第四章 退魔師は終わりを選ぶ (N)Ever_Say_Good_bye. ⑥

「じれってえ野郎だな、んなの見りゃ分かんだろ! インデックスはこうして魔術を使ってる、それなら『インデックスは魔術を使えない』なんて言ってた教会がうそぶっこいてたってだけだろうが!」上条は光の柱を吹き飛ばしながら叫んだ。「ああそうだよ、『インデックスは一年置きに記憶を消さなきゃ助からない』ってのも大噓だ! コイツの頭は教会の魔術に圧迫されてただけなんだ、つまりソイツを打ち消しちまえばもうインデックスの記憶を消す必要なんかどこにもなくなっちまうんだよ!!」


 じりじり、と。上条の足が後ろへ下がる。

 たたみに食い込んだ指を引きがすように、さらに光の柱の威力が悪夢のように倍加していく。


「冷静になれよ、冷静に考えてみろ! 禁書目録インデツクスなんて残酷なシステム作りやがった連中が、テメェら下っ端に心優しく真実を全部話すとか思ってんのか! 目の前にある現実リアルを見ろ、何ならインデックス本人に聞いてみりゃ良いだろうが!!」


 二人の魔術師は、ぼうぜんれつの向こう───インデックスの方を見たようだった。


「───『セントジョージの聖域』は侵入者に対して効果が見られません。他の術式へ切り替え、引き続き『首輪』保護のため侵入者の破壊を継続します」


 それは間違いなく二人の魔術師の知らないインデックスだっただろう。

 それは間違いなく教会に教えられなかったインデックスだっただろう。


「……、」


 ステイルはほんの一瞬、本当に一瞬だけ、奥歯が砕けるほど歯を食いしばって、


「───Fortis931」


 その漆黒の服の内側から、何万枚というカードが飛び出した。

 炎のルーンを刻んだカードは台風のように渦を巻き、あっという間に壁やてんじようや床をすきなく埋めていく。それこそ、まるで耳なしほういちのように。

 だが、それはかみじようを救うためではない。

 インデックスという一人の少女を助けるために、ステイルは上条の背中に手を突きつけた。


あいまいな可能性なんて、いらない。あの子の記憶を消せば、命を助ける事ができる。僕はそのためならだれでも殺す。いくらでも壊す! そう決めたんだ、ずっと前に」


 ギチリ、と。ずっと押し負けていた上条の足が、不意に止まった。

 信じられないほどの力に、足の指が食い込んでいるたたみがギチギチと悲鳴をあげた。


、だぁ?」上条は、振り返らない。「ふざけやがって、そんなつまんねえ事はどうでも良い! 理屈も理論もいらねえ、たった一つだけ答えろ魔術師!!」


 上条は、息を吸って、


「────テメェは、インデックスを助けたくないのかよ?」


 魔術師の吐息が停止した。


「テメェら、ずっと待ってたんだろ? インデックスの記憶を奪わなくても済む、インデックスの敵に回らなくても済む、そんな誰もが笑って誰もが望む最っ高に最っ高な幸福な結末ハツピーエンドってヤツを!」


 無理矢理に光の柱を押さえ続ける右手の手首が、グキリと嫌な音を発した。

 それでも、上条はあきらめられない。


「ずっと待ち焦がれてたんだろ、こんな展開を! 英雄がやってくるまでの場つなぎじゃねえ! 主人公が登場するまでの時間稼ぎじゃねえ! ほかの何者でもなく他の何物でもなく! テメェのその手で、たった一人の女の子を助けてみせるって誓ったんじゃねえのかよ!?」


 バキン、と右手の人差し指のつめれつが走り、真っ赤な鮮血があふれてきた。

 それでも、上条は諦めたくない。


「ずっとずっと主人公になりたかったんだろ! 絵本みてえに映画みてえに、命をけてたった一人の女の子を守る、! だったらそれは全然終わってねえ!! 始まってすらいねえ!! ちっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねえよ!!」


