第二章 そもそもの疑問 8
「チッ!!」
ファイブオーバー含む次世代兵器を振り回す
美琴は舌打ちし、磁力を操作。
そのまま手近なビルの壁面、一〇階くらいの高さへ足をつける。
さらにそのまま別のビルに大きく跳躍。
磁力を使ってビルからビルへ飛び移れば、それだけで地上の洗脳軍団には何もできなくなる。能力や次世代兵器があるから一〇〇%の安全はないが、それでも高さの壁は時に人数差を凌駕する事もあるのだ。
地上から両手でメガホンを作って叫ぶ人がいた。
「目立ちたがりめぇ!! 御坂さんってぇ、あれなのよねぇーッ!!」
「何よ?」
「デリカシーがないのよ。自分が一番力、人気が欲しいあまりコンビニや回転寿司のお店でスマホを構えていきなりダンスとかしそうな人っていうかぁ!!」
「ひとまずケンカ売ってんのは良く分かった」
「ただ、ずーっと高所跳躍を続けているとスタミナ切れのリスクも出てくるのよねぇ! うふふ私が特別何かをする必要はないんダゾ☆ そうやって無茶力を続ける御坂さんがへばって落ちてくるのをただ待っていれば……って、ちょっとは人の話を聞きなさいよぉ!!」
「おっと!!」
何度目かの跳躍時、ビル壁に着地する瞬間を狙っていきなり内側から強化ガラスの窓を椅子で叩き割られた。ぼーっとした顔の少女は操歯涼子っぽい。
(ていうか臓器をいくつかメカ系に置き換えたサイボーグ相手でも誤作動もなくそのまま通じるのか『
高さの壁が機能していない。テレビのリモコンを向けてボタン一つで誰でも洗脳できてしまうのだから、地べたからビル高層階の窓辺にいる一般人もそのまま狙えてしまう訳か。『
(あの分だと、私を追い抜いて前方にいる一般人を洗脳される危険も……。前後で挟み撃ちされると結構ヤバいわよね。っ、?)
ふと怪訝に思って地上の道路に目をやると、なんか肩で息をしている女王がいた。
美琴の能力スタミナ切れを狙っている人もまた、そういえば随分あっちこっちで『
「ぜっ、ぜひゅ、ぜえぜえはあはあ。うっぷ、何が起きてるのこれぇ……?」
「レアだわ。リアルに策士が策に溺れてる瞬間なんか初めて見た」
ともあれ、第三位と第五位が揃って能力使い過ぎのスタミナ切れで地べたに平伏し、小刻みにケイレンしながらイモムシみたいに掴み合う結末というのはいただけない。ていうかそんなになるまで運動音痴のバカに付き合っていられるか。
(しかし面倒な話になってきたわね……)
美琴にとっての脅威は、もはや食蜂操祈が操る洗脳人間の群衆だけではない。
ようやく本格的に動き始めた
そして食蜂は笑って矛先を変えた。
一秒も躊躇なく。
「うふふ、エリア内のルールを支配する捜査機関を洗脳さえできれば独裁方式を使って愚かな民衆なんて法と正義と殺傷力でムリヤリ従えられるわよねぇ?」
「あいつマジでボンデージが似合う方のドSな女王様だッ!!」
「あらあら困った御坂さんねぇそれじゃ悪口として成立力していないわよ丸っきりお褒めの言葉にしかなっていませんけどぉ?」
「ダメだヘンタイがヘンタイって言われて喜んでやがる」
そして。
決して大きな光や音はなかった。
唐突であり、しかし必然でもあった。
常盤台中学の生徒がやり過ぎれば彼女が出てくるのは道理というもの。
パンプスで硬いアスファルトの上を歩いているはずなのに、足音らしい足音など一つもなかった。逆にそれが怖かった。相手は幽霊でもお化けでもない。質量を持った人間が何をどうやったらあんな動きになるのだ?
