第三章 魔道書は静かに微笑む "Forget_me_not."⑦

 反論する言葉を頭の中に浮かべようとしたけど、たったの一つも存在しなかった。

 ならば、もう認めるしかない。


「……、だよな。結局、分かり合う事なんざできねーんだな」


 コイツを、同じ境遇にいて理解できるかもしれなかった人間を、完全に敵と認めるしかない。


『ですね。同じモノを欲する者同士は味方になる、という公式があれば世界はれなく平和になっているでしょうから』


 上条は受話器を握る手に、わずかに力を込める。

 そのボロボロの右手を、神様の奇跡システムさえ打ち消せるとうたわれたたった一つの武器を。


「─────宿

『私とあなたの性能スペツク差をかんがみれば結果は火を見るより明らかですが、それでも挑戦コールしますか?』

「上等だ、受けて立てレイズしろよ。だったらおれが必ず勝てる環境に誘い込むだけだからな」


 かみじようは受話器に向かって犬歯をき出しにする。

 ステイルだって決して上条より格下ではなかった。上条が勝てたのは、スプリンクラーという設備にステイルが負けたせいだ。ようは、戦い方次第で実力を埋める事はできるはずなのだ。


『先に伝えておきますが、次、あの子が倒れれば、もう危険域ておくれと思ってください』かんざきの言葉は刀の切っ先のように鋭かった。『それでは、魔術師われわれは今晩零時に舞い降ります。残り時間は本当にわずかですが、最後に素敵な悪あがきを』

え面かかすぜ、魔術師。アイツを助けて、テメェの見せ場を全部横取りしてやるからな」


 首を洗って待っています、と笑って通話が切れた。

 上条は受話器を静かに置いて、それから夜空の月を見上げるようにてんじようを見た。


「くそっ!」


 まるで組みいた相手に殴りかかるかのように、たたみの上に思いっきり右手のこぶしを振り下ろした。ボロボロの右手は全然痛くなかった。痛みなんて吹き飛んでしまうほど頭が混乱している。

 電話ではあの魔術師に偉そうな事を言ったが、上条は脳外科医でもなければ大脳生理学の教授でもない。科学的に何とかなるかもしれないにしても、一介の高校生では具体的に何をどうすれば突破口になるかなんて見当もつかない。

 見当もつかないのに、立ち止まる訳にはいかない。

 まるでどこを見ても地平線しか存在しない砂漠の真ん中にポツンと取り残されて、自分の足で街まで戻ってこいと言われたような猛烈な焦りと不安が襲いかかってくる。

 制限時間リミツトがくれば魔術師達は容赦なくインデックスの記憶を殺し尽くす。おそらくもうアパートの近くに張り込んでいて、どこへ逃げようとしてもすぐに捕まえられるよう手はずを整えているはずだ。

 その魔術師達がどうして今すぐ襲ってこないのか、その理由は分からない。単に上条に同情しているだけか、それとも制限時間リミツト寸前でボロボロのインデックスを下手に動かしたくないからか。その辺りの事情なんて知った事ではない。

 上条は畳の上で丸くなってすやすや眠っているインデックスの顔を見た。

 それから、よしっ! と気合を入れて起き上がる。

 学園都市には大小一〇〇〇ヶ所以上の『研究機関』があるものの、一学生の上条にはコネもツテもない。それらを頼るには、やはりもえ先生に連絡するしかないだろう。

 たった一日も時間がないのに何ができる、と思うかもしれない。間近に迫ったインデックスの制限時間リミツト、だが……実はこっちには秘策がある。インデックスは『記憶を覚え続ける事で頭がパンクしてしまう』のだから、逆に言えば『記憶を止めて眠らせておけば』時間を稼ぐ事ができるんじゃないだろうか?

