1 アインクラッド
10 ①
俺とアスナは迷宮区の中ほどに設けられた安全エリア目指して一心不乱に駆け抜けた。途中何度かモンスターにターゲットされたような気がするが、正直構っていられなかった。
安全エリアに指定されている広い部屋に飛び込み、並んで
「……ぷっ」
どちらともなく笑いがこみ上げてきた。冷静にマップなりで確認すれば、やはりあの巨大
「あはは、やー、逃げた逃げた!」
アスナは床にぺたりと座り込んで、愉快そうに笑った。
「こんなに
「…………」
否定できない。
「……あれは苦労しそうだね……」
と表情を引き
「そうだな。パッと見、武装は大型剣ひとつだけど特殊
「前衛に堅い人を集めてどんどんスイッチして行くしかないね」
「盾装備の
「盾装備、ねえ」
アスナが意味ありげな視線でこちらを見た。
「な、なんだよ」
「君、なんか隠してるでしょ」
「いきなり何を……」
「だっておかしいもの。普通、片手剣の最大のメリットって盾持てることじゃない。でもキリト君が盾持ってるとこ見たことない。わたしの場合は細剣のスピードが落ちるからだし、スタイル優先で持たないって人もいるけど、君の場合はどっちでもないよね。……あやしいなぁ」
図星だった。確かに
スキル情報が大事な生命線だということもあるし、またその技を知られることは、俺と周囲の人間とのあいだに
だが、この女になら──知られても、構わないだろうか……。
そう思って口を開こうとした時、
「まあ、いいわ。スキルの
と笑われてしまった。機先を制された格好で俺は口をつぐむ。アスナは視線をちらりと振って時計を確認し、目を丸くした。
「わ、もう三時だ。遅くなっちゃったけど、お昼にしましょうか」
「なにっ」
「て、手作りですか」
アスナは無言ですました笑みを浮かべると、手早くメニューを操作し、白革の手袋を装備解除して小ぶりなバスケットを出現させた。この女とコンビを組んで確実に良かったことが、少なくとも一つはあるな──と
「……なんか考えてるでしょ」
「な、なにも。それより早く食わせてくれ」
むー、という感じで
「う……うまい……」
二口みくち立て続けに
最後のひとかけらを飲み込み、アスナの差し出してくれた冷たいお茶を一気にあおって俺はようやく息をついた。
「おまえ、この味、どうやって……」
「一年の修行と
言いながらアスナはバスケットから
「口あけて」
ぽかんとしながらも、反射的にあんぐりと開けた俺の大口を
「……マヨネーズだ!!」
「で、こっちがアビルパ豆とサグの葉とウーラフィッシュの骨」
最後のは
「ぎゃっ!!」
悲鳴とともに指を引き抜いたアスナはぎろりとこちらを
「さっきのサンドイッチのソースはこれで作ったのよ」
「…………すごい。
正直、俺には昨日のラグー・ラビットの料理よりも今日のサンドイッチのほうが
「そ、そうかな」
アスナは照れたような笑みを浮かべる。
「いや、やっぱりだめだ。
「意地汚いなあもう! 気が向いたら、また作ってあげるわよ」
最後のひと言を小声で付け足すと、アスナは横に並んだ俺の肩に、ほんの少しだけ自分の肩を触れさせた。ここが死地の
こんな料理が毎日食えるなら節を曲げてセルムブルグに引っ越すかな……アスナの家のそばに……などと不覚にも考え、危うく実際にそれを口にしかけた時。
不意に下層側の入り口からプレイヤーの一団が
現れた六人パーティーのリーダーを一目見て、俺は肩の力を抜いた。男は、この浮遊城でもっとも古い付き合いのカタナ使いだったのだ。
「おお、キリト! しばらくだな」
俺だと気付いて笑顔で近寄ってきた長身の男と、腰を上げて
「まだ生きてたか、クライン」
「相変わらず
荷物を手早く片付けて立ち上がったアスナを見て、カタナ使いは額に巻いた
「あー……っと、ボス戦で顔は合わせてるだろうけど、一応紹介するよ。こいつはギルド《
俺の紹介にアスナはちょこんと頭を下げたが、クラインは目のほかに口も丸く開けて完全停止した。
「おい、何とか言え。ラグってんのか?」
ひじでわき腹をつついてやるとようやく口を閉じ、
「こっ、こんにちは!! くくクラインという者です二十四歳独身」