第四章 退魔師は終わりを選ぶ (N)Ever_Say_Good_bye. ①
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二人の魔術師は、月明かりを背に壊れたドアから土足で踏み込んできた。
ステイルと
頭痛。
雪の降り積もるわずかな音でも
「……、」
上条と魔術師の間に言葉はなかった。
土足のまま踏み込んできたステイルは、
ステイルは
ぐったりと手足を投げ出したまま動かないインデックスの
その肩は震えていた。
自分の最も大切な者を、目の前で傷つけられた『人間』の怒りそのままに。
「
意を決したように、ステイルは立ち上がる。
こちらを振り返ったその表情には人間らしさなど
そこには、たった一人の少女を助けるために人間を辞めた魔術師の顔があるだけだった。
「───
ザグン、と。
その言葉は、上条の胸の一番
「あ……、」
分かってる。インデックスの記憶を奪う事が、一人の少女を救う方法である事ぐらい。
そして、かつて上条は神裂にこう言った。本当にインデックスのためだけを
だけど、それは。
もう他に方法がないと諦めきった後の、妥協案のはずじゃなかったのか?
「…………、」
上条は、知らず知らずの内に
良いのか? このまま
いや、いい。
そんなクソつまらない理屈はもうどうでも良い。
お前は、上条
まるでゲームのセーブデータを消すように、インデックスと共に過ごした一週間を白紙に戻される事に耐える事なんかできるのか?
「…………ま、てよ」
そうして、上条当麻は顔を上げた。
真正面に真正直に、インデックスを助けようとする魔術師と
「待てよ、待ってくれ! もう少しなんだ、あと少しで分かるんだ! この学園都市には二三〇万もの能力者がいる、それらを統べる研究機関だって一〇〇〇以上ある。
「……、」
ステイル=マグヌスは一言も告げない。
それでも、
「お前達だってこんな方法取りたかねーんだろ 心の底の底じゃ
「……、」
ステイル=マグヌスは一言も告げない。
どうして自分がそこまでしているのか、上条には分からない。インデックスに出会ったのはたった一週間前の出来事だ。それまでの十六年間、彼女の事を知らずに生きてきた上条なら、これから彼女がいなくなったって普通に生きていけるはずなのに。
はずなのに、ダメだった。
理由なんて知らない。理由なんて必要かどうかさえ分からない。
ただ、痛かった。
あの言葉が、あの笑顔が、あの仕草が、もう二度と自分に向けられる事がないと、
この一週間の思い出が、他人の手によってリセットボタンを押すように軽々と真っ白に消されてしまうと、
そんな可能性を考えるだけで、一番大切で一番優しい部分が、痛みを発した。
「……、」
沈黙が、支配する。
まるでエレベーターの中のような沈黙。音を発するものが何もないのではなく、その場に人がいるのに全員が押し黙っているような、かすかな息遣いだけが響く異様なまでの『
上条は、顔を上げる。
恐る恐る、魔術師の顔を見る。
「言いたい事はそれだけか、出来損ないの独善者が」
そして。
そうして、ルーンの魔術師、ステイル=マグヌスが放った言葉はそれだった。
彼は
上条の言葉を一言一言耳に入れ、
それでもなお、ステイル=マグヌスは
上条の言葉など、たった一ミリも響いていなかった。
「邪魔だ」
ステイルの一言。上条は、自分がどんな風に顔の筋肉を動かしているかも分からなくなる。
そんな上条に、ステイルはたった一度のため息もつかず、
「見ろ」
言って、ステイルは何かを指差した。
上条がそちらへ視線を移す前に、ステイルは勢い良く上条の髪の毛を
「見ろ!!」
あ、と上条の声が凍りつく。
眼前に、今にも呼吸が止まってしまいそうなインデックスの顔があった。
「君はこの子の前で同じ
「……、」
インデックスの指が、もぞもぞと動いていた。かろうじて意識があるのか、それとも無意識の内の行動なのか、もう
まるで魔術師に髪を摑まれた上条の事を、必死に守ろうとしているように。
自分自身の激痛なんて、どうでも良いかのごとく。
「だったら君はもう人間じゃない! 今のこの子を前に、試した事もない薬を打って顔も名前も分からない医者どもにこの子の体を好き勝手いじらせ、薬漬けにする事を良しとするだなんて、そんなものは人間の考えじゃない!」ステイルの叫びが、鼓膜を貫通して脳に突き刺さる。「───答えろ、能力者。君はまだ人間か、それとも人間を捨てたバケモノなのか!?」
「……、」
上条は、答えられない。
死者の心臓にさらに剣を突き刺すように、ステイルは追い討ちをかける。
ステイルはポケットの中から、ほんの小さな十字架のついたネックレスを取り出した。
「……これはあの子の記憶を殺すのに必要な道具だ」ステイルは上条の目の前で十字架を振って、「ご推察の通り、『魔術』の一品だよ。君の右手が触れれば、僕の
まるで五円玉を使ったチャチな催眠術みたいに、
「だが、消せるのか、能力者?」
上条は、ギクリと凍りついたようにステイルの顔を見た。