ソード・オブ・スタリオン2 種馬と呼ばれた最強騎士、隣国の王女を寝取れと命じられる
第2話:種馬騎士、口を滑らせる
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「ティシナ王女の秘密……ですか?」
カナレイカが、
そうだね、と銀髪の皇女は
「不確実な
「あるわけないだろ。俺はほんの半月前まで、ティシナ王女の名前すら知らなかったんだぞ」
「ふふっ。ティシナ王女と接触するように、きみに依頼したのは私だしね。信じてあげるよ」
「当然だ」
恩着せがましいフィアールカの言葉に、ラスは小さく顔をしかめた。
フィアールカが
「それできみは、彼女とどういう話をしたのかな?」
「偽名を使って密入国したことに文句を言われて、追い払われたんだよ」
「それでのこのこ皇国に戻ってきたのか。密入国の理由を説明しなかったのかい?」
「彼女が暗殺者に狙われてるって話は、本人にも伝えたんだがな。護衛は要らないからさっさと立ち去れ、だとさ」
ラスは不機嫌な口調で言った。やけに強硬なティシナ王女の態度は気になったものの、そんなふうに言われてしまえば、異国の兵士であるラスは従うしかない。
「信じてもらえなかったのですか?」
「いや……違う。たぶん彼女は、自分の命が狙われていることを最初から知ってたんだ。その上で、俺たちの手助けは要らないと判断したんだと思う」
「皇国の情報部でも、いまだに正体をつかめていない暗殺組織の動きを知っていた、と?」
カナレイカが驚いたように目を
アルギル皇国の皇帝には、〝銀の牙〟と呼ばれる
だが、その銀の牙の組織力をもってしても、暗殺組織の動向や、彼らの潜伏場所はつかめていない。にもかかわらず、ティシナ王女は自分の命が狙われていることを知っていた。
だとすればティシナ王女には、銀の牙と同等以上の情報網を持っているということになる。
「ティシナ王女の情報収集能力について、銀の牙では二十七種類の仮説を検討していたよ」
フィアールカが、不意に真面目な声で
「二十七種類?」
多いな、とラスは眉を寄せる。フィアールカは薄く苦笑して、
「そのうち特に有力だったのが三つ。一つは彼女が、銀の牙に匹敵する強力な情報機関を自前で持っている可能性だね」
「存在を知られていない大規模な組織が、彼女の背後にいるってことか?」
「そう。だけど、この仮説には
「彼女の母親の出身国が
「シャルギアの属国であるルーメド国だね」
ラスの指摘に、フィアールカがうなずく。
「まだ十七歳のティシナ王女がゼロから組織を作ったというのは現実的ではないから、そう考えるのが妥当だろうね。問題は彼女の行動が、ルーメドの国益になに一つ貢献してないことだけど」
「……たしかにな」
ラスは皇女の言葉に同意した。
ティシナ王女がやったことといえば、王宮出入りの商人に無理難題を吹っ掛けたり、同級生をいじめたり──悪役王女の名にふさわしいロクでもない所業だけだ。
それが結果的に回り回ってシャルギア国民の助けになったとしても、国家規模の情報機関の働きに見合っているとはとても思えない。
「そもそも、銀の牙を
カナレイカがもっともな疑問を口にする。
フィアールカは、さあ、と首を
「ほかにも仮説があると言ったな?」
フィアールカは、なぜか愉快そうに目を細めて、
「組織のバックアップがないとすれば、あとは王女個人の能力ということになるね」
「個人の能力?」
「たとえば、ティシナ王女が他人の心を読めるとしたらどうだろうね。それなら彼女がシャルギアの貴族たちの不正を暴いたことや、ラスの素性を言い当てたことにも説明がつく」
「他人の心を読む? そんなことが可能なのですか?」
カナレイカが驚いたように
「少なくとも私にはできないな。直接本人に会ってみれば、自分の心が読まれているかどうかはわかりそうなものだけど」
そう言って銀髪の皇女は、ラスの目をのぞきこんでくる。
「ラス、きみはどう思う?」
「その仮説はハズレだよ、たぶんな」
ラスは、少し考えてきっぱりと言い切った。
フィアールカが意外そうに眉を上げる。
「なぜそう言い切れるのかな?」
「龍が出てくることを、彼女が知っていたからだ」
皇女の疑問に、ラスは即答した。
「あの王女様は、何日も前から依頼を出して
「たしかに人間の心が読み取れても、龍が出現するかどうかは予測できないね」
なるほど、とフィアールカもラスの主張をあっさり認める。
「じゃあ、彼女が未来を知ってるといえば納得できるかい?」
「それが三番目の仮説か?」
「未来予知……星読みのようなものですか?」
ラスとカナレイカが、困惑の視線をフィアールカに向けた。
星読みとは、天体の運行や
特に砂漠に住む遊牧民の間には、
だからといって、貴族や官僚の汚職を、占いで見抜けるとは思えないのだが──
「占星術とは少し違うかな。彼女は未来を
フィアールカが、淡々と説明を続けた。
妙に自信ありげな彼女の口振りに、ラスはかすかな戸惑いを覚える。
「なぜそんなことが言い切れる?」
