第二章 奇術師は終焉を与える The_7th-Egde. ⑦

 インデックスの両目が見開かれた。

 その小さな唇は何かを呟こうと必死に動くが、言葉は何も出てこない。


「見くびってんじゃねえ、たかだか一〇万三〇〇〇冊を覚えた程度で気持ち悪いとか言うと思ってんのか! 魔術師が向こうからやってきたらテメェを見捨ててさっさと逃げ出すとでも考えてたのか? ざっけんなよ。んな程度の覚悟ならハナからテメェを拾ったりしてねーんだよ!」


 上条は口に出しながら、ようやく自分が何にイラついているのかを理解した。

 かみじようは単にインデックスの役に立ちたかった。インデックスがこれ以上傷つくのを見たくなかった、それだけだった。なのに、彼女は上条の身をかばおうとしても、決して上条に守ってもらおうとはしない。たったの一度さえ、上条は『助けてくれ』という言葉を聞いた事がない。

 それは、悔しい。

 とてもとても、悔しい。


「……ちったぁおれを信用しやがれ。人を勝手に値踏みしてんじゃねーぞ」


 たったそれだけの事。たとえ右手チカラがなくても、ただの一般人でも、上条には退く理由がない。

 そんなもの、あるはずがない。

 インデックスはしばらくほうけたように上条の顔を見上げていたが、


 ふぇ、と。いきなり、目元にじわりと涙が浮かんだ。


 まるで氷が溶けたようだった。

 えつを殺そうと引き結んだ唇が耐えられないようにむずむず動いて、口元まで引き上げたとんにインデックスは小さくみ付いた。そうでもしなければ幼稚園児みたいに大声で泣き出すと思うほど、インデックスの目元に浮かんだ涙がみるみる巨大になっていく。

 それはきっと、今この瞬間の言葉に対するモノだけではないだろう。


 かみじようはそこまでうぬれていない。自分の言葉がそこまで響くとは思っていない。きっと、今の今までめ込んできた何かが、上条の言葉を引き金にしてあふれ出してきただけなのだ。

 今の今までそんな程度の言葉さえかけてもらえなかったのか、と痛ましく思うと同時に、それでもやっぱり上条はようやくインデックスの『弱さ』を見たような気がして、少しうれしい。

 だが、やっぱり上条は女の子の涙を見ていつまでも喜んでいられるほど変態でもない。

 というか、超気まずい。

 何も知らないもえ先生が今入ってきたら、迷わず断罪しねと言われる気がする。


「あ、あーっ、あれだ。ほら、おれってば右手があるから魔術師なんざ敵じゃねーし!」

「……、けど、ひっく。夏休みの、補習があるって言った」

「…………言ったっけ?」

「絶対言った」


 一〇万三〇〇〇冊を一字一句覚える女の子は記憶力が抜群だったらしい。


「んなモンで人様の日常引っき回してゴメンなさいなんて思ってんじゃねーよ。いいんだよ補習なんて。学校側だって進んで退学者を出したい訳じゃねえ、夏休みの補習をサボりゃあ補習の補習が待ってるだけなんだ、いくらでも後回しにしてオッケーなんだってば」


 小萌先生が聞いたらそれはそれでしゆになりそうな言葉だが、まぁ今は放っておく。


「……、」


 インデックスは目に涙をめたまま、黙って上条の顔を見上げた。


「……じゃあ、何だって早く補習に行かなきゃとか言ってたの?」

「…………………………………………………………………………………………………、あー」


 上条は思い出す。そう言えば、あの時は彼女の修道服『歩く教会』を幻想殺しイマジンブレイカーでぶっ壊して素っ裸にした直後で、密室エレベーター級の沈黙が支配していたから、それで……。


