第二章 奇術師は終焉を与える The_7th-Egde. ③
「──……星の位置と月の角度から見て……
「はい、正確には五三秒に入った所ですけどー……ってダメです起き上がっちゃあ!!」
ボロボロの体をさらに自ら壊すように身を起こすインデックスを慌てて押し戻そうとする
その視線は
ただ、少女の
気配がない。
それこそ、まるで魂でも抜けてしまったように。
「構いません、再生可能です」インデックスは部屋中央のちゃぶ台に向かい、「……
ひっ、と小萌先生が息を飲む音が部屋中に響いた。
あろう事か、インデックスは小さなちゃぶ台の上に、血まみれの指で図形のようなモノを描き始めたのだ。魔法陣という現物を知らなくても、それが宗教的な色を見せている事は分かる。ただでさえ気が弱い小萌先生は何かに
ちゃぶ台いっぱいに描いた血の円に、
ただし、その周りにはどこの国のものかも分からない言葉がズラリと取り囲んでいる。おそらくインデックスがブツブツ
『魔術』を組み立てていくインデックスの姿には、
極度の集中力が、痛みという感覚を一時的に遮断しているようだった。
ぼとぼと、と。彼女の背中で聞こえる流血の音色が小萌先生の背筋に静かな悪寒を走らせる。
「な、なななな……な、んですか。それ?」
「魔術」一言で断じた。「ここから先は、あなたの手を借りて、あなたの体を借ります。指示の通りにしてくだされば、
「なっ、ナニ冷静に言ってるんですか!? いいから横になって救急車を待つんです! ええっと、包帯、包帯っと。このレベルの傷だと動脈の辺りを縛って血の流れを止めた方が……」
「その程度の処置では、私の傷を完全に
「……、」
確かに今から救急車を呼んでもここまで来るのに一〇分はかかると思う。病院まで往復すればその二倍、さらに病院に着いた瞬間に治療が完了する訳でもない。
仮に針と糸を使って今すぐ傷を塞いだ所で、
この
「お願いします」
それなのに、インデックスは目の色一つ変えずにそう言った。
ぼとぼと、と。口の端から、
そこには迫力もない。鬼気迫るものもない。だが、その『余裕』や『冷静』な様子がかえって
(……、下手に抵抗させると、より一層危ない状態になりそうなのです)
はぁ、と
今は目の前の少女を刺激しないで、心の中で一刻一秒でも早く上条が救急車を呼んできてくれる事を、そして救急隊員が救急車の中で見せる応急処置の素晴らしさに期待するしかない。
「で、何をすれば? 先生、魔法少女ではないですよ?」
「ご協力に感謝します。まずは……そちらの、そちらの────何ですか、その黒いのは?」
「? ああ、ゲームのメモリーカードですー」
「??? ……まぁ、良いです。とにかくその黒いのをテーブルの真ん中に置いてください」
「テーブルじゃなくてちゃぶ台ですけどねー」
小萌先生は言われた通りにちゃぶ台の真ん中にゲームのメモリーカードを寝かせる。続いてシャーペンの
何だこれと小萌先生は思うが、インデックスは今にもぶっ倒れそうなまま真剣そのもの。
蒼ざめた顔に宿る日本刀のような眼光を前に、小萌先生の文句は消えていく。
「何なんです? 魔術というかー、これじゃただのお人形遊びです?」
言われてみれば、この部屋の小さなミニチュアにも見える。メモリーカードはこのちゃぶ台で、立てた二冊の文庫本が本棚とクローゼット、そして二体のフィギュアはこの部屋の二人の位置にそっくり立っている。ガラスのビーズをちゃぶ台の上にばら
「素材は関係ありません。虫メガネのレンズは
「???」
「失敗はあなたの肉体の
ぶっ!? と
「天使を
インデックスが呟いたのは、もはや言葉ではなく『音』だった。
小萌先生は鼻歌でも歌うような感じで、意味を考えずに『音色』だけとりあえず
と、
「きゃあ!?」
突然、ちゃぶ台の上のフィギュアが同じように『歌った』。きゃあ!? という悲鳴も全く同じタイミングで出てくる。フィギュアが震えたのだ。まるで糸電話の糸を伝わった『振動』が、紙コップの先で『声』になるように、フィギュアの振動が小萌先生の声を作っていた。
ここで小萌先生がパニックを起こして部屋を飛び出さなかったのは、『学園都市』という二三〇万もの超能力者を抱える街に住んでいるからだろう。普通の人間ならまず錯乱するはずだ。
「リンクしました」インデックスの声もちゃぶ台の上から二重に聞こえる。「テーブルの上に造った『神殿』は、この部屋とリンクしています。簡潔に表現すれば、この部屋で起きた事はテーブルの上でも起きるし、テーブルの上で起きた事は部屋の中でも起きます」
インデックスはちゃぶ台の足をわずかに押す。
瞬間、ガゴン! とアパート全体が揺さぶられるような衝撃が小萌先生の足元を襲った。
部屋の中のこもった空気が、まるで早朝の森の中のように澄んでいくのが分かる。
ただし、『天使』なんてものはどこにもいない。見えない気配のようなモノだけがあった。まるで何千もの眼球に四方八方からじっとり観察されているような感覚が全身の肌を襲う。
と、インデックスがいきなり叫んだ。
「
───魔術を行う上で、
例えば海に小石を投げても大した波紋にはならない。だが、バケツの中に小石を落とせば大きな波紋になる。それと同じ。魔術で世界を
守護者とは、区切った小世界に置く、一時的な神様だ。