1 アインクラッド
3 ③
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで
しん、と一万のプレイヤーが
俺は、最初に
この城、とはつまり──俺たちを最下層に
「クリア……第百層だとぉ!?」
突然クラインが
「で、できるわきゃねぇだろうが!! ベータじゃろくに上れなかったって聞いたぞ!!」
その言葉は真実だった。千人のプレイヤーが参加したSAOベータテストでは、二ヶ月の期間中にクリアされたフロアはわずか六層だったのだ。今の正式サービスには、約一万人がダイブしているはずだが、ならばその人数で百層をクリアするのに、いったいどれくらいかかるのか?
そんな答えの出しようのない疑問を、おそらくこの場に集められたプレイヤー全員が考えたのだろう。張り詰めた静寂が、やがて低いどよめきに埋められていく。しかしそこに、恐怖や絶望の音はほとんど聞き取れない。
おそらく大多数の者は、この状況が《本物の危機》なのか《オープニングイベントの
俺は空を振り仰ぎ、がらんどうのローブ姿を
俺はもう、二度とログアウトできない。現実世界の自分の部屋に、自分の生活に戻ることはかなわない。それが可能となるのは、いつか
しかし。
それらの情報を事実として吞み込むことなど、どう頑張ってもできそうになかった。俺はほんの五、六時間前、母親の作った昼飯を食い、妹と短い会話を交わし、自宅の階段を上った。
あの場所に、もう戻れない? これは本当に、現実なのか?
その時、俺と
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ
それを聞くや、ほとんど自動的に、
出現したメインメニューから、アイテム
アイテム名は──《手鏡》。
なぜこんな物を、と思いながら、俺はその名前をタップし、浮き上がった小ウインドウからオブジェクト化のボタンを選択。たちまち、きらきらという効果音とともに、小さな四角い鏡が出現した。
おそるおそる手に取ったが、何も起こらない。
首をかしげ、俺は
──と。
突然、クラインや周りのアバターを白い光が包んだ。と思った
ほんの二、三秒で光は消え、元のままの風景が現れ……。
いや。
目の前にあったのは、見慣れたクラインの顔ではなかった。
板金を
俺はあらゆる状況を忘れ、
「お前……
そしてまったく同じ言葉が、目の前の男の口から流れた。
「おい……誰だよおめぇ」
その瞬間、俺はある種の予感に打たれ、同時に
さっと持ち上げ、食い入るように覗き込んだ鏡の中から、こちらを見返していたのは。
大人しいスタイルの、黒い髪。長めの前髪の下の、
数秒前までの《キリト》が備えていた、勇者然とした
「うおっ…………オレじゃん……」
俺たちはもう一度互いの顔を見合わせ、同時に叫んだ。
「お前がクラインか!?」「おめぇがキリトか!?」
どちらの声も、ボイスエフェクタが停止したらしくトーンが変化していたが、そんなことを気にする余裕はなかった。
双方の手から鏡が
改めてぐるっと周囲を見回すと、存在したのは、数十秒前までのいかにもファンタジーゲームのキャラクターめいた美男美女の群れではなかった。例えば現実のゲームショウの会場から、ひしめく客を
いったい、どうしてこんなことが起こり得るのか。俺やクライン、そして恐らく周囲のプレイヤーたちは、ゼロから造ったアバターから現実の姿へと変化している。たしかに質感はポリゴンだし、細部には多少の違和感も残るが、それでも
──スキャン。
「……そうか!」
「ナーヴギアは、高密度の信号素子で頭から顔全面をすっぽり
「で、でもよ。身長とか……体格はどうなんだよ」
いっそうの小声で言いながら、クラインはちらっと周りを見た。
周囲で、
それだけではない。体格のほうも横幅の平均値がかなり上昇している。これらは、頭にかぶるだけのナーヴギアではスキャンのしようがないはずだ。
こちらの疑問に答えたのはクラインだった。
「あ……待てよ。おりゃ、ナーヴギア本体も昨日買ったばっかだから覚えてるけどよ。初回に装着した時のセットアップステージで、なんだっけ……キャリブレーション? とかで、自分の体をあちこち自分で触らされたじゃねえか。もしかしてアレか……?」
「あ、ああ……そうか、そういうことか……」
キャリブレーションとはつまり、装着者の体表面感覚を再現するため、《手をどれだけ動かしたら自分の体に触れるか》の基準値を測る作業だ。それはつまり、自分のリアルな体格をナーヴギア内にデータ化するということに等しい。