ソード・オブ・スタリオン2 種馬と呼ばれた最強騎士、隣国の王女を寝取れと命じられる

第4話:種馬騎士、皇太子の元婚約者と再会する


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 その夜、ラスとフィアールカは、北侯バーンディ家の領主館にいた。

 領主館といっても北部閥を束ねる大貴族の館ともなれば、その実体は完全に城である。さすがに見た目のけんらんさでは一歩譲るが、規模では皇宮に劣らない。

 れんじゆつの光で過剰なほどに照らし出された大広間には、楽団の演奏する優雅な音楽が流れ、華やいだ雰囲気を醸成している。

 色とりどりの衣装で着飾った来客の数は、千を超えているだろう。

 北侯主催の夕食会。皇太子アリオールを歓迎するための大々的なうたげである。

 立食形式の会場の中心にいるのは、もちろん男装したフィアールカ。ドレス姿のカナレイカが、彼女のパートナーを務めている。

 アルアーシュ侯爵家の令嬢でもあるカナレイカならば家格的に皇太子の隣にいても問題ないし、容姿においても釣り合っている。そしてなによりも護衛として頼もしい。そんなカナレイカにフィアールカの世話を押しつけて、ラスは会場の片隅でのんびりと時間を潰していた。

 ラスが身につけているのは儀礼用の軍服に、筆頭皇宮衛士ガード・オブ・シルバーであることを示す赤と銀の派手なマントだ。肩には龍殺しの騎士であることを示す派手なしよくしよげられている。

 雄々しいと見えるか趣味が悪いと思われるか判別がつかない微妙なデザインで、正直ラスの趣味ではない。しかし周囲を威圧する効果だけは抜群だった。

 極東伯令息という身分の高さに加えて、〝極東の種馬ザ・スタリオン〟の悪名もあって、わざわざラスに話しかけてくる奇特な人間は多くない。

 おかげでラスは誰にも邪魔されることなく、ぜいを尽くした豪華な料理をたんのうする。

 時折、北部閥貴族たちの挨拶攻勢につき合わされているフィアールカの恨みがましい視線が飛んでくるが、ラスは当然のようにそれを黙殺した。あとで報復されるかもしれないが、そのときはそのときだ。

 そうやって傍観を決めこむラスに、一人の女性が近づいてくる。ひときわ豪華なドレスをまとった、緑色の髪の令嬢だった。


「──お久しぶりね、ターリオンきよう。少しお話しさせていただいても?」

「これはこれは、ペルニーレ・バーンディ嬢。三年前に皇都でお会いして以来でしょうか。あれからますます美しさに磨きがかかったのでは? よいのあなたの美貌の前では、月の輝きすらいろせて見えましょう」


