね」


 なのに、魔術師は一言で断じた。じん欠片かけらも、響いていなかった。


「もっとも、血まみれだろうが血まみれじゃなかろうが、回収するものは回収するけどね」

「かい、しゅう?」意味が分からない。


「うん? ああそうか、魔術師なんて言葉を知ってるから全部つつけかと思ってたけど。ソレは君を巻き込むのがこわかったみたいだね」魔術師は煙草たばこの煙を吐いて、「そう、回収だよ回収。正確にはソレじゃなくて、ソレの持ってる一〇万三〇〇〇冊の魔道書だけどね」


 ……また、『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』だ。


「そうかそうか、この国は宗教観が薄いから分からないかもしれないね」魔術師は笑っているのにつまらなそうな声で、「Index-Librorum-Prohibitorum──この国ではきんしよもくろくって所か。これは教会が『目を通しただけで魂まで汚れる』と指定したじやほんあくしよをズラリと並べたリストの事さ。危険な本が出回っていると伝令しても、タイトルが分からなければ知らず知らずの内に手に取ってしまうかもしれないからね。───かくして、ソレは一〇万三〇〇〇冊もの『悪い見本』を抱えた、どくしよ坩堝るつぼと化したって訳だ。ああ、注意したまえ。ソレが持ってる本ね、宗教観の薄いこの国の住人なら、一冊でも目を通せば廃人コースは確定だから」


 そんな事を言ったって、インデックスは一冊の本も持っていない。あんな体のラインがはっきり見える修道服なら服の下に隠したって分かるはずだ。大体、一〇万冊もの本を抱えて人が歩けるはずがない。一〇万冊って……それは図書館一つ分もあるんだから。


「ふ、ざけんなよ! そんなもん、一体どこにあるって言うんだ!?」

「あるさ。ソレの記憶あたまの中に」


 サラリと。魔術師は当然のように答えた。


「完全記憶能力、って言葉は知ってるかな? 何でも、『一度見たものを一瞬で覚えて、一字一句を永遠に記憶し続ける能力』だそうだよ。簡単に言えば人間スキャナだね」魔術師はつまらなそうに笑い、「これは僕達みたいな魔術オカルトでも君達みたいな超能力SFでもなく、単なる体質らしいけど。彼女の頭はね、大英博物館、ルーブル美術館、バチカン図書館、華子城パータリプトラ遺跡、コンピエーニュ古城、モン=サン=ミシェル修道院……。これら世界各地に封印され持ち出す事のできない『魔道書』を、保管している『魔道図書館』って訳なのさ」


 信じられる、はずがない。

 魔道書なんて言葉も、完全記憶能力なんて言葉も。

 だけど、重要なのはそれが『正しい』かどうかじゃない。こうして目の前に、実際にそれを正しいと『信じて』少女の背中をり刻んだ人間がいる事だ。


「ま、彼女自身は魔力をる力がないから無害なんだけど」魔術師は愉快げに口の端の煙草を揺らし、「そんな安全装置ストツパーを用意する辺り、『教会』にもいろいろ考えがあるんだろうね。まぁ魔術師の僕には関係ないけど。とにかくその一〇万三〇〇〇冊は少々危険な代物なんだ。だから、使に連れ去られる前にこうして僕達が保護しにやってきた、って訳さ」

「ほ……、ご?」


 かみじようがくぜんとした。これだけ真っ赤な光景を前に、この男は今なんて言った?


「そうだよ、そうさ。保護だよ保護。ソレにいくら良識と良心があったってごうもんと薬物には耐えられないだろうしね。そんな連中に女の子の体を預けるなんて考えたら心が痛むだろう?」

「……、」


 カチカチと。体のどこかが震えていた。

 それは単純な怒りではない。現に上条の腕には鳥肌が立っている。目の前の男の、自分だけは正しいという考え方。自分の間違いが見えないという生き方。それらすべてが、まるで何万匹ものナメクジで満たしたに突き飛ばされたみたいな悪寒を全身に駆けずり回らせる。

 狂信集団マツドカルト、という言葉がじわりと脳に染み込んでくる。

 そんな根拠も理論もない『もうしん』のために人間狩りをする魔術師に頭の神経がブチ切れて、


「て─────メェ、何様だ!!」


 バギン、と、右手が怒りに呼応するように熱を帯びたような気がした。

 地面にい留められていた二本の脚が、考えるより早く動く。血と肉の詰まった鈍重な体が弾丸みたいに魔術師へ向かう。右手を、五本の指を粉々に砕く勢いで握り締める。

 右手なんて役に立たない。不良の一人も倒せずテストの点も上がらず女の子にもモテない。

 だけど右手はとても便利だ。目の前の、クソ野郎を殴り飛ばす機能があるんだから。


「ステイル=マグヌスと名乗りたい所だけど、ここはFortis931と言っておこうかな」


 なのに、魔術師は口の端をゆがめて煙草たばこを揺らしているだけだった。

 口の中で何かをつぶやいた後、まるで自慢の黒猫でも紹介するように上条に告げる。


「魔法名だよ、聞き慣れないかな? 僕達魔術師って生き物は、何でも魔術を使う時にはを名乗ってはいけないそうだ。古い因習だから僕には理解ができないんだけどね」


 両者の距離は十五メートル。

 上条とうはたった三歩でその距離を半分に縮める。


「Fortis───日本語では強者と言った所か。ま、語源はどうだって良い。重要なのはこの名を名乗りあげた事でね、僕達の間では、魔術を使う魔法名というよりも、むしろ───」


 さらに二歩、上条当麻は勢い良く通路を駆け抜ける。

 それでも魔術師は笑みを崩さない。上条では笑みを消す相手にもならないとでも言うように。


「─────?」


 魔術師、ステイル=マグヌスは口の煙草を手に取ると、指ではじいて横合いへと投げ捨てた。

 火のついた煙草は水平に飛んで、金属の手すりを越え、隣のビルの壁に当たる。

 オレンジ色の軌跡ラインが残像のように煙草の後を追い、壁に当たって火の粉を散らす。


炎よKenaz────」


 ステイルが呟いた瞬間、オレンジの軌跡ラインごう! と爆発した。

 まるで消火ホースの中にガソリンを詰めて噴いたように、一直線に炎の剣が生み出される。

 ジリジリと、写真をライターであぶるようにそうが変色していく。

 触れてもいないのに、それを見ただけで目を焼かれるような気がして、かみじようは思わず足を止めて両手で顔をかばっていた。

 ザグン! と上条の足が地面にくいで打ちつけられたように止まってしまう。

 ふとした、疑問。

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