第二章 奇術師は終焉を与える The_7th-Egde. ⑥

「十字教なんて元は一つなのに、旧教カトリツク新教プロテスタント、ローマ正教、ロシア成教、イギリス清教、ネストリウス派、アタナシウス派、グノーシス派。どうしてこんなに分かれちゃったんだと思う?」

「そりゃあ……」


 流し読みでも歴史の教科書を読んだ事がある上条なら何となく答えは分かる。だが、それを『本物』のインデックスの前で口に出すのは少し気が引けた。


「うん、それでいいんだよ」インデックスは逆に笑った。「宗教に政治を混ぜたから、だよ。分裂し、対立し、争い合って──ついには同じ神様を信じる人さえ『敵』になって。私達は同じ神様を信じながら、バラバラの道を歩く事になった」


 もちろん考えは色々ある。神様の言葉でお金を稼げると思った者、それを許せないと思った者。自分が世界で一番神様に愛されていると思った者、それを許せないと思った者。


「……交流を失った私達は、それぞれが独自の進化を遂げて『個性』を手に入れたの。国の様子とか風土とか──それぞれの事情に対応して、変化していったんだよ」小さく息をいて、「ローマ正教は『世界の管理と運営』を、ロシア成教は『非現実オカルトの検閲と削除』を。そして私のぞくするイギリス清教は……」


 インデックスは、わずかに言葉を詰まらせた。


「イギリスは、魔術の国だから」それが、苦い思い出のように、「……イギリス清教は魔女狩りや異端狩り、宗教裁判──そういう『対魔術師』用の文化・技術が異常に発達したんだよ」


 首都ロンドンには今でも魔術結社を名乗る『株式会社』がいくつもあるし、書類上だけの幽霊会社ならその一〇倍以上存在する。元々は『街に潜む悪い魔術師』から市民を守るためであったはずの試行錯誤は、いつしか極めすぎて『虐殺・処刑の文化』にまで発展してしまった。


「イギリス清教にはね、特別な部署があるんだよ」


 まるで自分の罪でも告白するように、インデックスはそっと言った。


「魔術師を討つために、魔術を調べ上げて対抗策を練る。」まさしく、シスターのように。「敵を知らなければ敵の攻撃を防げない。だけど、汚れた敵を理解すれば心が汚れ、汚れた敵に触れれば体が汚れる。だから『汚れ』を一手に引き受ける必要悪の教会が生まれた。そして、その最たるものが……、」

「一〇万、三〇〇〇冊ってか」

「うん」インデックスは小さくうなずき、「魔術っていうのは式みたいなモノだから。上手に逆算すれば、相手の『攻撃』を中和させる事もできるの。だから私は一〇万三〇〇〇冊をたたき込まれた。……世界中の魔術を知れば、世界中の魔術を中和できるはずだから」


 かみじようは自分の右手を見た。

 役立たずと思っていた右手。不良の一人も倒せないし、テストの点も上がらなければ女の子にモテる訳でもないと捨て置いていた右手の力。

 だけど、少女はそこへ辿たどり着くために地獄を見続けてきた。


「けど、魔道書なんてヤバいモン、場所が分かってんなら読まずに燃やしちまえば良いじゃねーか。魔道書を読んで学ぶヤツがいる限り、魔術師は無限に増え続けんだろ?」

「……重要なのは『本』じゃなくて『中身』だから。原典オリジンを消しても、それを知ってる魔術師がほかの弟子に伝え聞かせちゃったら意味がないの」


 そういう人間は魔術師じゃなくて魔導師って言うんだけどね、とインデックスは言う。

 ネットに流れるデータみたいなモノか、とかみじようは思う。元のデータを消した所で、コピーにつぐコピーで永遠にデータは存在し続ける。


「さらに、魔道書はあくまで教科書テキストだから」インデックスは苦しそうに、「……それを読み取っただけでは魔術師とは呼べない。そこから自分なりのアレンジを加え、新たな魔術を生み出してこその魔術師なんだよ」


