ソード・オブ・スタリオン2 種馬と呼ばれた最強騎士、隣国の王女を寝取れと命じられる
第3話:種馬騎士、北侯領へと向かう
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死んだ兄の身代わりとはいえ、フィアールカの表向きの立場は、アルギル皇国の皇太子だ。
行き先が友好的な隣国といえども、一人で好き勝手に出かけるわけにはいかない。
使節団として帯同する文官と武官、そして護衛の部隊を選出し、綿密な打ち合わせを繰り返す。
更には壮行式という名の豪勢なパーティーと、皇都民向けのパレードが大々的に行われ、実際にフィアールカが皇都を
更には皇都を出発したあとも、彼女にはいくつかの行事が予定されていた。
皇太子が使節として外国に赴く際には、道中にある主要都市を訪問し、国民に顔を売ると同時に経済的な見返りを与えなければならない。
使節団として皇太子に帯同する官僚や軍の人員は二千名以上。彼らがひと晩滞在するだけで、物資の補給や宿泊費など、街には巨額の金銭が落ちる。
そうやって国内の経済を回すのも、皇族であるフィアールカの重要な役割なのだった。
「だからって、
皇族専用艦〝リトー〟の艦橋から街を見下ろして、ラスは苦々しげに
リトーは
全幅は約三十八メートル。全長は二百四十メートルほど。
艦体は節足動物のように八つに分割されており、それぞれが左右四本ずつの巨大な脚で支えられている。艦全体では六十四本の脚を持っているというわけだ。
多脚艦の駆動部は
そんな巨大な陸上艦が、三隻。搭載された
「それはあきらめるしかないね。さすがに北侯領を素通りということはあり得ない。相手は皇国の重鎮たる、四侯三伯の筆頭だからね」
不満げなラスをなだめるように、フィアールカが告げた。
今の彼女は、男物の軍服と黒い仮面を身につけた男装の皇太子モードである。
アルギル皇国の国土は地理的な要因によって、大きく東西南北の四地区に分けられる。
四侯とは、その四つの各派閥の長である。
そして派閥に属さない独立した勢力として、国境警備を
国境警備を
そのような事態を避けるためには皇族といえども、各派閥への配慮を欠かせない。
北侯領の訪問は、そうした政治的な配慮の産物なのだった。
「──シャルギア入りした暗殺者はほっといていいのか? 俺たちが
「ふーん……ずいぶんティシナ王女のことを気にするね、ラス。そんなに彼女にキスしてもらえたのが
「王女の暗殺を阻止しろっておまえが俺に命令したんだろうが」
不機嫌さを隠そうともしない皇女の皮肉に、ラスが顔をしかめて言い返す。
フィアールカは
「
「どうしてそんなことが言い切れる?」
「暗殺の黒幕が、皇国の暗殺者を雇ったからだよ」
「なに?」
「わざわざ皇国の暗殺者を雇ったということは、依頼主は、王女殺害の責任を皇国に押しつけるつもりなんだろうね。そうでなければ他国の暗殺者を雇い入れる必要なんかないでしょう?」
「それは、そうか……そうだな」
ラスは皇女の言葉に同意した。
暗殺計画の黒幕が、どこの誰なのかはわからない。しかし黒幕の目的が、
そしてシャルギア王家には、未婚の王女が七人いるという。ティシナ王女を暗殺するだけでは、べつの王女が皇太子アリオールにあてがわれて終わる可能性もある。
「逆に言えば、暗殺の黒幕は、犯人が皇国の関係者だということを必ず証明しなければならない。そのためにはどうすればいいと思う?」
「証人が必要、ということか──中立的な第三勢力の」
「そうだね。幸いあと二週間もすれば、王国にはシュラムランド同盟会議のために各国の代表者が集まってくる。アルギル皇国の人間がティシナ王女を殺したことを立証するには、彼らが王国にいる間に暗殺するのが確実だ。他国の要人を証人代わりに使う。それが黒幕の目的と思っていい」
「つまり国際会議が始まるまでは、王女は安全ということか」
「たぶんね」
フィアールカが、
「だからこそ国際会議が始まる前に、暗殺者を始末しておきたかったんだけどね。まさかきみが、あっさり王女に追い返されるとは思いもしなかったよ」
「それは仕方ないだろ。未来を知ってる相手に駆け引きで勝てるかよ」
ラスは声を潜めて弁解した。
艦橋には、ラスとフィアールカ以外にも大勢の乗組員の姿がある。その中で、王女暗殺計画について知っているのは、護衛としてフィアールカの背後に控えているカナレイカだけだ。
多脚艦特有の騒々しい駆動音のせいで、乗組員たちがラスとフィアールカの会話を聞き取るのはほぼ不可能だが、用心するに越したことはないだろう。
「──普通なら、きみの言うとおりかな」
フィアールカが意外にあっさりと、ラスの言い訳を受け入れた。
「普通なら?」
「そう。だから、こちらもやり方を変えてみることにするよ」
「なにをする気だ?」
「すぐにわかるよ。それよりも当面の問題は、やはり北侯領を無事に通過することかな」
「意外だな。弱気じゃないか」
ラスが軽く眉を上げてフィアールカを見た。北侯は老練で
しかしフィアールカは、嫌そうに眉間にしわを寄せて首を振る。
「弱気にもなるさ。北侯領には、ペルがいる。私は彼女が苦手なんだ」
「ペルニーレか……」
ラスたちの乗る陸上艦リトーが不意に速度を落としたのは、それから間もなくのことだった。
リトーの進行方向に、巨大な旗を掲げた
街道とは名ばかりの荒地の中央で、リトーを待ち受けていた
彼らが掲げる
『我が名は、北侯フレデリク・オヴェル・バーンディの子、ペルニーレ──北侯の名代として、皇太子殿下のお迎えに参上した』
まさにその声の主こそ、フィアールカが恐れていた人物だったからだ。
ペルニーレ・バーンディは現北侯の長女──
そして皇太子アリオールの、婚約者候補と呼ばれた人物なのだった。