ソード・オブ・スタリオン2 種馬と呼ばれた最強騎士、隣国の王女を寝取れと命じられる

第1話:種馬騎士、スキャンダルを起こす


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 シャルギア王国から帰還したラスは、ヴィルドジャルタを半ば無理やりイザイに預けると、そのままフィアールカのいる皇宮へと向かった。

 ティシナ王女の暗殺阻止は、大っぴらにできない極秘任務だ。

 当然、ラスがシャルギアを訪れていたことも、ごく一部の人間にしか知られていない。

 にもかかわらず、皇宮内に入った瞬間、ラスは奇妙な空気を感じた。

 脅威を感じるほどの、はっきりとした敵意ではない。

 しかし、皇宮で働く人々のラスを見る視線がどこか冷ややかだ。

 男性からの視線には露骨な嫉妬と恨みが、そして女性からの視線には軽蔑と隠しきれない好奇心が宿っている。ラスにとっては、どれもみ深い感情だ。

 今さらその程度で困惑することはないが、なぜ今になって突然そんな目で見られることになったのかは少し気になった。

 とはいえ、誰かを捕まえて、その理由をただしている時間はない。


「入るぞ、アル」


 筆頭皇宮衛士の特権をフルに使って、ラスはノックもせずに皇太子アリオールの執務室へと乗りこんだ。

 秘書官のエルミラが不在のため、執務室には代理の文官が数人と、護衛のカナレイカが詰めている。フィアールカは、もちろん黒い仮面をつけて男装したままだ。


「やあ、ラス。ずいぶん早いご帰還だね」


 フィアールカが、皮肉っぽく目を細めてラスを見る。

 ラスは本来、アルギルには戻らず、王国シヤルギアの王都でフィアールカと合流するはずになっていた。

 そのラスが予定を変更して皇宮に顔を出した時点で、フィアールカは、なにか厄介な問題が起きたと気づいたのだろう。彼女は文官たちとの事務連絡を早々に切り上げて、彼らを執務室から下がらせる。

 部屋に残ったのは、皇女とカナレイカ、そしてラスだけだ。


「さて、何があったのかかせてもらおうかな」


 黒い仮面を外しながら、フィアールカがラスを見た。


「その前に説明しろ、フィアールカ。ティシナ・ルーメディエン・シャルギアーナ──彼女は何者だ?」


 皇女の発言を遮って、ラスがく。

 フィアールカは、ふむ、と興味をかれたように片眉を上げた。


「何者、というのはどういう意味かな。彼女の資料は渡してあったでしょう?」

「とぼけるのはなしだ。悪役王女のうわさ、まさか知らなかったとは言わないだろうな?」


 ラスが不機嫌な表情でフィアールカをにらむ。

 銀髪の皇女は悪びれもせずにあっさりと首肯した。


「そうだね。きみやエルミラには伏せていたが、当然、報告は聞いてるよ」

「どうして俺たちに教えなかった?」

「余計な先入観を持って欲しくなかったからね」


 堂々とした口調でフィアールカが告げる。

 ラスは言い返せずに無言で唇をゆがめた。

 たしかに事前に他人から聞いた話と、自分で手に入れた情報では、信頼性がまるで違ってくる。特にティシナ王女のような、規格外の相手に関する情報であればなおさらだ。


「だけど、ほんの数日できみの耳に入ったということは、彼女のうわさは、一般市民の間にもかなり広まっているみたいだね」

「そうだな。少なくともようへいギルドに出入りする連中の間じゃ、知ってて当然という雰囲気だった」

「それはなかなか興味深いね。彼女の悪行が王家でも隠蔽できないレベルなのか、それとも誰かが意図してうわさを広めたのか……」


 フィアールカが、真面目な口調でつぶやいた。

 カナレイカが、少し慌てたように口を挟んでくる。


「お待ちください、殿下。悪役王女というのは、もしかしてティシナ王女のことですか?」

「そうだよ。彼女、ずいぶん派手にやらかしてるみたいだね。姉の婚約者を誘惑してデートに出かけたり、平民あがりの男爵家の娘をいじめて王立学園から追い出したり……あとは自分の別荘を造るために村ひとつ潰して住民を退かせたって話もあったかな」

「なっ……!?」


 信じられないというふうに、カナレイカが目を大きく見開いた。


「どうしてそのような勝手が許されているのですか。いくら王女だからといって、そんな非道な振る舞いを、シャルギア王やほかの王族は黙って見ていると……?」

「なぜ許されているのかといえば、結果的に彼女のおかげで皆が救われたからだよ」

「……救われた?」


 首をかしげるカナレイカに、そうだよ、とフィアールカが肩をすくめてみせる。


「第三王女の婚約者には、年上で既婚者の愛人が三人もいてね。ティシナ王女の行動がきっかけでそれが明るみに出たんだよ。そのうちの一人が王宮に殴りこんできてにんじようさ。ティシナ王女は姉君の代わりに危うく刺されるところだったそうだよ」

「そ……それは……」

「彼女が学園から追い出した男爵令嬢は実は替え玉でね、男爵が愛人に生ませた隠し子だったらしいよ。本物の令嬢は、男爵家の地下に監禁されていたんだとか。それからティシナ王女が住民を追い出した村は、その直後の土砂崩れに巻きこまれて今は跡形も残ってないという話だよ」