「……予定があるから、日常があると思ったから、邪魔しちゃ悪いなって気持ちもあったのに」

「……あ、あっ。あーっ………」

「私がいると……居心地、悪かったんだ」

「……、」

「悪かったんだ」


 涙目でもう一度言われたとあってはごまかし切る事は到底不可能だった。

 ごべんばばびゴメンなさいっ! と上条とうは勢い良く土下座モードへ移行。

 インデックスは病人みたいにとんからのろのろ身を起こすと、両手で上条の左右の耳をつかんで、巨大なおにぎりにでもかぶりつくように頭のてっぺんに思いっきりみ付いた。


 六〇〇メートルほど離れた、雑居ビルの屋上で、ステイルは双眼鏡から目を離した。


禁書目録インデツクスに同伴していた少年の身元を探りました。……禁書目録かのじよは?」


 ステイルはすぐ後ろまで歩いてきた女の方も振り返らずに答える。


「生きてるよ。……だが生きているとなると向こうにも魔術の使い手がいるはずだ」


 女は無言だったが、新たな敵よりむしろだれも死ななかった事にあんしているように見える。

 女のとしは十八だったが、十四のステイルより頭一つ分も身長が低かった。

 もっとも、ステイルは二メートルを超す長身だ。女の身長も日本人の平均からすればやはり高い。

 腰まで届く長い黒髪をポニーテールにまとめ、腰には『りようとう』と呼ばれる日本神道のあまいの儀式などで使われる、長さ二メートル以上もある日本刀がさやに収まっている。

 ただし、彼女を『日本美人』と呼ぶのは少し抵抗があるだろう。

 格好は着古したジーンズに白いはんそでのTシャツ。ジーンズは左脚の方だけふとももの根元からばっさりられ、Tシャツはわきばらの方で余分な布を縛ってヘソが見えるようにしてあり、脚にはヒザまであるブーツ、日本刀もけんじゆうみたいな革のベルトホルスターに挟むようにぶら下げてある。

 こうして見ると西部劇の保安官が拳銃の代わりに日本刀を下げているようにも見える。

 香水臭い神父姿のステイルと同様、まともな格好とは思えなかった。


「それで、かんざき。アレは一体何なんだ?」

「それですが、少年の情報は特に集まっていません。少なくとも魔術師や異能者といったたぐいではない、という事になるのでしょうか」

「何だ、もしかしてアレがただの高校生とでも言うつもりかい?」ステイルは口にくわえて引き抜いた煙草たばこの先をにらんだだけで火をつける。「……やめてくれよ。僕はこれでも現存するルーン二四字を完全に解析し、新たに力ある六文字を開発した魔術師だ。何の力も持たない素人が、裁きの炎イノケンテイウスを退けられるほど世界は優しく作られちゃいない」


 いくら禁書目録インデツクスからの助言があったとして、それを即座に応用し戦術を練り上げる思考速度。さらには正体不明の右手。アレがただの一般人ならまさしく日本は神秘の国だろう。


「そうですね」神裂おりは目を細め、「……むしろ問題なのは、アレだけの戦闘能力が『ただのケンカっ早いダメ学生』という分類カテゴリとなっている事です」


 この学園都市は超能力者量産機関という裏の顔を持つ。

 ぎよう機関と呼ばれる『組織』に、ステイルや神裂は禁書目録の事を伏せるとはいえ、事前に連絡を入れて許可を取っていた。名実ともに世界最高峰の魔術グループでさえ、敵の領域フイールドでは正体を隠し続ける事は不可能と踏んだからだ。


「情報の……意図的な封鎖、かな。しかも禁書目録の傷は魔術でいやしたときた。神裂、この極東にはほかに魔術組織が実在するのかい?」


 ここで彼らは『あの少年は五行機関とは別の組織を味方につけている』と踏んだ。

 他の組織が、かみじようの情報を徹底的に消して回っていると勘違いしたのだ。


「……この街で動くとなれば、なんびとぎよう機関のアンテナにかかるはずですが」かんざきは目を閉じて、「敵戦力は未知数、対してこちらのぞうえんはナシ。難しい展開ですね」

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影