 魔術師の声が、消えた。

 上条は、絶対に諦めない。その姿に、魔術師達は一体何を見たのか。


「───ぜ、!」


 グキリ、とかみじようの右手の小指が妙な音を立てた。

 不自然な方向に曲がって───折れた───と気づいた瞬間、恐ろしい勢いで襲いかかる光の柱は、ついに上条の右手をはじき飛ばした。

 上条の右手が、大きく後ろへ弾かれる。

 完全に無防備になった上条の顔面に、すさまじい速度で光の柱が襲いかかり、


「───Salvare000!!」


 光の柱がぶつかる直前、上条はかんざきの叫び声を聞いた。

 それは日本語ではない、聞き慣れない言葉。けれど、似たような言葉を──いや、名前を上条は一度だけ聞いた事がある。学生寮で、ステイルとたいした時。彼が『魔法』を使う時に必ず名乗るものだと言った─────『魔法名』。

 神裂の持つ、二メートル近い長さの日本刀が大気を引き裂いた。七本の鋼糸ワイヤーを用いる『ななせん』が音を引き裂くような速度でインデックスの元へと襲いかかる。

 だが、それはインデックスの体をねらうものではない。

 インデックスの足元───もろたたみを七本の鋼糸ワイヤーが一気に切り裂いた。突然に足場を失った彼女はそのまま後ろへ倒れ込む。インデックスの『眼球』と連動していた魔法陣が動き、上条をねらっていたはずの光の柱が大きく狙いを外す。

 まるで巨大な剣を振り回すように、アパートの壁からてんじようまでが一気に引き裂かれた。夜空に漂う漆黒の雲までもが引き裂かれる。……いや、ひょっとすると大気圏の外にある人工衛星まで引き裂かれたかもしれない。

 引き裂かれた壁や天井は、木片すら残さない。

 代わりに、破壊された部分が光の柱と同じく純白の光の羽となった。はらはら、と。どんな効果があるかも分からない光の羽が何十枚と、夏の夜に冬の雪のように舞い散る。


「それは『竜王の吐息ドラゴン・ブレス』───伝説にあるセントジョージのドラゴンの一撃と同義です! いかな力があるとはいえ、人の身でまともに取り合おうと考えないでください!」


 神裂の言葉を聞きながら『光の柱』の束縛から逃れた上条は、床に倒れ込んだインデックスの元へ一気に走ろうとする。

 だが、それより先にインデックスが首を巡らせた。

 巨大な剣を振り回すように、夜空を引き裂いていた『光の柱』が再び振り下ろされる。

 


「─────魔女狩りの王イノケンテイウス!」


 と、身構えるかみじようの前で炎が渦を巻いた。

 人のカタチを取る巨大な火炎は、両手を広げて真正面から『光の柱』の盾となる。

 まるで、罪から人を守る十字架の意味そのままに。


「行け、能力者!」ステイルの叫び声が聞こえた。「元々あの子の制限時間リミツトは過ぎているんだ! 何かを成し遂げたいなら、一秒でも時間を稼ごうとするな!!」


 上条は一言も答えない。背後を振り返る事もしない。

 そんな事をする前に、ぶつかり合う炎と光をかいするようにインデックスの元へと走り寄った。ステイルは、それを願ったから。彼の言葉を聞き、そこに含まれる意味を知り、その裏にある気持ちのすべてをみ取ったから。

 上条は走る。

 走る!!


「───警告、第六章第十三節。新たな敵兵を確認。戦闘思考を変更、戦場の検索を開始……完了。現状、最も難度の高い敵兵『上条とう』の破壊を最優先します」


 ブン!! と『光の柱』ごとインデックスは首を振り回す。

 だが、同時に魔女狩りの王も上条の盾になるように動いた。光と炎は互いが互いをつぶし合いながら、破壊と再生を繰り返して延々とぶつかり合う。

 上条は無防備となったインデックスの元へと、一直線に走り寄る。

 あと四メートル。

 あと三メートル、

 あと二メートル!

 あと一メートル!!


「ダメです──────上!!」

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