「まさか……ティシナ王女は、それをすべて知っていたのですか?」

「さあ、どうだろうね。単なる偶然と考えるには、できすぎてる気もするけれど」


 フィアールカは、曖昧に首を振った。

 結果だけを見るならば、ティシナ王女は多くの人々を救っている。だから彼女が、なんらかの罪に問われることはなかった。

 だとしても、ティシナ王女のやったことが悪行であることには変わりない。彼女が悪役王女と呼ばれるようになったのは、むしろ当然だといえる。

 問題は、ティシナ王女がそれらを計算した上でやっているのかどうか、ということだ。


「それで、きみのほうはなにがあったのかな、ラス?」


 フィアールカが再びラスに視線を戻す。

 ラスは渋面のままぼそりとつぶやいた。


「龍が出た」

「龍? 本物のドラゴンですか?」


 カナレイカが不安げな表情でラスを見る。

 ラスは彼女を安心させるように、殊更にやる気なくうなずいて、


「ああ。水龍の成体だ」

「その場にティシナ王女が居合わせた、ということかい?」


 フィアールカが面白そうに片眉を上げた。ラスはだるげに息を吐く。


「たまたま視察かなにかの名目で、ようへいを雇って出かけていたそうだ。彼らが魔獣どもの相手をしてくれたおかげで、地元住民の被害はほとんど出ていない」

「そして龍を倒したのはきみか」

「ほっとくわけにもいかなかったからな」

「王女が視察に出かけた先にたまたま龍が出現して、その場にたまたま龍殺しのれんが居合わせたのか。都合が良すぎて笑ってしまうね」


 銀髪の皇女が、あきれたように口角を上げる。

 ラスは、そんなフィアールカを疑わしげに見返して、


「俺は仕方なく王女を助けにいったんだが、それをたまたまに含めていいのか?」

アルギルの兵士であるきみが、なぜか王国を訪れていたんだ。充分に偶然のはんちゆうだよ。誰かがそうなるように仕組んでいたのなら、話は変わってくるけどね」

「まあ、そうだな……」


 皇女の指摘を、ラスは渋々と受け入れた。

 ふふん、とフィアールカは満足そうに笑う。


「ティシナ王女には会ったのかい?」

「それだよ、問題は。俺の顔は彼女に知られていたぞ」

「いったいなんの自慢なのかな?」

「自慢じゃねえよ。俺は偽名を名乗ったんだが、あっさり本名を言い当てられた。筆頭皇宮衛士ガード・オブ・シルバーって肩書きもな。どこからか情報がれてるんじゃないのか?」

「……それはおかしな話だね」


 フィアールカが少しだけ真剣な声音でつぶやいた。ラスが眉間にしわを寄せる。


「おかしい? なにがだ?」

「いや、アルギルの国内に、王国シヤルギアの密偵がいるのはいいんだ。近隣国の情報収集は、どこの国だってやってることだからね。だから当然、対策もしてある」

「対策?」

「きみが国内に残っていると見せかけるために、聖女リサーに一芝居打ってもらったんだよ」

「聖女リサー? どうして彼女の名前が出てくるんだ?」

「あの……ラス、これを……」


 戸惑うラスを見かねたように、カナレイカがなにかをそっと差し出した。

 皇都で流通している大手の新聞。センセーショナルな事件やスポーツ、芸能、有名人のゴシップ記事などを扱う人気の大衆紙だ。

 その一面に大きく掲載された記事を見て、ラスは頰をらせた。


「なんだ、これは……!? 『極東の種馬ザ・スタリオン、聖女とき』って……」


 皇宮で重要な役職についているれんが、人目を忍んで聖女と夜の街に消えていった──記事の中身は、だいたいそのようなものだった。

 さすがに本名はぼやかしているものの、見る者が見れば、それがラスとリサーのことだとすぐにわかる。なにしろラスたちの絵姿まで、しっかりと掲載されているからだ。

 新聞の日付は、四日前。ラスがシャルギアの王都に到着した、その翌日の記事である。

 もちろんラスには覚えがない。そもそもシャルギアにいるラスが、皇都できなど不可能だ。


アルギルの国内で聖女とスキャンダルを起こしたきみが、まさか自分の国にいるとは王国シヤルギアの密偵も思わないでしょう? というわけで、きみが王国国内にいることを、ティシナ王女が知ってるはずがないんだよ」


 フィアールカが得意げな口調で説明する。

 ラスは怒りに声を震わせた。


「そんなくだらない偽装工作のために聖女リサーを巻きこんだのか!? もっとほかにやり方があっただろ!?」

「ティシナ王女を暗殺から救うためだと説明したら、聖女本人はノリノリで協力してくれたけどね」

「それはあの人の性格ならそうなるだろうけど……!」

「ちなみにきみの代役を演じたのは、聖女リサーの弟くんだから安心していいよ」

「なんの安心だ……!?」


 握りつぶした新聞を、ラスはフィアールカの机の上にたたきつけた。頭痛に耐えるようにこめかみを押さえて首を振り、乱れた息を整える。

 そう。重要なのは、でっち上げられたスキャンダルなどではない。

 それよりも気にするべき問題がほかにある。


「だったらどうして、ティシナ王女は俺を知ってたんだ?」

「そうだね。それは私にもわからない」


 ラスの疑問に、フィアールカが静かに首を振る。

 そして彼女は強気に微笑ほほえみ、挑戦的な瞳でラスを見つめて言った。



「彼女の秘密を解く鍵は、どうやらその辺にありそうだね」

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