ソード・オブ・スタリオン 種馬と呼ばれた最強騎士、隣国の王女を寝取れと命じられる
第3話:種馬騎士、皇帝に謁見する
4
控えの間でしばらく待たされたあと、カナレイカの案内で、ラスは謁見の間へと移動した。
厳かな空気に満ちた天井の高い広間には、すでに数人の大臣と護衛の兵士たちが控えている。
そして壇上には三人の男の姿があった。
中央の玉座に座っているのはアルギル皇帝──ウラガン・グリーヴァ・アルゲンテアⅢ世だ。
先帝の死後、分裂気味だった国内の勢力をまとめて、皇家の権威を高めた有能な君主。国民からの人気も高い。
しかし過去に戦場で負った傷が原因で、彼は
ラスが二年ぶりに見た皇帝の姿は、かつてよりも明らかに瘦せ衰えている。
周囲を圧倒する覇気は今も健在だが、彼が人前に姿を現す機会は、以前よりもずいぶん減ったと
そんな皇帝の
皇国宰相ダブロタ・アルアーシュ。先帝の代から皇宮を支え続けた、皇国の頭脳と呼ばれる人物。すべての官僚たちの頂点に立つ男だ。
そして最後の一人──ラスをこの場に呼びつけた黒幕は、皇帝の左側に座っていた。
特徴的な漆黒の
皇太子アリオール・レフ・アルゲンテア。
彼は、謁見の間に現れたラスを見て、
ラスは気づかれないように
隣にいた宰相が皇帝にラスの名を耳打ちし、それを聞いた皇帝が重々しくうなずいた。
「ヴェレディカ極東伯の子、ラス・ターリオン・ヴェレディカだな?」
「御意」
皇帝に呼びかけられて、ラスは顔を伏せたまま首肯した。
大臣や兵士たちが動揺する気配が、背後からかすかに伝わってくる。
いくら極東伯の息子とはいえ、ラス自身は辺境軍に所属する一介の
名誉なことには違いないが、ラスは余計に警戒心を強めた。より大きな厄介事の前兆としか思えなかったからだ。
「二年前のユウラ紛争における、
「……
反論したい気持ちを
二年前。パダイン都市連合国家とアルギル皇国の国境紛争。その戦闘の中でラスが上位龍を殺したのは事実だ。だがそれは、皇国軍を勝たせるためではなかった。
なぜならラスが龍を倒したときには、すべてがもう終わっていたからだ。
本当の意味で敵軍を
正確には、龍を利用した作戦を立案した人物というべきか。
敗色濃厚だった皇国軍を救うため、上位龍を戦場におびき寄せ、
そのためには自国の皇女すら、敵軍を引きつける餌として利用する。
そんな冷酷な作戦を立案し、実行に移した人間がいたのだ。
それは、ほかならぬ皇女フィアールカ本人である。
彼女の作戦を知って戦場に駆けつけたラスが見たのは、敵も味方もなく、ただ一方的に
だからラスは龍を殺した。戦場のどこかにいるフィアールカを救うためだけに。
だが、遅かった。ラスは間に合わなかったのだ。
龍が皇女を殺し、その龍をラスが討った。ただ、それだけのこと。
それが二年前の戦いの真実だ。
「
「承知しております、陛下」
建前だけの皇帝の言葉に、ラスは無意味な
上位龍の討伐は快挙だが、皇国軍の被害は
龍殺しの名誉が
そして誰よりもラス自身が、フィアールカの死に
結果的にラスは論功行賞を待たずに
だが、それがなくても、ラスの戦功が公に
ラスは、それでも構わなかった。
皇家にとってもフィアールカの死の真相は、蒸し返したい出来事ではないはずだ。
にもかかわらず、皇帝は今頃になってラスを皇都に呼び寄せ、皇帝自ら功績を認めるような発言を始めた。そのことにラスは困惑した。皇帝の真意がつかめない。
「機を逸した感は
「ありがたき幸せ」
ラスは、かすかに
龍を討伐した
誇らしくはあるが、利益にはならない。
人々の妬みを買うようなこともないだろう。
賜った
この場に居合わせていた大臣たちも、妥当な決着に胸を
しかし彼らの表情は、皇帝が続けて口にした言葉によって
「また、
「は……?」
ラスは思わず声を漏らす。
不敬と責められても仕方のない行動だったが、ラスの行為を
しかしその肩書きが持つ権限は絶大だ。
なにしろ筆頭皇宮衛士とは、皇国最強兵士の代名詞でもあるからだ。
皇宮内の序列においては、宰相と同格。
通常、筆頭皇宮衛士に任命されるのは、皇宮衛士の師団長か、
ラスのような皇宮衛士ですらない若造が、いきなりその地位に就くことなど、本来なら決してあり得ないことだ。たとえラスが上位龍殺しの
「以後のことはアリオールに一任する。以上だ、ターリオン
ラスたちが動揺から立ち直るより先に、宰相が謁見の終了を宣言した。
そのせいで謁見の間にいた大臣たちも、皇帝の真意を
案内役のカナレイカに
こうしてラスは、なにひとつ状況がわからないまま、皇国最強兵士の肩書きを押しつけられたのだった。