ソード・オブ・スタリオン2 種馬と呼ばれた最強騎士、隣国の王女を寝取れと命じられる

第0話:悪役王女、侍女と語り合う


 ごめんなさい、とつぶやく少女の声が、人々の悲鳴にかき消される。


 街が、燃えていた。



 シャルギア王国の王都バーラマ。大陸有数の歴史を誇り、水の都と称される美しい街だ。

 その壮麗な白亜の都市が、今はざんに焼け落ちようとしている。

 華やかだった街並みは、すでに灰色のれきへと変わった。

 街を縦横に流れる運河は、炎から逃れるために飛びこんだ人々の死骸で埋め尽くされていた。

 れんほのおが空を赤く染め、せるような死臭が大気を満たす。

 その炎の中を行き交うのは、死を具現化したような巨大な影だ。


 狩竜兵装シヤスール・ダシエ──

 美しくもおぞましい人型兵器の群れが、戦場となった王都をじゆうりんしていく。

 彼女はその凄惨な景色を、半壊した王宮の窓から見下ろしていた。

 鋼鉄の塊同士が激突して、ごうおんと衝撃をらす。

 重武装の狩竜機シヤスールたちが戦っているのだ。

 王都を襲った狩竜機シヤスールの数は、優に百機を超えているだろう。

 彼らが巨大な剣ややりを振るうたび、罪もない多くの人々の命が消えていく。

 撃ち放たれたれんじゆつの炎が、彼女の愛した街をかいじんへと変えていく。

 涙のてたうつろな瞳で、彼女はそれを見つめている。

 どれだけ悲惨な光景であろうとも、最後まで目をらさない。彼女にはその資格がないからだ。

 なぜなら、これは彼女の罪。彼女こそが、この戦乱を引き起こした元凶なのだから。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 狩竜機シヤスールの巻き起こす暴風が、少女の輝くような金髪を揺らした。

 彼女のすぐそばを駆け抜けていった漆黒の機体が、侵略者たちの狩竜機シヤスールをすれ違いざまに斬り伏せる。金属の裂ける異音とともに鋼鉄の巨人がゆっくりと倒れ、大量の潤滑液が鮮血のように飛び散った。

 勝利した漆黒の狩竜機シヤスールも無傷ではない。

 戦い続けた機体は激しく消耗し、今なお動いていられるのが不思議なほどだ。

 すでにのいくつかは機能を停止し、武装のほとんどを失った。

 それでも漆黒の狩竜機シヤスールを駆るれんは、戦いをやめない。

 守るべき仲間や友人を──そして最愛の皇女を失った彼には、戦いを投げ出すという選択肢は残されていないのだ。

 数万、あるいは数十万の兵士の命を奪った彼の名は、今や人々の恐怖とぞうの象徴となっている。人間同士の戦いをあれほどいとっていた青年に、彼女はそんな重荷を背負わせたのだ。


「ごめんなさい……ラス……ゆるして……」


 自分がゆるされることなどあり得ない。それを知りながら、彼女は身勝手な願いを口にする。

 この次は。次こそは決して間違えないから──と。


 燃え盛る炎に包まれて、王宮が崩れ落ちていく。

 崩壊するバルコニーから地上へと投げ出される直前、彼女が最後に目にしたものは、いろの輝きに包まれながら戦場へと向かう漆黒の狩竜機シヤスールだった。


 ◇◇◇◇


 ぼうの涙とともに、彼女は目覚めた。

 ティシナ・ルーメディエン・シャルギアーナ。シャルギア王国の第四王女。

 それが彼女の名前と肩書きだ。



「──姫様、お目覚めになられましたか」



 放心したようにベッドの天蓋を見つめるティシナに、部屋付の侍女が声をかけてくる。

 ティシナよりもやや年上で、眼鏡をかけた黒髪の侍女だった。

 四番目の王女であるティシナに与えられた離宮の寝室は、さして広くもなく豪華でもない。

 それでもしつらえられたベッドや寝具は品良く優美にまとめられており、歴史ある離宮の建物によく似合っている。芸術の街、バーラマを治めるシャルギア王家の面目躍如といったところだろう。


「おはよう、エマ・レオニー……夢を見ました」


 柔らかなベッドの上で上体を起こして、ティシナは侍女に笑いかける。


「だいぶうなされていたようですが」

「気にしないで。たいしたことではありません。、少し思い出していただけ。いつものことよ」

ようでしたか」


 侍女のエマ・レオニーは、表情を変えずにいんぎんにうなずいた。

 それほど長いつき合いではないが、この素っ気ない侍女のことを、ティシナはわりと気に入っていた。悪役王女と呼ばれるティシナの素顔を知りながら、態度を変えないところがいい。彼女と共にいられる時間が、それほど長く残されていないのが残念だ。


「なにか変わったことはありましたか?」


 慣れた口調で、ティシナがく。

 見るからに無愛想なエマ・レオニーだが、彼女は意外に耳が早い。この離宮内だけでなく、王城のうわさばなしにも精通しており、ティシナはずいぶん助けられている。


「アリオール殿下が、訪問の予定を繰り上げたそうです」

「……アリオール……アルギル皇国の皇太子殿下?」

「はい。到着は来週の予定でしたが、四日後にはバーラマに入られるそうです。もてなしは不要とおつしやられているようですが」

「そういうわけにもいきませんね。ラスを追い返したのは少しやり過ぎだったかしら」


 皇国の筆頭皇宮騎士ガード・オブ・シルバーの名前を、ティシナはどこか親しげに呼んだ。

 侍女の瞳に、ほんの少し警戒したような光が宿る。

 ティシナは、そんなエマ・レオニーを見上げて微笑ほほえみながら首を振った。


「心配しないで。今さら心変わりをするつもりはありません。こちらの計画はなにも変わらない。私は、今度こそ間違えるわけにはいかないのだから──」


 そう言って王女は、離宮の窓の外へと目を向ける。

 湖のほとりに広がる白亜の都市。王都の街並みは、今日も華やかで美しい。

 この街が、間もなく戦火に包まれるといっても信じる者はいないだろう。そう、今はまだ。


「せいぜい役に立ってくださいね、フィアールカ……」


 ティシナが、おそらく無意識にぼそりとつぶやいた。

 死んだはずの隣国の皇女の名前を口にするティシナを、侍女は無表情のまま見つめていた。

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