 データというよりは、常に変異していくコンピュータウィルスみたいだった。

 ウィルスを完全に消滅させるには、ウィルスを解析して常にワクチンを作り続けるしかない。


「……それに、さっきも言ったけど。魔道書は危険だから」インデックスは目を細めて、「写本コピーの処分さえ、専門の異端審問官インクジシヨナーは両目を糸でって脳の『汚染』を防ぐ──それでも五年は洗礼を続けないと『毒』は抜け切らないけど。原典にいたっては人の精神では無理。世界中に散らばる一〇万三〇〇〇冊は、どうしようもないからこそ『封印』するしか道がなかったんだよ」


 まるで大量に売れ残った核兵器みたいな扱いだった。

 いや、実際。おそらく書いた本人だって予想外だったに違いない。


「チッ。それにしたって、魔術ってな『超能力者おれたち以外の普通の人間』ならだれでも使えるモンなんだろ? だったらあっという間に世界中に広まっちまうじゃねーか」


 かみじようはステイルの炎を思い出す。世界中のみんながみんな、あんな力を使えるようになったら。もう科学を土台にしている世界の常識そのものが崩れてしまうような気がする。


「それは……平気。魔術結社の連中も、やみに魔道書を外へは持ち出さないから」

「? 何でだよ? 連中にしたら、戦力なかまは多いに越した事ねーだろ?」

、なの。鉄砲持ってる人がみんな友達だったら、戦争は起きないよね?」

「……、」


 魔術を知ってるからと言って、みんながみんな仲間だという訳ではない。

 むしろ自分達の切り札の威力を知っているからこそ、無闇に『敵の魔術師』を作りたくない。

 まるで最新兵器の設計図みたいな扱いだった。


「ふぅん。大体分かってきた」上条は言葉をみ締めるように、「つまり、アレか。連中はお前の頭ん中にあるを手に入れたいって訳なんだな」


 世界中にある一〇万三〇〇〇冊もの原典オリジン、それを記憶あたまの中で完全に複製した写本コピーの図書館。それを手にする事は、つまり世界中の魔術のすべてを手に入れる、という意味だ。


「……、うん」死にそうな、声だった。「一〇万三〇〇〇冊は、全て使えば世界の全てを例外なくねじ曲げる事ができる。私達は、それを魔神と呼んでるの」


 魔界の神、という意味ではなく、

 魔術を極めすぎて、神様の領域にまで足を突っ込んでしまった人間という意味の、

 魔神。

 ……ふざけやがって。

 かみじようは知らず知らずの内に奥歯をみ締めていた。インデックスの様子を見れば分かる、彼女だって何も好き好んで一〇万三〇〇〇冊を頭にたたき込んだ訳ではない。上条はステイルの炎を思い出す。彼女は少しでも犠牲者を減らすために、ただそれだけのために生きてきたっていうのに。

 その気持ちを逆手に取る魔術師も気に食わなければ、そんな彼女を『汚れ』と呼ぶ教会も気に食わなかった。どいつもこいつも人間をモノみたいに扱って、インデックスはそんな人間ばっかり見てきたはずなのに。それでも他人の事ばかり考えている少女が一番気に食わなかった。


「……、ごめんね」


 何に対してイライラしているのか、上条は自分の事なのに全く分からない。

 ただ、その一言で上条とうは本当に、キレた。


 パカン、と軽くインデックスのおでこを叩く。


「……ざっけんなよテメェ。そんな大事な話、何で今まで黙ってやがった」


 犬歯をき出しにして病人をにらみつける上条に、インデックスの動きが凍りついた。何かとてつもない失敗をしたように両目を見開いて、唇が何かをつぶやこうと必死に動く。


「だって。信じてくれると思わなかったし、怖がらせたくなかったし、その……あの、」


 ほとんど泣き出しそうなインデックスの言葉はどんどん小さくなっていき、最後の方はほとんど聞こえなかった。

 それでも、、という言葉を上条は聞いてしまった。


「ふ、ざけんなよ。ざっけんなよテメェ!!」ブチリという音を確かに聞いた。「ナメた事言いやがって、人を勝手に値踏みしてんじゃねえ! 教会の秘密? 一〇万三〇〇〇冊の魔道書? 確かにスゲェな、とんでもねー話だったし聞いた今でも信じらんねえようなこうとうけいなお話だよ」


 だけどな、と上条はそこで一拍置いて、


?」

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