 淑女の礼を取る令嬢に、ラスが仰々しい挨拶を返す。

 それを聞いたりよくはつの令嬢が、たまりかねたように小さく噴き出した。


「やめてよ、ラス。笑っちゃったじゃない。いつからそんなお世辞が言えるようになったの?」

「べつに全部がお世辞ってわけでもない。なかなかいいドレスだな、ペル。プロウスのパーセヴァル夫人のデザインか? そのエメラルドのネックレスもよく似合ってる」

「……驚いた。ドレスの工房まで言い当てるなんて。しようかんに入り浸ってるってうわさ、本当だったのね」


 令嬢が、目を丸くしてラスを見返した。

 ペルニーレは、北侯バーンディ家の令嬢。対するラスは、ヴェレディカ極東伯家の三男だ。

 同じ四侯三伯の子女ということで、幼いころから何度も顔を合わせている。

 そしてなによりもペルニーレは、皇太子アリオールの婚約者候補だったのだ。

 皇女フィアールカの婚約者だったラスとは立場が似ていることもあり、嫌でも距離が近くなる。

 だからこそ彼女は、今のラスを見て困惑したのだろう。少なくとも三年前のラス・ターリオンは、ドレスのしを気にするような青年ではなかったからだ。

 もっともラスとしても、望んでそのような知識を手に入れたわけではない。

 女性の髪型や服装の変化に目ざとく気づいて褒めるのは、〝楽園hパラデイアツシユ〟の凶暴なしようたちを敵に回さないための必須技能なのである。


「あれからいろいろあったからな。それはきみも同じだろ、ペル」

「そうね。フィアールカのことは、残念だったわ」


 遠い目をしたラスを見てなにか誤解したのか、ペルニーレが気遣うように目を伏せた。

 ラスはなんともいえない表情で頭をかく。真剣に皇女の死をいたんでいるペルニーレの背後から、その皇女本人がラスをジト目でにらんでいたからだ。

 フィアールカとしては、ラスが自分のことを放置して、代わりにペルニーレのような美人と話していることが不満らしい。事情を知らないペルニーレにとっては、実にいい迷惑だ。


「ペルはフィアールカと仲が悪かっただろ?」

「それはそうよ。私より美人で頭もよくて、おまけにあなたもアリオール殿下も彼女に甘いのよ。好きになれるわけないじゃない。私にとってはじゆうとになるかもしれない相手だったのに」


 ペルニーレが唇をとがらせてラスを見た。そして彼女は寂しげに微笑ほほえんで首を振る。


「でも今になってみれば、彼女が本当に私のじゆうとになってくれたらよかったと思うわ。たしかに仲は悪かったけど、フィーのことは嫌いじゃなかったから」

「そうか……」


 ラスは返事に窮して曖昧にうなずいた。

 はっきりと口には出さないが、皇太子アリオールが隣国の王女と結婚することを、ペルニーレは知っているのだろう。幼いころから皇太子の婚約者候補として扱われ、そのせいで多くの犠牲を払ってきた彼女の名誉は、今や完全に踏みにじられた形になっている。

 しかも彼女の父親が主催するこの夕食会は、その皇太子を隣国に送り出すためのものなのだ。

 皇太子が隣国に着いて数日もすれば、彼と王女の婚約が発表されることになっている。それを知らされているペルニーレにとって、パーティー会場の居心地は最悪だろう。

 だからといって北侯の娘である彼女が、パーティーを欠席することは許されない。ペルニーレにしてみれば、昔なじみのラスに向かって愚痴の一つも言いたくなるのは当然だ。


「それはそれとして、俺にはあまり近づかないほうがいいぞ、ペル」

「あら、どうして?」

「未婚の令嬢が極東の種馬ザ・スタリオンと二人きりで話してるというだけで、面白おかしいうわさを広めてくれるやつは多いからな。きみが迷惑することになる」


 ラスがペルニーレを突き放すように告げた。

 しかし緑髪の令嬢はいたずらっぽく微笑ほほえんで、わざとらしくラスとの距離を詰めてくる。


「あら、それならそれでいいじゃない。あなたも婚約者をなくして独り身なんでしょう? 責任を取ってくれてもいいのよ?」

「やめてくれ。北侯ににらまれたくはないからな」

「そう? お父様ならたぶん気にしないわよ?」


 逃げ腰のラスを上目遣いで見上げて、ペルニーレは愉快そうに目を細めた。

 そんなペルニーレとラスの間に、音もなく割って入る人影があった。

 深紅のドレスを着たカナレイカだ。


「──ラス、いくらなんでも未婚のご令嬢に対して、距離が近すぎるのではありませんか?」


 カナレイカがラスに顔を近づけて、とがめるような口調でささやいた。

 ラスに対するかんげんという体裁だが、実際にはペルニーレをけんせいするのが目的だ。


「そうだな。俺もそう思うよ」


 ラスがこれ幸いと、カナレイカの背後に回る。

 カナレイカがペルニーレの邪魔をしたのは、おそらくフィアールカの指示だろう。

 理由の半分は、北侯との関係悪化を恐れたためだ。

 ペルニーレが事実上の婚約破棄をされたことで、ただでさえ皇家と北侯の関係は複雑な状況になっている。そんな中で皇太子の側近という立場のラスがペルニーレに手を出せば、北侯の怒りを買う可能性は低くない。皇族であるフィアールカが、それを看過できないのは当然だ。