来た。
こういう時、最後に始末をつける切り札が投入された。
ギラリとメガネが光った。
常盤台中学外部学生寮を担当する寮監サマがついに動き出したのだ。
意識が飛んでいた。
御坂美琴には、実際に数秒、己の記憶を思い出せない時期ができていた。
真っ白に飛んだ世界で何か叫んでいたかもしれない。
そしてすでに御坂美琴は背を向けて逃げ出していた。何故かビル壁から飛び降りて地上を全速力で走っていた。どうやったって記憶はここからしかなかった。学園都市第三位はカチカチと歯の根が合わず、目尻には涙まで浮かべていた。
ようやっと世界に色がつき、ぐわんとこもった音が戻って、現実が追い着いてきた。
とにかく全力で走り続ける。
「「やっ、やべえーッ!!!???」」
食蜂の声がすぐ隣からシンクロした。運動音痴の第五位でさえあまりの恐怖で頭のリミッターが切れているようだった。いつでもアキレス腱切って膝をぶっ壊し前に向かって転がれますといった顔のまま、だけど今この瞬間だけは御坂美琴の速度に喰らいついてきている。時に恐怖は怒りに勝る原動力となり得るのだ。
真後ろで気配が揺らぐ。
まるで透明な分厚い壁が迫ってくるかのよう。
こればっかりはスペックの数字ではない。あらゆる人間を洗脳して支配する食蜂操祈すらテレビのリモコンを向けずに迷わず逃げ出していた。もし余計なアクションを一つでも挟めば、音もなく懐に深く踏み込まれて手首を極められると本能で理解したからだろう。
全速力で逃げながら、だ。
二人はこういう時だけ仲良く罵り合っていた。
「ばるばバララバみさ御坂さんアレあなたフィジカル系なんだから自覚と責任を持って何とか地獄の寮監と戦いなさいよぉ!!」
「冗談言ってんじゃねえ何でも踏み潰して焼き払い敵国を一方的に蹂躙していくマリホ兄弟だって穴に落ちたら一発で死ぬの、そういう即死系の大穴そのものとどう戦えって言うのよアンターッッッ!?」
へばってダウンなんて絶対に許されない。
相手は地獄の寮監。肩に手を置かれたら死だ。
何が何でも逃げてやる。
「どおすんのよっ、ぶべは、御坂さぁん!?」
「よっと」
大都市の御多分に洩れず、学園都市でも広い表通りの歩道沿いには大量の自転車やスクーターが違法駐輪してあった。美琴は次々と物色し、その中から特に速度が出そうなものをピックアップして防犯用の太い鎖を『砂鉄の剣』で破壊する。
電動、やたらとタイヤが太くてT字ハンドルのついた一輪車だった。
事態に気づいて第五位の蜂蜜少女が急に慌てた。
「あのうーっ!?」
「こんなの公道走らせちゃって良い訳? 学園都市ってやっぱり交通ルールゆるいわー」
刑法に違反しちゃってる窃盗犯の小娘に言われたくはないだろうが、みゅいーん、というガソリンエンジンとは違う軽いモーター音と共に美琴は難なくスタート。時速六〇キロ超で車道をかっ飛ばしていく。そして当然ながら一輪車は一人乗りだ。
そう。
別に理性をなくした集団から逃れるだけならビル壁を使った縦の高低差は必須でもない。地獄の寮監がエレベーターでこっそり同じ階に来たら窓辺から一撃もらっておしまいだし。なのでもっとシンプルに、速度を稼いで横の距離を取ってしまう事で安全を確保した方が確実だ。
食蜂側は基本的に徒歩。
車両やバイクを使おうにも、後方集団は仲間達が車道に大きく広がってしまっているため、味方に邪魔されて車両を動かせない状態に陥っているのだ。笑える事に個人としては最強の寮監まで群れに呑み込まれてしまっている。フレメア、アズミ、加納神華などなど小さな子達に雪崩れ込まれたのが運の尽きだ。基本的にハメを外した常盤台生以外は攻撃しない、という自分ルールがあって良かったほんとに良かった。
(アホなハチミツ女王め。見た目の派手さって効率を犠牲にするもんよねー)
「……御坂さ、ちょお、待って置いていかな、☆、おねがっ、げほっ、ぶごお……っ」
なんか後ろから割と本気の泣き言が聞こえてきた気がしないでもないが、いちいち後ろを振り返る御坂美琴ではない。ああ、風を切るって気持ち良い。
(それにしてもここどこよ……?)
食蜂勢力はもちろん、洗脳されない状態でも普通に襲いかかってくる
その時、歩道橋の側面にくっついている青い案内板が頭上を流れていった。
「第一八学区っ?」
(じゃあ外周に面した第一一学区のゲートから東京・新宿方面に突き抜けるのが外に向かう最短コースか! ようやく一本のラインがゴールまで繋がったわ!!)
しかしまた厄介な。
第一八学区は霧ヶ丘女学院や長点上機学園などを中心に、数多くのエリート校が集まる特別な学区だ。常盤台中学含む『学舎の園』をライバルとして公然と名指ししてくるところからもその特殊性は明らかだろう。時代錯誤で極限お嬢様時空な『学舎の園』と違って、こちらの第一八学区は冷たく、硬質、非人間的な効率を極めたハイテク剥き出しな印象があるが。
そして当然、守るべき研究機密の多いエリート校ほど分厚い防衛体制を築いているもの。
ばじゅわっ!!!!!! と。
いきなり美琴の右手側のアスファルトが、真っ黒に溶けた。
明らかに侵入者を見咎めての、無警告の一撃だった。
あるいはトラブルメーカーの侵入者が常盤台中学の夏服を着ていた事が『彼ら』の神経を逆撫でしたのかもしれないが。
電気を操る能力者の頂点、第三位の『
元凶ははるか遠く、第一八学区の中心にある巨大な鉄塔だ。
「殺傷破壊レベルのマイクロ波集束兵器……。なんつーゲテモノを実用化してんのよ学園都市!?」
美琴的にはもちろん初めて見るので、あれだけ観察してもここが『どんな世界』か判断する材料にはなりそうにないが。
とっさに全身から電磁波を大量放出して電波兵器塔の照準情報をかき乱そうとしたが、そこでぐらりと美琴の頭が重たく揺れた。
(ま、ず。スタミナが……)
悲鳴を上げる暇もなかった。
ジュブじゅわっっっ!!!!!! と、見えざる電磁波の壁が御坂美琴をまともに叩いた。