 人間を仮死状態にする薬、なんて言うとロミオとジュリエットじみた非現実的なにおいがぷんぷん漂ってくるが、実際そこまで行かなくても構わない。ようはしようガス──手術で使う全身麻酔──で深い眠りに落とせば良いだけだ。

 眠っている間も夢を見たりして頭を使うじゃないか、という心配はしなくて良い。かみじよう記録術かいはつの授業で『眠り』のシステムを少しかじっている。確か、『夢』を見るのは浅い眠りの時だけだ。深い眠りに入った人間は、『

 よって、上条に必要な事は二つ。

 一つは、もえ先生に連絡して脳医学、もしくは精神能力関係の研究所に協力を仰ぐ事。

 一つは、魔術師の目をかいくぐってインデックスをここから連れ出す事、もしくは上条でも二人の魔術師を倒せるような環境を作り上げる事。

 上条はまず小萌先生に電話をする事から始めた。

 ……と、思ったけれど、冷静になってみたら小萌先生の携帯の番号なんて知らないのだった。


「うわ、すっげーバカっぽい……」


 半分以上本気で死にたい声を出しながら、自分の周囲をグルリと見回してみた。

 何の変哲もない……むしろ狭いと感じられるほどのじようはんが、まるで得体の知れない迷宮のように見えた。あかりのない部屋はまるで夜の海のように暗く、たたみの上に山積みにされた本や横倒しになったビール缶のわずかなかげさえ何かを隠していそうな気がする。さらに化粧台やタンスの中など、数々の引き出しがある事を考えると気が遠くなりそうだ。

 この中から、あるかどうかも分からない『携帯電話の番号』を探せなど、ムチャクチャだと思った。まるで広大なゴミの埋立地から、昨日間違って捨てた乾電池を一本、探してこいと言われたような気分だった。

 それでも止まっていられない。上条は辺り構わずモノをひっくり返してメモか何かに携帯電話の番号が書いてないかを探してみる。一分一秒が惜しいこの状況で、あるかどうかも分からないモノを探すなんて正気のではなかった。心臓の鼓動が一回聞こえるたびに神経がささくれ立ち、呼吸を一回するたびに頭の奥がチリチリと焼けるような焦りを生む。ハタから見れば、それは周りのモノに当り散らしているだけの八つ当たり野郎に見えたかもしれない。

 タンスの奥まで調べて本棚の本を全部引き抜いた。上条がこれだけ暴れても身体からだを丸めて眠りこけているインデックスは、何だかそこだけ時間が止まっているように見える。

 自分はこんなに頑張ってるのにこうも完全にコタツ猫モードになってるインデックスを見ると異常にドツき回したくなってくるが、その時、家計簿らしき大学ノートに挟んであった一枚の紙切れがひらりと床に落ちるのを上条の目は見逃さなかった。

 携帯電話の通話料金の明細書だった。

 飛びつくように上条はその紙切れを拾い上げると、そこには確かに十一けたの番号が書いてあった。ついでに使用料金を見ると先月は十四万二五〇〇円も使っていた。絶対、悪質な電話に引っかかったに決まっていた。普段ならこれだけで三日は笑い転げる事ができる上条だが、今はそれどころではない。とにかく電話をかけなければ、と黒電話へ向かう。

 電話番号を見つけるまでに随分、時間がかかったように思えた。

 実際、それが何時間もっていたのか、ほんの数分間の出来事だったのか。そんな時間の感覚が分からなくなるほどに、かみじようの心は切羽詰まっていた。

 番号の通りにかけるとコール音三回で、まるで計ったようにもえ先生とつながった。

 まるで口から泡でも飛ばすように、上条は受話器に向かって自分でも理解しにくいような、全く頭の整理ができていない『説明』を叫んでいた。


『───んー? 先生の専攻は発火能力パイロキネシスなので記憶操作マインドハウンド関連のコネは小っこいですねー。一応、たきざわ機関ととおだいの大学病院が使えそうですけど、設備は二流です。ほかに専門の能力者ゲストを呼んだ方が無難ですねー、確か風紀委員ジヤツジメントよつさん辺りが精神感応テレパス異能者レベル4で世話好きですー』


 大して詳しい説明もしていないのに、小萌先生はすらすらと答える。

 こんな事なら最初っから小萌先生に相談してりゃ良かったと上条は本気で思う。

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