各層の迷宮区には、上層へと繫がる階段を守護するボスモンスターが必ず存在する。一度しか出現せず、恐ろしいほどの強さを誇るが、確かに倒した時の話題性は抜群だ。さぞかしいい宣伝になることだろう。
「それであの人数か……。でもいくらなんでも無茶だ。七十四層のボスはまだ誰も見たことないんだぜ。普通は偵察に偵察を重ねた上でボスの戦力と傾向を確認して、巨大パーティーを募って攻略するもんだろ」
「ボス攻略だけはギルド間で協力するもんね。あの人たちもそうする気かな……?」
「どうかな……。まあ、連中もぶっつけでボスに挑むほど無謀じゃないだろ。俺たちも急ごうぜ。中でかち合わなきゃいいけど」
俺はアスナと密着した状況を名残惜しく思いながら立ち上がった。コートから出たアスナが寒そうに体をすくめる。
「もうすぐ冬だねえ……。わたしも上着買おっかな。それどこのお店の?」
「む……たしかアルゲード西区のプレイヤーショップだけど……」
「じゃ、冒険終わったら案内してよ」
という言葉を残し、アスナは身軽な動作で三メートル下の小路に飛び降りた。俺もそれにならう。パラメータ補正のお陰でこのくらいの高さならないも同然だ。
太陽がそろそろ中天に達しようという時刻になっていた。俺とアスナはマップに気を配りつつ、可能な限りのスピードで先を急いだ。
幸い一度もモンスターに遭遇することもなく森を抜けると、そこかしこに水色の花が点在する草原が広がっていた。道は真ん中を貫いて西に伸び、その先に七十四層の迷宮区が威容を見せつけるように屹立している。
この迷宮区の、たいがい最上部にはひときわ大きな部屋があり、次層──この場合は七十五層へと繫がる階段を凶悪なボスモンスターが守護しているはずだ。そこを突破して次層の主街区に到達し、転移門をアクティブ化すれば晴れて一フロアの攻略達成となる。
《街びらき》の時は新たな風物を求めてプレイヤーが下層のあちこちから殺到し、街区全体がお祭り騒ぎとなってそれは賑やかなものだ。現在の最前線七十四層の攻略が開始されて今日で九日目、そろそろボスの部屋が発見されてもいい頃ではある。
草原の向こうにそびえ立つ巨塔は、赤褐色の砂岩で組み上げられた円形の構造物だった。俺もアスナももう何度も訪れている場所だが、徐々に近づくにつれ、天を覆い隠さんばかりのその巨体に圧倒されずにはいられない。これがアインクラッド全体の百分の一の高さなのだ。願って詮無いことではあるが、いつか外部から浮遊巨大城の全景を眺めてみたいというのが俺の密かな夢だった。
軍の連中の姿は見えない。すでに内部にいるのだろう。俺たちはつい早足になりながら、ようやく近づいてきた迷宮区の入り口を目指した。