第四章 退魔師は終わりを選ぶ (N)Ever_Say_Good_bye. ④

 インデックスが、教会の技術と術式を頼らなければならないように。

 インデックスの魔術師なかま達が、涙を飲んで教会の意思に従わなければならないように。

 ───人の優しさや思いやりすら計算に組み込んだ、悪魔の仕組みプログラムを組み上げた。


「……けど、そんな事はどうでも良い」


 そう、今はそんな事はどうでも良い。

 問題なのは、今ここで問題にすべきなのは、ただ一つ。インデックスを苦しめてきた教会の拘束具セキユリテイは一体何なのか、という事。かみじよう達、能力者を統べる学園都市が『科学』の最先端であると同じく、魔術師を統べるは一体『何の』最先端であるか、という事。

 そう、相手が『魔術』なんていう『異能の力』であるならば、


 ───上条とうの右手は、たとえそれが神様の奇跡システムであっても触れただけで打ち消す事ができるのだから。


 上条は時計のない部屋で、今が何時か考える。

 儀式を始める時間まで、おそらくもう何分もない。続いて上条はアパートのドアを見た。その向こうにいる魔術師にこの『真実』を告げた所で、彼らは信じるか? 答えはノーだ。上条はただの高校生だ、脳医学の医師免許を持っている訳ではないし、何より魔術師との関係は『敵』と呼んで何の問題もない。上条の言葉を彼らが信じるとは思わない。

 上条は、視線を落とす。

 ぐったりと手足を投げ出してとんの上に転がるインデックスを見る。どこもかしこも気味の悪い汗でぐっしょりとれ、銀の髪はバケツで水をかぶったようだった。まるで熱病に浮かされたように、その顔は紅潮し苦しそうに時折まゆが動いていた。


『この子の前で、これだけ苦しんでいる女の子の前で、! そんなに自分の力を信じているなら消してみろよ、能力者ヒーロー気取りの異常者ミユータントが!』


 ついさっき、自分自身を散々に打ちのめしたステイルの言葉に、上条は小さく笑った。

 


主人公ヒーロー気取り、じゃねえ────」


 上条は笑いながら、右手をおおい尽くすように巻いた真っ白な包帯をほどいていく。

 まるで、右手の封印を解くように。


「────主人公に、なるんだ」


 言って、笑って、上条はボロボロの右手をインデックスのおでこの辺りに押し付けた。

 神様の奇跡システムでも打ち消せると言っておきながら、不良の一人も倒せない、テストの点も上がらなければ女の子にモテたりもしない、何の役にも立たないと思っていた、右手。

 けれど、たった一つ。

 目の前で苦しんでいる女の子を助ける事ができるなら、それはとても素晴らしい力だと思いながら。

 ……。

 ……、

 ……?


「──────────、って、あれ?」


 起きない。何も起きない。

 光も音もなかったが、これで教会がインデックスにかけた『魔術』は消えたのか? いや、それにしてはインデックスは相変わらず苦しそうにまゆを寄せているような気がする。何も変わっていないような気がする。

 かみじようは不思議そうに首をかしげてほっぺたやつむじの辺りをぺたぺた触ってみるが、何も起きない。何も変わらない。何も変わらないが─────一つだけ思い出した。

 上条は、もう何度かインデックスの体に触れている。

 例えば学生寮でステイルをぶん殴った後、傷ついたインデックスを運んだ時にもあちこち触れてるし、インデックスがとんの中で自分のじようを明かした時に上条はインデックスのおでこを軽くたたいたはずだが────当然、何かが起きた形跡はなかった。

 上条は首をひねる。自分の考えが間違っていた……とは思えない。そして、上条の右手に打ち消せない『異能の力』は存在しない、はずだ。ならば、

 ならば……まだインデックスに触れてない部分がある?


「…………………………………………………………………………………………………あー、」


 何かものすごくエロい方向にすっ飛びかけた頭を上条は無理矢理に戻す。

 けれど、考え自体はそれしか残っていない。インデックスにかかっているのが『魔術』で、上条の右手に消せない『魔術』は存在しないと言うならば、上条の右手が『魔術』に触れていないと、そういう理屈になる。

 けど、それはどこだろう?

 上条は熱病に浮かされたようなインデックスの顔を見る。記憶に関する魔術……なんだから頭、もしくは頭に近い場所に魔術はかかっている、んだろうか? がいこつの内側に魔法陣でも刻んである、とか言われたら流石さすがに上条もお手上げだ。体の中にあるモノなんて普通、雑菌だらけの生身の指で触れられるはずが────────。


「………………あ」


 と、上条はもう一度インデックスの顔を見る。

 苦しそうに動く眉毛、硬く閉じられたひとみどろみたいな汗の伝う鼻────それらを無視して、上条は浅い呼吸を繰り返す可愛かわいらしい唇に視線を落とす。

 上条は右手の親指と人差し指を、その唇の間に滑り込ませて、強引に彼女の口を開いた。

 のどの奥。

 がいこつの保護がない分、直線距離ならつむじより『脳』に近い場所。そして滅多に人に見られず、それ以上に人に触れさせない部分。その赤黒いのどの奥に、まるでテレビの星占いで見かけるような不気味な紋章マークがただ一文字、真っ黒に刻まれていた。


「……、」


 かみじようは一度だけ目を細めると、意を決してさらに少女の口の中に手を突っ込んだ。

 ぬるり、と。それ自体が別の生き物のようにうごめく口の中に指が滑り込む。異様なほど熱を帯びたえきが指に絡みつく。上条は不気味とも言える舌の感触に一瞬ためらってから、インデックスの喉を突くように、一気に指を押し込んだ。

 ぐっ、と強烈な吐き気にインデックスの体が大きく震えた───ような気がした。

 パチン、と静電気が散るような感触を上条は右手の人差し指に感じると同時、


 バギン! と。上条の右手が勢い良く後ろへ吹き飛ばされた。


「がっ…………!?」


 ぱたぱた、ととんたたみの上に血のたまがいくつも落ちる。

 まるでけんじゆうで手首を撃たれたような衝撃に、上条は思わず自分の右手を見た。元々かんざきに引き裂かれた傷が開いて、ボタボタと音を立てて鮮血が畳の上へ落ちていく。

 そして、顔の前へ持ってきた右手の、そのさらに向こう。

 ぐったりと倒れていたはずのインデックスの両目が静かに開き、そのは赤く光っていた。

 それは眼球の色ではない。

 


(まずい……ッ!!)


 上条が本能的な背筋の震えに、壊れた右手を突きつける前に、

 インデックスの両目が恐ろしいぐらい真っ赤に輝き、そして何かが爆発した。

 ゴッ!! というすさまじい衝撃と共に上条の体はそのまま向かいの本棚へ激突する。本棚を作っている木の板がまとめてぜ割れ、バラバラと大量の本が落ちる音が響く。上条の全身の関節もバラバラと砕けてしまいそうな激痛に襲われる。

 ガチガチと震え、ともすれば崩れ落ちてしまいそうな両足で上条はかろうじて起き上がる。口の中にまったつばの中に、鉄臭い血の味が混じっていた。


「───警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum───禁書目録インデツクスの『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、一〇万三〇〇〇冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」


 上条は、目の前を見る。

 のろのろと。インデックスは、まるで骨も関節もない、袋の中にゼリーが詰まっているかのような不気味な動きでゆっくりと立ち上がる。その両目に宿る真紅の魔法陣がかみじようを射抜く。

 それは眼であって、目ではない。

 そこに人間らしい光はなく、そこに少女らしいぬくもりは存在しない。

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