 そしてもうひとつの理由は、ただの嫉妬だ。

 自分が北部閥貴族たちの挨拶攻勢でろくに食事もできないときに、ラスがほかの女性と親しげにしていれば、フィアールカとしても内心穏やかではないだろう。ましてやラスの相手が、自分の苦手なペルニーレであればなおさらだ。

 カナレイカは、面倒な上司の都合とりんに完全に巻きこまれた形である。

 しかしもちろんペルニーレには、そんなことはわからない。当然、彼女の怒りの矛先は、目の前のカナレイカに向かうことになる。


「あら、カナレイカ・アルアーシュ様に、それをとがめる資格がありますの? それともアルアーシュ様、もしかして嫉妬しておられるのかしら?」


 ペルニーレが、わざとらしく挑発的な口調でいた。

 彼女とて本気でラスを口説いていたわけではない。ただ、ラスとの会話に割りこんできたカナレイカをからかって、鬱憤を晴らすつもりなのだろう。

 なにしろカナレイカは、この夕食会において皇太子アリオールのパートナーを務めているのだ。

 その彼女が極東の種馬ザ・スタリオンを巡って北侯の娘といさかいを起こしたとなれば、皇太子の顔に泥を塗る立派な醜聞の出来上がりである。

 そして悪意に満ちたペルニーレの言葉に、カナレイカが頰をらせる。


「私は筆頭皇宮衛士であるラス殿に、立場に相応ふさわしい振る舞いを求めただけです。邪推は慎んでいただきたい、ペルニーレ・バーンディ様」

「あなたの今夜のパートナーは、アリオール殿下でしょう? ラスが誰を口説こうと、あなたには関わりのないことではなくて? あなたがラスに対して、個人的な劣情を抱いているのなら話は別ですけれど」

「劣情ではありません! 私がラス殿に対して抱いているのは、敬愛と信頼です! 訂正を!」

「敬愛って……あなた、本当にラスのことが好きだったの……?」

「好……!? いえ、違っ、それは……」


 ペルニーレが本気で驚いたように目を丸くして、その想定外の反応にカナレイカが動揺した。

 武人としては優秀なカナレイカだが、貴族女性が得意とする駆け引きにはうとい。

 あまりにも素直すぎるカナレイカの反応に、ちょっとからかうだけのつもりだったペルニーレも調子を狂わされてしまったらしい。

 うたげの参加者たちがどよめくのを見て、面倒なことになった、とラスは頭を抱える。この調子では、カナレイカとペルニーレがラスを奪い合ったといううわさが皇国中に広まるのも時間の問題だろう。

 しかし肝心のカナレイカは今ひとつ状況を把握しておらず、ペルニーレもここで引き下がるわけにはいかない。尻尾を巻いてカナレイカから逃げたなどといううわさが追加されたら、恥の上塗りになるからだ。

 そして騒動の中心人物であるラスや、婚約破棄事件の当事者である皇太子アリオールには、彼女たちを仲裁することはできない。いっそれんじゆつで騒ぎを起こしてうやむやにするか、などとラスが物騒なことを考え始めたとき、意外な方角から声がした。


「──興味深い話をしているな、ペルニーレ」


 唐突に放たれた静かな声に、周囲の空気が張り詰める。

 ペルニーレが小さく息をみ、ラスは思わず舌打ちしそうになる。

 皇太子と護衛たちをぞろぞろと引き連れて現れたのは、灰色の髪をした長身の男性──

 この夕食会の主催者であり、ペルニーレの父親。北侯フレデリク・オヴェル・バーンディだった。

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