「彼女が、悪役王女と呼ばれているのがその根拠だよ」
「なに?」
「ティシナ王女が、本当に未来を予知できるなら、わざわざ自分が憎まれるような損な役回りを
「それは……いや、そうか。未来予知なんて荒唐無稽な話でも、彼女のこれまでの実績があれば、無視するわけにはいかないか」
「だけど王女はそうしなかった。それができない理由があったんだ」
「理由?」
「彼女は、歴史を変えるわけにはいかなかったんだよ。もし歴史の流れを大きく
そう言って、フィアールカは不敵に
「だから彼女に許されているのは、歴史に影響が出ない程度の、ささやかな変化を起こすことだけなんだと思う。たとえば、いずれ露見する犯罪を少しだけ早めに暴いたり、龍の出現で発生する被害を最小限に抑えたり、といったところかな」
「そうか……彼女が俺の名前や肩書きを知っていたのは……」
「うん。おそらくティシナ王女が知っている未来でも、きみは龍と戦ったんだろうね。ただし今回の歴史とは比較にならないくらいの、大きな被害が出たあとでね」
フィアールカの言葉に、ラスは沈黙した。
彼女の理屈には、いちおう筋が通っている。だがそれを素直に受け入れる気になれないのは、未来を体験したなどという突拍子もない仮説を認めるのに抵抗があるからだ。
「ティシナ王女は未来を体験して過去に戻ったということですか? そのような
ラスと同じ気持ちだったのか、カナレイカが困ったような口調で確認する。
「そうだね。だから、これは
「正直、私にはまだ信じられません」
「
フィアールカは、気を悪くすることもなく首を振った。
「ティシナ王女の目的……か……」
ラスは、半信半疑といった表情のまま、フィアールカの仮説について考える。
ティシナ王女は、悪役などという不名誉なあだ名を背負ってまでも、歴史改変の影響を最小限に
その推測は、おそらく間違っていない。ラスにもそれは理解できる。
では、なぜ未来が変化したら困るのか?
それは、彼女が本当に変えたい歴史を、変えられなくなってしまうからではないか──?
おそらくこの先そう遠くない未来に、なんらかの災厄が訪れる。
ティシナ王女は、その運命を変えようとしている──そう考えれば、すべてが
そして彼女が歴史を変えるためには、ラスの存在が邪魔だった。
だからティシナ王女は、無理やりにでもラスを皇国へと追い返したのだ。
「待て……ティシナ王女は未来を一度体験していると言ったな?」
「一度きりとは限らないけどね」
ハッと勢いよく顔を上げたラスに、フィアールカが穏やかに指摘する。
ラスは、ギリッと奥歯を
「そうか。だから、彼女はあんなことを言ったのか……!」
「……ラス?」
「フィアールカ……ティシナ王女の目的がわかった。彼女は、死ぬ気だ」
む、とフィアールカが目つきを鋭くした。
生真面目なカナレイカが、驚いてラスに詰め寄ってくる。
「それはどういう意味ですか、ラス?」
「王女は、自分がもうすぐ暗殺されることを知っている。だから俺を追い払ったんだ」
「きみが暗殺を阻止するのを防ぐため、か……きみがそう判断した根拠はなんだい?」
フィアールカが冷静に問い返した。
ラスは声を荒らげる。
「
ラスが無意識に口にしたキスという言葉に、フィアールカが一瞬、動きを止めた。
皇女の全身から漂い始めた冷ややかな気配に、カナレイカが顔を
「へええ……なるほどなるほど。そうか、きみは彼女とキスしたのか」
「……フィアールカ?」
思いきり頰を膨らませているフィアールカに気づいて、ラスはようやく自らの失言に気づいた。ずいぶん柔らかそうな
「そうか。きみにとっての彼女が初対面の相手でも、すでに未来を体験している彼女にとってはそうではないわけか。だからきみにキスをした、と。だとしても、知らない女にいきなりキスされるなんて、
「いや……キスしたかどうかはそこまで重要じゃないだろ。それよりも……」
ラスの弱々しい言い訳を、ダンッ! という荒々しい音が遮った。
乱暴に机に手を突いて、フィアールカが勢いよく立ち上がったのだ。
「決めたよ、カナレイカ。すぐに出発の準備を始めてくれ」
「殿下? 出発の準備というのはいったい……?」
フィアールカの唐突な命令に、さすがのカナレイカも戸惑いを隠せない。
しかしフィアールカは、事も無げに続けて言った。
「もちろんシャルギア行きの準備だよ」
「シャルギアに? ですが、予定では出発は来週のはずでは……」
「遅かれ早かれ国際会議には行かなきゃならないんだから、それが一週間くらい早まったからといって誤差の
「わ……わかりました」
カナレイカは、すっかり諦めたように皇女の下知を受け入れた。一度フィアールカがこうと決めた以上、もはや逆らっても無駄だとよく理解しているらしい。
そんなフィアールカの性格を知り尽くしているのは、ラスも同じだった。
「もちろんきみにも一緒に来てもらうよ、ラス。今回は密入国者ではなく、正式な外交使節──皇国の
フィアールカが、有無を言わせぬ口調でラスに命じる。
ラスは無言でフィアールカを見返し、一度だけ小さくうなずいたのだった。