第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. ⑬

 ステイルの全身から嫌な汗が噴き出した。目の前の夏服を着た生き物が、人間のカタチをしているからこそ。その皮の中には、血や肉ではなくもっと得体の知れないドロドロした何かが詰まっているような気がして、ステイルは背骨が震えるかと思った。


それはI生命をI育む恵Bみの光OにしてL邪悪Aを罰IするI裁きAの光OなりE

 それは穏Iやかな幸I福を満たMすと同時H冷たきA闇をI滅するI凍えBる不幸OなりD

 そのIINFそのIIMS

 ICせよR我がM身を喰MらいBて力とG為せP───────────────ッ!」


 ステイルの修道服の胸元が大きくふくらんだ瞬間、内側からの力でボタンがはじけ飛んだ。

 ごう! という炎が酸素を吸い込む音と同時───服の内側から巨大な炎の塊が飛び出した。

 それはただの炎の塊ではなかった。

 真紅に燃え盛る炎の中で、重油のような黒くドロドロしたモノが『しん』になっている。それは人間のカタチをしていた。タンカーが海で事故を起こした時、海鳥が真っ黒な重油でドロドロに汚れたような───そんなイメージを植え付けるモノが、永遠に燃え続けている。

 その名は『魔女狩りの王イノケンテイウス』。その意味は『必ず殺す』。

 必殺の意味を背負う炎の巨神は両手を広げ、それこそ砲弾のように上条当麻へ突き進み、


「邪魔だ」


 ボン!! と。

 うらけん気味に、目の前のクモの巣を振り払うぐらいの面倒臭さで。

 上条当麻はステイル=マグヌスの最後の切り札を吹き飛ばした。まるで水風船を針で刺したように、炎の巨神をかたどる重油の人型は、飛沫しぶきとなって辺り一面に飛び散った。


「……、?」


 その時。上条当麻が最後の一歩を踏み込まなかったのは、何か理屈があった訳ではない。

 だが、最後の切り札をつぶされたステイルはそれでも笑っていた。その表情が、不用意に最後の一歩を踏み込む事をためらわせた。

 ビュルン!! と粘性の液体が飛び跳ねる音が四方八方から響き渡る。


「な、──────ッ!?」


 驚いてかみじようが一歩後ろへ下がった瞬間、四方八方から戻ってきた黒い飛沫しぶきが空中で寄り集まり、再び人のカタチを作り上げた。

 あのまま一歩進んでいれば、間違いなく四方八方から襲いかかる炎の中へ取り込まれていた。

 上条は目の前の光景に混乱しそうになる。上条の右手『幻想殺しイマジンブレイカー』のうたい文句が正しければ、それは神話に出てくる神様の奇跡システムさえ一撃で打ち消してしまう。アレが『魔術』とかいう『異能の力』である以上、たった一度触れただけで『すべてを無効化』させるはずなのに……。

 炎の中の重油はのたくり、カタチを変え、まるで両手で剣を持っているような形になる。

 いや、それは剣ではない。人間でもはりつけにするような、二メートル以上の巨大な十字架だ。

 ソレは大きく両腕を振り上げると、ツルハシでも振り下ろすように上条の頭に襲いかかる。


「……っ!!」


 上条はとっさに右手で受け止めた。元より上条は右手を除けば単なる高校生だ。目の前の攻撃を見切って避けるような戦闘スキルは持ち合わせない。

 ガギン! と十字架と右手がぶつかり合う。

 今度は『消える』事さえなかった。まるでゴムの塊でも握り締めているように、ともすれば上条の指の方が押し負かされそうになる。相手は両手で、こちらは右手しか使えない。ジリジリと。炎の十字架が上条の顔へと一ミリ一ミリ近づいてくる。

 混乱する上条は、かろうじて気づく事ができた。この炎の塊『魔女狩りの王イノケンテイウス』は確かに上条の幻想殺しイマジンブレイカーに反応している。だが、消滅した直後に復活しているのだ。おそらく消滅と復活のタイムラグは一秒の一〇分の一にも満たないだろう。

 右手を、封じられた。

 たった一瞬でも手を離せば、おそらくその瞬間に『魔女狩りの王』に灰にされる。


「────ルーン」


 と、上条とうの耳が何かをとらえた。

 目の前の危機のせいで後ろを振り返る訳にはいかない。だが、だれの声かは一瞬で分かった。


「───『神秘』『秘密』を指し示す二四の文字にして、ゲルマン民族により一世紀から使われる魔術言語で、古代英語のルーツと


 だが、上条はそれがインデックスの声だと分かっているのに、信じられなかった。


「な……、」


 


「───『魔女狩りの王』を攻撃しても効果はありません。壁、床、天井。辺りに刻んだ『ルーンの刻印』を消さない限り、何度でもよみがえります」


 押される右手の手首を左手でつかんで、かろうじて上条当麻は十字架との均衡を保つ。

 かみじようは、振り返る。

 そこには、確かに一人の少女が倒れていた。けれど、上条は『それ』をインデックスと呼ぶ事ができなかった。まるで機械のような、あまりにも感情の欠落したひとみ

 一言一言、告げるたびに背中の傷から血があふれていく。

 そんな事にも全く気に留めない、まさしく魔術を説明するためだけの『装置システム』。


「お、まえ─────インデックス、だよな?」

「はい。私はイギリス清教内、第ゼロ聖堂区『』所属の魔道書図書館です。正式名称はIndex-Librorum-Prohibitorumですが、呼び名は略称の禁書目録インデツクスで結構です」


 魔道書図書館───禁書目録という生き方に、上条は自分を殺そうとする炎の巨神イノケンテイウスの事さえ忘れそうになってしまう。それほどまでの『寒気』がそこにある。


「自己紹介が済みましたら、元のルーン魔術に説明を戻します。───それは簡単に言えば、夜の湖に映る月と同じ……いくらみなつるぎで切り裂いても意味はありません。水面に映る月をりたければ、まずは夜空に浮かぶ本物の月にやいばを向けなければ」


 そこまで『説明』されて、上条はようやく目の前の敵イノケンテイウスの事を思い出した。

 ようは、これは『異能の力』のではない、という事か? 写真とネガのように、どこかでこの炎の巨神を作っている『他の異能の力』をつぶさない限り、何度でも復活してしまう……?

 この期に及んで、上条はまだインデックスの言葉を完全に信じられなかった。

 どこまで行っても、魔術なんて存在しないという『常識』という言葉が胸にこびりつく。

 しかし、『魔女狩りの王イノケンテイウス』に右手を封じられて身動きが取れない状態では、どの道試してみる事もできない。血まみれのインデックスに協力を仰ぐというのも難しい話だろう。


灰は灰にAshToAsh────」


 ギョッとした。炎の巨神の向こうで、ステイルは右手に炎剣を生み出している。


「────塵は塵にDustToDust────」


 さらにもう一本。左手には青白く燃えるえんけんが音もなく伸びる。


「────────────吸血殺しの紅十字Squeamish Bloody Rood!」


 力ある言葉と同時、左右から炎の巨神ごと引き裂くように、大ハサミのように二本の炎剣が水平に襲いかかる。『魔女狩りの王』に右手を封じられた上条はこれ以上防ぐ事ができない。


(ヤ、バ…………とりあえず、逃げ──────ッ!!)


 上条とうが何かを叫ぶ前に。

 二本の炎剣と炎の巨神が激突し、一つの巨大な爆弾と化して大爆発を巻き起こした。

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