ソード・オブ・スタリオン 種馬と呼ばれた最強騎士、隣国の王女を寝取れと命じられる
第1話:種馬騎士、悪夢を見る
1
ひどい悪夢を見ている気がした。
鮮血と死臭に満ちた密林の記憶だ。
夕刻になって降り出した激しい雨が、
ダナキル大陸の西端。
凶暴な魔獣に
だが、その巨体は激しく傷ついて、流れ出した循環液が全身を赤く染めていた。
深々と斬り裂かれた機体胸部からは、内部の骨格と操縦席が
操縦席にいるのは若い
引き締まった鋼のような肉体とは裏腹に、顔立ちにはまだ幼さを残している。
乗機と同じく、彼の全身も傷だらけだった。
かろうじて致命傷は避けているが、出血が
それでも
彼の視線の先にいたのは、巨大な影。
優に全長二十メートルに達する超大型の魔獣だった。
砲撃にも耐える
それは地上で最強の生物。魔獣たちの絶対王。
だが、その龍はすでに死んでいた。
折れた巨大な石剣が、龍の胸元へと深々と
龍の心臓に剣を突き立てたのは、少年が操る
彼の乗機は、龍と相打ちになったのだ。
本来ならば上位龍は、
それをたった一人で倒したとなれば、英雄と呼ばれるにふさわしい偉業である。
にもかかわらず少年は、不安と
「フィー……ッ……!」
動かない
密林の中には、そこかしこに
上位龍に倒されたものだけではない。倒れている機体のほとんどは、ほかの
しかし
上位龍の圧倒的な暴力は、敵も味方もなく、その場のすべてを無慈悲に破壊し尽くしたのだ。
少年の操るたった一機の
「どこだ、フィー! 返事をしてくれ! フィアールカ──!」
そして互いを
一機は美しい
もう一機は
しかし
少年の頰が絶望に
降り続く雨が勢いを増し、倒れた巨人たちの
そして少年は、それを見た。
ひしゃげた操縦席の中で
2
暗い湖底から水面へと投げ出されるように、覚醒は唐突に訪れた。
目覚めの気分は最悪だった。
全身の筋肉が鉛に変わったように凝り固まっているし、激しい
悪夢を見たのも、おそらくそれが原因だ。
「お目覚めですか、ターリオン様」
ラスが
抑揚の乏しい冷ややかな声だ。
侍女の制服を着た小柄な娘が、ベッドの隣に立ってラスを見下ろしている。
ラスの知らない顔だった。
「きみは?」
ラスは上体を起こして周囲を見回す。
広くはないが、やけに上等な部屋だった。ベッドは清潔で、置かれている家具や調度も風格のにじむ高級品ばかりだ。
「シシュカ・クラミナと申します。皇宮内の
侍女服の娘が、表情を変えないまま
彼女の言葉に、ラスは驚いて眉を
「皇宮だと……? 俺は昨晩まで
「はい。カナレイカ様が昨夜遅くに
「
ラスは
商都プロウスはアルギル皇国最大の港湾都市。貿易立国である皇国の流通と経済の中心地だ。
対する皇都ヴィフ・アルジェは、皇帝の居城を中心とした皇国の首都。都市の規模としてはプロウスよりも
つまりラスを皇宮へと呼びつけた目的に、皇帝自身も関与しているということだ。
「お目覚めになられたばかりで申し訳ありませんが、湯浴みの支度ができております。それが終わられましたら、お召し替えを。皇帝陛下がお会いになるそうです」
シシュカが淡々とした口調で告げた。
ラスは思わず天を仰ぐ。
「湯浴みのお手伝いは必要でしょうか?」
寝室の隣にある扉を指さして、シシュカが確認する。
なんとも豪勢なことに、この客室には入浴設備まで
「要らないよ。浴室の使い方だけ教えてくれればいい」
「承知しました」
浴室に通じる扉を開けて、シシュカがテキパキと入浴の支度を始めた。さすがに皇宮務めの侍女だけあって
しかし皇帝への謁見を控えた客の面倒を見る侍女が、シシュカ一人きりというのは、いかに彼女が有能とはいえ少し奇妙な印象を受けた。
「この部屋にいるのは? きみ一人か?」
「ほかの侍女たちは、本来の持ち場に帰しました。皆、ターリオン様に
シシュカが初めて気まずそうに目を伏せた。
「
「〝
「
ラスが顔をしかめて嘆息する。
接触しただけで女性を妊娠させるとは、まるで妖怪のような扱いだ。皇都に
「きみは俺が
ラスは、ふと気になってシシュカに
ほかの侍女たちが恐れて近づかない相手に、なぜシシュカは平然と接することができるのかと不思議に思ったのだ。
「私は、貴族とは名ばかりの貧乏男爵家の娘ですから」
シシュカが自嘲まじりの笑みを浮かべて説明する。
「私が皇宮内で
「そうか。たいした覚悟だよ」
ラスは精いっぱいの皮肉をこめて
どうやら事態はラスの思惑を超えて、面倒な状況になっているらしかった。