第二章 奇術師は終焉を与える The_7th-Egde. ⑧
それはまさに勘違いだった。
「最悪、組織的な魔術戦に発展すると仮定しましょう。ステイル、あなたのルーンは防水性において致命的な欠点を指摘された、と聞いていますが」
「その点は補強済みだ。
現実の魔術はゲームのように
一見そう見えるだけで、裏では相当な準備が必要となる。ステイルの炎は本来『一〇年間月明かりを
詰まる所、魔術戦とは先の読み合いだ。戦闘が始まった時点ですでに敵の
そういう意味でも、『敵の戦力は未知数』というのは魔術師にとって大きな痛手だった。
「……、楽しそうだよね」
と、不意にルーンの魔術師は双眼鏡も使わず、六〇〇メートル先を見て
「楽しそう、本当に本当に楽しそうだ。あの子はいつでも楽しそうに生きている」何か、重たい液体でも吐き出すように、「……僕達は、一体いつまでアレを引き裂き続ければ良いのかな」
神裂はステイルの後ろから、六〇〇メートル先を眺める。
双眼鏡や魔術を使わなくても、視力八・〇の彼女には鮮明に見える。何か激怒しながら少年の頭にかじりついている少女と、両手を振り回して暴れている少年の姿が窓に映っている。
「複雑な気持ちですか?」神裂は機械のように、「かつて、あの場所にいたあなたとしては」
「……、いつもの事だよ」
炎の魔術師は答える。まさしく、いつもの通りに。
3
おっふろ♪ おっふろ♪ と上条の隣で、両手に洗面器を抱えたインデックスは歌っていた。
病人をやめました、と言わんばかりにパジャマから安全ピンだらけの修道服に着替えている。
一体どんなマジックを使ったのか、血染めの修道服はキッチリ洗濯されていた。ていうか、あんな安全ピンまみれの修道服、洗濯機に放り込んだら五秒でバラバラになると思う。まさか一度分解してパーツごとに洗ったんだろうか?
「何だよそんなに気にしてたのか? 正直、
「汗かいてるのが好きな人?」
「そういう意味じゃねえッ!!」
あれから三日
ちなみに
そんなこんなで、洗面器を抱えて夜の道を歩く若い男女が一組。
……一体いつの時代の日本文化なんでしょーねー、と銭湯システムの事を笑いながら説明していた小萌先生は、相変わらず何の事情も聞かずに
「とうま、とうま」
人のシャツの二の腕を甘く
「……何だよ?」
上条は
「何でもない。用がないのに名前が呼べるって、なんかおもしろいかも」
たったそれだけで、インデックスはまるで初めて遊園地にきた子供みたいな顔をする。
インデックスの懐き方が尋常ではない。
まぁ、原因は三日前のアレだろうが……上条は
「ジャパニーズ・セントーにはコーヒー牛乳があるって、こもえが言ってた。コーヒー牛乳って何? カプチーノみたいなもの?」
「……んなエレガントなモン銭湯にはねえ」あんま期待を
「んー? ……その辺は良く分かんないかも」
インデックスは本当に良く分からないという感じで小さく首を
「私、気がついたら
「……ふうん。何だ、どうりで日本語ぺらぺらなはずだぜ。ガキの
それだと、『イギリス教会まで逃げ込めば安全』という言葉の方が微妙になってくる。てっきり地元に帰るのかと思いきや、実はまだ見た事もない異国に出かける訳だ。
「あ、ううん。そういう意味じゃないんだよ」
と、インデックスは長い銀髪を左右に流すように首を振って否定した。
「私、生まれはロンドンで
「らしい?」
「うん。
インデックスは、笑っていた。
本当に、生まれて初めて遊園地にやってきた子供のように。
その笑顔が
「最初に路地裏で目を覚ました時は、自分の事も分からなかった。だけど、とにかく逃げなきゃって思った。昨日の晩ご飯も思い出せないのに、魔術師とか
「……じゃあ。どうして記憶をなくしちまったかも分かんねーって訳か」
うん、という答え。上条だって心理学はサッパリ分からないが、ゲームやドラマじゃ記憶喪失の原因なんて大体二つに限られてくる。
記憶を失うほど頭にダメージを受けたか、心の方が耐えられない記憶を封印しているか。
「くそったれが……」
上条は夜空を見上げて思わず
インデックスが異常に上条を
上条は、それを
「むむ? とうま、なんか怒ってる?」
「怒ってねーよ」ギクリとしたが、上条はシラを切った。
「なんか気に障ったなら謝るかも。とうま、なにキレてるの? 思春期ちゃん?」
「……その
「む。何なのかなそれ。やっぱり怒ってるように見えるけど。それともあれなの、とうまは怒ってるふりして私を困らせてる? とうまのそういう所は嫌いかも」